建設現場や工場などで使われる作業服や作業用品を低価格で販売するワークマン。1980年に群馬県伊勢崎市に広さ15坪の1号店をオープンし、現在は全国に825店舗を展開し、専門店としては業界で圧倒的なナンバーワン企業だ。近年は、低価格で機能性が高い作業服がネットで話題となり、普段着として活用する人が急増。これを受けてアウトドアウェアやスポーツウェアを展開し、9月5日には一般向けの店舗をショッピングセンター「ららぽーと立川」にオープンする。同社躍進の理由を常務取締役の土屋哲雄さんに聞いた。
見積書を必要とする相手とは取引しない
小口: アパレル不況が叫ばれるなか、御社はネット販売ではなくリアル店舗の拡大によって業績を伸ばされています。店舗での販売に注力する理由は?
土屋哲雄さん(以下、土屋): 現在われわれが825店舗で、2位(の会社)が50店舗、3位が40店舗ぐらいです。
ワーキングウェア(作業着)の市場は全体で3000億円ぐらいあるのですが、その6割は法人向けです。ワークマンは、残り4割の自営業など個人向けマーケットに特化しています。従業員が20人以上の会社や、見積書を必要とするような会社とは商売しません。店舗に来て現金で買ってくれる場合は別ですけどね。
残り4割といっても1200億円の市場です。この市場では(弊社には)競合相手がいません。おそらく売り上げ1000億円、1000店舗までは、昼寝していても行くと考えています。
小口: ワークマンの強みは、やはり価格ですよね。放熱冷感の半袖Tシャツが税込み499円、企業ユニフォームとして着られる長袖シャツとパンツの上下が税込み3000円と、圧倒的に安い。
土屋: 上下で3000円は、日本の工場はもちろん、中国でも実現できません。ミャンマーで生産してやっとできた。とはいえ50万着以上発注しないと、この値段にはなりません。うちは種類によっては350万着発注しますからね。ちなみに、国内の建築技能労働者は320万人ぐらいです。
小口: サラリーマンにとってのワイシャツやスーツのようなものなので、1人で何着も必要とするのでしょうね。さきほど、法人の市場のほうが大きいと言われましたが、個人向けに特化している理由は?
土屋: 会社支給なら高いものがいいんですけど、個人で買うのは安いほうがいい。だから上下で3000円の作業着が売れるんです。
小口: 消耗品ですし、それは安いほうがいいですね。
土屋: もうひとつ起こっているのが、ワーキングウェアのスタイリッシュ化です。3年ぐらい前からワーキングウェアと一般的なアパレルでデザインなどの違いがなくなってきました。これは、建築現場での人手不足が原因です。昔ならば、ド派手で一見しただけでは作業服だか一般的な洋服だか分からない服装では、現場に入れてもらえなかった。今はどんな服装でも許容しないと若い人が集まらないので、工期が遅れてしまう。
小口: 確かに、工事現場の人の服がカラフルになってきた気がします。
土屋: そんな理由もあって、ワークウェア、とくに個人で買うものはファッショナブルになってきました。私が今着ているものも作業着です。
小口: クールビズなど、企業でも服装のカジュアル化が進んでいますから、違和感ないですね。
土屋: 下をデニムにするなどすれば、ちょっと地味目で男っぽい普段着になります。作業着として上下セットで売っている商品でも、上下を別にして売れば、カジュアルな日常着として売れるんです。
小口: 確かに! その発想はなかった。セットでなければ、カーゴパンツとか種類が豊富で結構カッコイイですね。今回の「ららぽーと立川」への出店も、ワークウェアがファッショナブル化して、一般の人にも売れるようになったことがベースにあるんですね。一般向けとなれば競合もたくさんありますが、勝算は?
土屋: 下の図は、縦軸を価格、横軸をデザイン性と機能性で分けたものです。右上の場所には、デザイン性と価格の両方が高い、アパレルの高級ブランドが入ります。その下(低価格、デザイン性)は、いわゆるファストファッションで、ユニクロやZARAの2社が強い。左上(高価格、機能性)は、スポーツブランドやアウトドアブランドです。ノース・フェイスさんやアシックスさんなどですね。そして左下、低価格で機能性が高いというのは、少なくとも国内には1社もないんですよ。この空白の市場が約4000億円あると考えています。
小口: 防水・防寒など、進化した素材が安く供給されるようになったからこそ、ここの市場が生まれたということもできそうです。一般向けのアイテムもワークウェアと同じように、大量に作られるのですか?
土屋: スポーツで売れなければワークとして翌年売りますから、10万着は作れます。これも、ワークがカジュアルと一緒になってしまったからこそできることです。今やデニムのワークウェアは普通で、もっと派手なものもありますから。
小口: そこは既存の店舗数の多さが強みになるわけですね。新業態への挑戦ではあるのですが、かなり手堅いですね。
値引きは手間だから最初から安くして売る
土屋: これまでも、作った商品が売り切れなかったことはありません。この3年間は増産し続けていますが、絶えず売り切れて、加盟店さんからはお叱りを受けている状態です。値段を下げずに販売するので、定価販売率は99%です。廃盤の商品の3Lサイズが残ってたらそれを半額にするぐらいです。
小口: すごい!
土屋: カラーバリエーションはあっても、毎年流行に影響されるような柄物は少ないので、翌年でも売れるんです。ワークウェアは基本デザインを変えてはいけないんですよ。小さな会社でも、新人さんに同じ物を着せたいので、毎年同じものがないと。一人親方でも、仲間と働いていますから。やっぱり日本はチームワークですからそろえたいんですね。
小口: 一般のアパレルやファストファッションにはない視点です。定番なので値崩れもしにくい。
土屋: 値引きするぐらいなら最初から安くして売ります。店舗の商品の値段も付け替えなきゃいけないし、手間がかかりますから。うちの場合はチラシも、冬物がそろいました、というような案内がメインで、値引きは謳いません。
小口: 値引きは手間だからやらないとは、あらゆる商売から羨ましく思われそうです。
土屋: うちの場合、粗利を35%しか取っていません。一般的には、おそらく6割とか7割です。でも、アパレルは結局値引きしますから、だったら最初から安くして何もしないほうがいい。シンプル・イズ・ベストです。カインズやベイシアでも最初から安く売って、値下げはしない方針でやっています(※)。
社内文書の「てにをは」は直さない
小口: ショッピングセンターへの出店となると、女性客を取り込まないと。
土屋: はい。既存の店舗はマネキンも置いていませんでした。昔は、女性が入りにくい雰囲気で、ほとんどいらっしゃらなかったのですが、最近は2割が女性のお客様です。これは、自分が着るものだけではなく、旦那さんや子どもさんの服を買いに来られる分を含めてですが。
女性の特徴として、1点でも欲しいものがあれば買いに来てくれるということがあります。それがレインスーツなのか、あったかパンツなのかはまだ分かりませんが、ヒットすれば女性は買いに来てくれる。一点突破ができるんです。それを、ららぽーとで実験したいですね。
小口: ぜひ、実店舗での商品ラインアップを見たいです。
土屋: 我々が一般向けに乗り出すにあたって、ゼロからではなく、本流で売っているワークウェアをスポーツ着として売れる状況があった。これは非常にラッキーでした。
小口: 時代が味方した。
土屋: 後から気づいたんです(笑)。将来のことを考える人はいなくて、日々の稼ぎに追われていたのでなかなか気づけなかったですね。これまで失敗した商品がなく、マーケティング的なことはほとんどやってこなかった。作るだけ売れていたので、むしろ機会損失が多いです。
小口: かなり合理的に無駄を排除したビジネスモデルのように思えます。
土屋: 社内文書なんかだと、「てにをは」の間違いぐらいなら直すなと言っている。直すとお金かかるから、分かればいい、数字だけは間違えるなと。もう余計なことしないで早く帰れと。社長への説明も座らないで立ったままします。そうすれば、短くてすみますから。
小口: 働き方改革としても興味深いです。
土屋: 生産性が随分と上がり、お客さんや加盟店に還元できていると思います。社員も、この5年で給料が100万円上がりました。
小口: まさに、それこそが “やる気ワクワク”の源じゃないですか!
後編に続く。
当記事は日経トレンディネットに連載していたものを再掲載しました。初出は2018年9月6日です。記事の内容は執筆時点の情報に基づいています