栃木県に本社を構える漬物メーカー岩下食品。同社社長の自由過ぎるTwitterアカウントに象徴されるユニークな戦略について、意識低い系マーケティングの視点から小口覺がその狙いを分析する第2弾。前回(関連記事「自由過ぎる社長ツイッターに秘められた新生姜への思い」)は主にTwitterの活用法を聞いた。今回は2015年にオープンした異色スポット「岩下の新生姜ミュージアム」への思いをうかがった。
ミュージアムは赤字でいい
小口: 岩下の新生姜ミュージアムは、どういう声から実現したのでしょう。
岩下和了さん(以下、岩下): 以前から、「岩下の新生姜が食べられるレストランやバーを作りなよ」という声をいただいていました。また、僕がフェスやジャズのライブに足しげく通っているので、「社長はいつかジャズ喫茶を作ったらいいね」「フジロックで新生姜を食べたいから店を出してくれないか」と言われることもありました。
フジロックは出店費用が高いし運営も大変そうなので、地元のフェス「ベリテンライブ」を協賛することにしました。そこで、協賛初年度から一本串に刺した岩下の新生姜を売り出しました。最初は挑戦だったのですが、今ではそのイベントの名物となっています。岩下の新生姜を片手にロックの爆音に身を委ねる若者たちを見つけては、目を潤ませています。
小口: 岩下の新生姜ミュージアムは、ライブステージやカフェもあり、まさにTwitterの声が実現されたわけですね。それにしても広くて立派な建物です。
岩下: ここは、もともと父が所有する美術品を展示する美術館でした。父が病気になり、本人の意思で美術品を全部処分し、建物だけが残っていました。岩下の新生姜のレストランを開こうと、東京で物件を物色していた時期もあったのですが、ここを活用することにしたのです。
小口: 入館は無料ですが、収支は。
岩下: もちろん持ち出しですけれども、費用はそれほどかかっていません。テレビにCMを出すのに比べれば、たしたことはないです。社内にも、ミュージアムは、売店の売り上げなどの採算が最優先ではないと言っています。もちろん無駄遣いはいけませんが、そうでないなら、ここではお客様が喜ぶような赤字には目をつぶっています。ここは広告宣伝の施設ではあるけれど、そもそもファンの方々に喜んでもらうために作ったので。
商売として見るなら、ミュージアムからお客様がお帰りになってからが勝負です。岩下の新生姜を好きになっていただいて、日々のお買い物で長くご支持いただけるようになればという思いです。だから、ミュージアムは、どれだけ楽しんでもらえるか、いい気持ちになっていただけるか、それが一番大事な仕事です。オープンから3年を迎えるのですが、入館者数は間もなく30万人。片田舎ですし、想像もしなかったほど大勢の方にご来館いただいて、感謝でいっぱいです。
なぜピンクのアルパカがイメキャラに?
小口: 異色の施設、もっと言えばキワモノ的な扱いもネット上ではされがちな岩下の新生姜ミュージアムですが、旅行新聞の「プロが選ぶ観光・食事・土産物施設100選」に2年連続で選ばれています。
岩下: まずはお客さんに「行ってみたい」と思われる場所にすることを目指しました。そもそもは、岩下の新生姜のスペック・汎用性・健康効果などを伝えたいのですが、それは手前勝手な話です。だから、商品の宣伝的な要素もありつつ、それよりも、商品との関連においてお客様が喜ぶであろうことを優先して企画しています。何が喜ばれるかに関しては、Twitterをやっていて、感覚としてある程度は理解していました。僕としては、大きいもの、かわいいもの、数がたくさんあるもの、それらをヒントとして社内のスタッフに話をしました。大きなものは見上げるので首に負担がかかるため印象に残るんですね。
小口: 確かに、新生姜のオブジェなど巨大な物が多い。キャラクターも異彩を放っていますね。ジンジャー神社の狛犬ならぬ“狛鹿”「イワシカ」、ピンクのアルパカ(新生姜アルパカ)は完成度が高いじゃないですか。
岩下: アルパカはオリジナルのキャラクターではありません。もともとはゲームセンターの景品アイテムだったのを、ピンク色にしただけです。ミュージアムをオープンする1年以上前、ネット通販を立ち上げた際のキャンペーンで作ったのですが、1500円以上お買い上げの方にプレゼントとTwitterで告知したら、一晩で200体がなくなりました。
小口: アルパカを採用した理由は?
岩下: 単純にかわいいから。それだけです。アルパカと新生姜、何の関係もないので(笑)。最初はどうかと思ったんですが、かわいければ好きになってもらえる。あえて関連性をつけるべく、色を新生姜色のピンクに変えましたが。ピンクだけでも大丈夫ということを教えてくれたのが、このアルパカですね。この1年後にミュージアムをオープンさせるんですが、この経験から展示のトーンをピンクに決めて、色々なグッズもピンクで押し出すことになったのです。
「ピンク。なるほど、岩下の新生姜の色ね」という腑(ふ)に落ち方もあるんですね。「岩下の新生姜とアルパカの関係」が腑に落ちなくても、「ピンク」なのでぼんやりと納得してしまう。そういうものかなと。そういう小理屈よりも「かわいいな」「楽しいな」って思いのほうがずっと大事なので、コンセプト至上でストライクゾーンをわざわざ狭め過ぎないほうが、お客様に喜んでいただけるように思います。
愛があればフリー素材
岩下: ほかにもグッズやコラボ商品、あるいは外食産業とのコラボなど、お客様の声を拾い上げて実現したものは数え切れません。ファンの声は本当に宝の山です。こちらから求めなくても、お客さんの側から、「こんなことやってみてみたい」な声がかかる。それら自然に湧き上がってくる声をすくい上げることをやっている。
小口: お客さんがマーケター。
岩下: もちろん自分たちがやりたいこと、できることが先にあるのですが、日々見ているお客様の声の中に、同じような思いがあると、それは実現の大きな推進力になります。すごく喜んでくださるお客様が、少なくとも1人はいらっしゃるのですから!
僕自身に立派な発想力があるわけではないし、お客さんの声で教えてもらったことが多いです。そうそう、ディズニーランドからアイデアを拝借したものもありますよ。
小口: ディズニーですか……(警戒感)。
岩下: 「新生姜の部屋」は、ディズニーランドの「トゥーンタウン」にあるミッキーの家やミニーの家がモチーフですよ。サンリオピューロランドの「キティちゃんのおうち」でもいいけど。
小口: 新生姜のキャラクターがベッドに入っていて、ラブラブなツーショット写真が撮れる。ネットでもかなりバズりました。言われてみれば、テーマパークに共通するアイデアではありますね。インパクトが強過ぎて、ディズニーランドからインスパイアされたと思う人は少ないでしょうが。
岩下: ここでやったら別のものになりますから。新生姜でやったら新生姜になるじゃないですか。
小口: キャラ立ちすれば勝ちということですかね。ちなみに、このベッドにいる岩下の新生姜はオス、メスどちらですか?
岩下: それは微妙……。まぁ、オスじゃないですか(笑)。
小口: 社長からオスいただきました!
岩下: ただ、まねから出発しても、どういう価値になるだろうかという見定めだけはきちんと考える必要はあります。似たようなことをしても、泥棒のようなパクリもあれば、逆にここにしかないオリジナルな価値に変化する場合もある。受け取られ方は、全然違いますね。
小口: その違いを分けるものは?
岩下: 愛情があるかないか、ですかね。ちなみに飲食店などのコラボでも、愛があれば岩下の新生姜はフリー素材として扱っていただいていいことにしています。
小口: ラーメン店さんが、岩下の新生姜をトッピングしたメニューを出すような例ですね。あれ、勝手にやっちゃっていいんですか?
岩下: 基本的に愛情を持ってくださっているならばOKです。もちろん、悪意をもってパクろうとする相手には厳しく対処しますが、岩下の新生姜で知財関係のビジネスをしようとは思っていません。むしろ露出が増えることで商品に関心を持ってもらえればいいので。
小口: 知財といえば、岩下の新生姜をネタにしたイラストなどのファンアートもたくさんミュージアムには飾られています。中には、これいいの?と思うのもありますが、企業としてはかなり鷹揚ですよね。
岩下: 固定のイメージを大事にするタレントさんじゃないので、イメージが転がっていくのは歓迎です。煮て食おうと焼いて食おうと好きにしてくださいという位置づけにしています。
なぜなら、岩下の新生姜だけは、従来の漬物のイメージから解放してあげたいのです。ミュージアムのカフェメニューも、漬物的な提案はほとんど入れていません。ご飯と味噌汁と焼き魚に岩下の新生姜盛り放題みたいなメニューはない。ピザやハンバーグ、カレーなど、そういう形に変化させなければ漬物のままですから。
小口: コラボ商品も、餃子やビール、ポテトチップスなど、もはや漬物というよりは、何でも「岩下の新生姜味」になる鉄板素材のような印象です。
ツイッターのリストは5万以上
岩下: Twitterで商品などの紹介をするようになって、一番反応が良かったのが岩下の新生姜のレシピでした。実際にお客さんが作って写真とともにアップしてくれる。それを見た人がまたおいしそうと作り、それが回転していく――。
自前でクックパッドを作ったような気分でしたね。僕はリツイートしてるだけなんですが。そんな中、ファンの方から「レシピ本を作ったら」という意見が出てきて、2012年に出版しました。
小口: 「We Love 岩下の新生姜」(マガジンハウス)ですね。
岩下: ただ、普通のレシピ本にするのは嫌だなと思い、253人のツイートをそのまま掲載する形にしました。許諾を取る手間もかかりますから、出版社は最初抵抗していましたが、最後は全部僕が許諾を取った。というのも、ファンの熱をそのままパッケージにしたかったのです。まだ「大切なお客様」のリストが6000人、私がお気に入りに登録したファンのツイート数が3万ツイートだった時代です。今ではリストは5万人以上。お気に入り登録数が71万ツイートですから、とても作れませんね。
小口: それこそ、クックパッドのようなWebサイトでないと。お客様リスト5万人はフォロワー数(約4万2000人)よりも多いですね。
岩下: リストに登録しているのは、岩下の新生姜について何かしら発言してくれた方々です。買っていただいた、食べていただいた、さらに広げてくださったので、リストの名前を「大切なお客様」としています。
プロであるわれわれよりお客様のほうが自由
岩下: 岩下の新生姜は自由であるべきと、これまでさまざまな試みをやってきました。しかし、固定観念というのはなかなか根強い。たとえば、「ぽかぽか生姜めしの素」は、岩下の新生姜を材料にするようリニューアルしたのですが、パッケージに「岩下の新生姜」の文字は入っていません。岩下の新生姜は酸味があって爽やかで辛味が少ないのが特徴ですが、炊き込みご飯のように加熱すると辛さが増して香ばしい傾向の味になる。いわゆる岩下の新生姜らしさがなくなるため、担当者はお客さんが誤解するといけないと外してしまったのです。僕は後から知ったのですが――。
小口: それは、もったいないですね。
岩下: 岩下の新生姜は、一般の人たちのほうがはるかに自由に使ってくださっていた。加熱すると辛さが強まることも、もちろん承知で。自分たちはプロだから偉いと思ったら負けなんです。謙虚に耳を傾けていかないと。もちろんプライドを持って仕事をすることは大事で、お客様に間違いのないものを届けるぞ、という意識は必要だけど、「俺の言ってることが正しい」は結構間違ってる。まさに、意識高くないマーケティングである必要があるんですよ。ちょっと話をしながら偉そうになってきているんですけどね(笑)。
当記事は日経トレンディネットに連載していたものを再掲載しました。初出は2018年4月19日です。記事の内容は執筆時点の情報に基づいています