栃木県に本社を構える漬物メーカー岩下食品。主力商品は、1987年に発売した「岩下の新生姜」。かつてテレビCMで使われた「♪い~わしたの、しんしょうがっ!」というメロディーが記憶にある人も多いのではないだろうか。漬物市場が縮小し続ける中、岩下食品の新生姜関連商品は3期連続で成長している。その影には、社長の自由過ぎるTwitterアカウントに象徴されるユニークな戦略があった。度々ネットを騒がすTwitterの運用、また2015年にオープンした異色スポット「岩下の新生姜ミュージアム」について、意識低い系マーケティングの視点から小口覺がその狙いを分析する。

岩下和了:岩下食品の代表取締役社長。岩下の新生姜ミュージアム館長。1966年生まれ。岩下の新生姜のファンのファンを自認。Twitterアカウントは@shinshoga
岩下和了:岩下食品の代表取締役社長。岩下の新生姜ミュージアム館長。1966年生まれ。岩下の新生姜のファンのファンを自認。Twitterアカウントは@shinshoga

小口: (企画概要を説明)難しく考えない、偉そうにしない、本能的な欲望から発想する手法を「意識低い系マーケティング」と呼んで取材しているのですが。

岩下和了さん(以下:岩下): 今日ちょうどそんなツイートが来ていました。「あそこの社長、代替わりして一気に世間に寄るようになった」「普通の人感すごい」と。

小口: その方は、前の社長もご存じなんでしょうか。

岩下: さあ、どうでしょう。前の社長は私の父(岩下邦夫氏)ですが、地元の商工会議所の会頭や全国の漬物業界団体(全日本漬物協同組合連合会)の会長をするなど、近寄り難い印象はあったかもしれません。

小口: 時折、社長のツイートが拡散しているのを見かけてはいましたが、フォローしてみると、普段は音楽関係の投稿が多いですね。

岩下: もともとSNSを始めた理由が、ライブに行って仲良くなったミュージシャンと交流するためだったからです。最初はニフティサーブ、その後はmixi、TwitterとSNSの流行り廃りで(使っているSNSは)変わってきた。個人から出発した領域なので、“普通”なんでしょう。

小口: しかし、アカウント名は新生姜(@shinshoga)になっていて、お仕事も意識されていた?

岩下: たまたま検索したら取れたんですよ。Twitterもまだ黎明期で、これは取っておいたほうがいいなと。最初の頃は自分の氏名も非公開でしたし、ゆくゆくは業務用アカウントにしてもいいか、くらいの軽い気持ちでした。

小口: あくまでも、最初はプライベートのアカウントだった。

岩下: パブリックからスタートすると、鎧とまでは言わないけれども、身構えるスタンスになりがちです。とはいえ、プライベートとパブリックを厳密に分ける必要もないと途中で気づいて、仕事のこともつぶやくようになったのです。

自社商品について検索したら

小口: それは、いつごろから?

岩下: 3.11、東日本大震災がきっかけです。当時は新聞やテレビといったマスメディアも含め、かなり情報が錯綜していました。栃木と福島はそんなに距離が離れていないので、本当のことが知りたかった。そのとき、リアルタイムにキーワード検索で情報が調べられるTwitterの特徴を理解しました。

小口: まさに震災後は、Twitterユーザーが急増したタイミングでした。

岩下: 検索がTwitterの命だということに気がついたので、自社商品の検索もしてみようと思ったんです。これは仕事をしている人間として。すると、その当時で1日に20件ぐらい新生姜についての投稿があったんです。「岩下の新生姜、おいしい」というような。これは素直にうれしかったですね。

 というのも、それまでお客様の生の声を聞く機会は、それほど多くありませんでした。営業活動でお得意先の声を聞くことはできても、自分の懐を痛めて商品をご購入してくださっているお客様の声は届いていなかった。

 もちろん、それまでもフリーダイヤルのお客様相談室やWebサイト、メールなど、色々な形でお声をうかがう体制は用意してきましたが、実際そこに寄せられるお声の8割から9割は問い合わせなんですね。「商品はどこで売っていますか」「原産地はどこですか」「賞味期限を過ぎたけど食べても大丈夫ですか」というような。残念ながら、1~2割がクレームのお声。そして1%か2%がお褒めの言葉。数にすれば1年間に5件ぐらいじゃないでしょうか。それが、Twitterでは毎日のように感想をいただいている。1日20件とはいえ激変だと思いました。

小口: 消費者として、直接メーカーに「おいしかった」とかわざわざ連絡しませんからね。

岩下: しかも、僕らに対して言っているのではなく、周りのフォローしている人、もっと言えば全世界に対して発信している。「好きだ、おいしい」「こうするともっとおいしい」「お前も食ってみろ」と。読んでいて、本当にありがたいことだと。初めてユーザーの声が耳に届いた瞬間だったと言えるのではないかな。

小口: それらは他意や思惑のない、純粋な感想や意見ですよね。

岩下: もちろんそれ以前も、卸売業者やスーパーのバイヤーさんなどの声は聞くけれども、彼らは自分でお金を出して食卓で味わっているお客さんとは限らない。お客さまは別の形のものを求めている可能性もあるわけです。

 かつて、ムーンライダーズというバンドのリーダー、鈴木慶一さんが、「ネットの登場で、初めてファンの声が届くようになった。こんなにわかってくれる人がいるとわかった」というようなことをおっしゃっていて、一ファンとして「(鈴木さんにファンの声が)全然届いていなかったんだ」とその当時思いましたけど、それに近い。

 ネット以前は、作品の評価は音楽評論家によるところが大きかった。「ザ・ワースト・オブ・ムーンライダーズ(THE WORST OF MOON RIDERS)」というアルバムのジャケット写真は、レビュー記事の上にニンニクと生姜がのっている(※)。まるで、呪い殺すみたいな感じで。そのぐらい彼らの言葉が重かったんですね。

※ 実際にはニンニクと唐辛子ですが、この言い間違いは社長の生姜愛ゆえ?

小口: バイヤーさんの声がかつてのミュージシャンにとっての音楽評論家の声。

岩下: 少し違うかもしれませんが、ユーザーの生の声が聞けたという意味では同じ。ユーザーが何を感じているか、そもそもこの商品は可能性があるのかどうか、もっと言うと誰が食べているのか。全然 見えなかったことがTwitterでわかってきた。もちろん、SNSにはそれぞれの属性がありますし、そこに参加している人が基本的にはうちの商品のコアユーザーではないので、その点を考慮したうえで読むようにしていますが。

ネットと実際の購入者の年齢層は真逆

小口: 新生姜のコアユーザーとTwitter上のファンとの年齢層は、どのぐらいギャップがあるんですか。

岩下: それは年齢構成の比率が逆転するぐらいのイメージがあって。漬物コーナーに来られる方々は、60代以上が50%、50代が20%、合わせて70%が50代以上で、10代から40代が合わせて30%。

 方や、2年ぐらい前にTwitterのアンケート機能を使って、このアカウントを見ている人の年齢層を調査したところ、20代と30代、40代がそれぞれ3割、50代以上が1割という結果でした。これ、今やっても多分変わらないでしょう。

 また、別の機会に、フォロワーさん約200人に質問して、このアカウントを知ったきっかけを聞いたのですが、8割は音楽。音楽からスタートしているから不思議はないんだけれども。漬物が好きで、は1割か2割でした。

小口: 社長の音楽の趣味が、また幅広い。

岩下: ジャニーズも大好きで、年間5、6回は家族でライブに行っています。NEWSとHey! Say! JUMPが多いんですけれど――。以前、NEWSの加藤シゲアキ君が新生姜を好きだと言ってくれて、『有吉ジャポン』というテレビ番組にファン代表として呼ばれて出演したこともありました。NEWSファンの人は、“シゲアキくんを大好きな新生姜の社長”としてフォローしてくださっているのでしょう。

 また、打首獄門同好会というラウドロックのバンドがありまして。おどろおどろしい名前ですけど、“生活密着型ラウドロック”を標榜していまして、歌詞の内容はというと、うまい棒や、ラーメン二郎など。

小口: 中毒性があるということでYouTubeで「布団の中から出たくない」がバズったバンドですね。

岩下: ドラムの(河本)あす香さんが、ファンの方から新生姜を薦められて、食べたところ大変気に入ってくださった様子がTwitterで伝わってきたので、私もCDを聴いてみたら、面白くてハマってしまった。同時に商品に対する愛も感じられたので、「こういうところに取り上げられるような商品になりたい」とつぶやいたところ、作りましょう、取材に行かせてくださいという話になったのです。そして、実際に工場見学もしてもらい、曲を作ってもらった。1円もお金出してないのに。

【意識低い系ポイント】「1円もお金出してないのに」
社長自身が音楽好きだからこそ、まるでミュージシャン同士のようなコラボが実現している。企業のPR活動として予算を組むとなれば、それなりに意識の高いロジックや成果も求められ、スピードや面白さが損なわれたかもしれない。

 シングルCD「New Gingeration」(「日本の米は世界一」とのカップリング)になったんですが、かっこいいんですよ、これが。友情とか愛だけで出来上がっている曲です。ピュアなの。そこがいいんですよ。でも、だからこそ、こちらは、なんとか恩返ししたい。常々、応援しなくちゃって思ってます。特注のライブ用新生姜ヘッドをプレゼントしたり、フェス飯用の食材を提供したり。彼らを手伝えることがうれしいですね。彼らこそ、まさに「意識低い系マーケッター」的なバンドだと思いますよ。偉ぶらないし。カネの匂いがしないの。ラブソングを歌わないのに、愛が溢れていて、ファンが熱い。

漬物という言葉を使わないようにしている

小口: そもそもの話になるんですが、新生姜というのは固有名詞なんですか?

岩下: およそ30年前、全く新しい類の生姜を発売するということで、会社として名付けました。大阪に対する新大阪のようなものです。

岩下の新生姜は、台湾のみで栽培される特殊な生姜「本島姜(ペンタオジャン)」を使用。土をかけることで芽の部分を伸ばし、やわらかくく辛みの少ない生姜となる
岩下の新生姜は、台湾のみで栽培される特殊な生姜「本島姜(ペンタオジャン)」を使用。土をかけることで芽の部分を伸ばし、やわらかくく辛みの少ない生姜となる

小口: 新じゃがや、新玉ねぎとは違うと。

岩下: そう、新玉ねぎじゃない。ヤングジンジャーではなく、ニュージンジャーです。

小口: パッケージには「New Ginger」とありますし、ここ(岩下の新生姜ミュージアム)の壁にもNEW GINGER MUSEUMとでかでかとピンクの文字が。

岩下: ただ、コストコさん向けのパッケージだけは「ShinShoga」になっています。英語としては間違っていると言われ、理解していただけなかったんです。いいんですよ、間違ってても別に。でも、コストコさんのそういうまっすぐな姿勢は好きです! ならば、ご要望にお応えします!

小口: コストコだって、英語読みはコスコですしね。

【意識低い系ポイント】「いいんですよ、間違ってても別に」
ノートパソコン、ガソリンスタンドなど、日本には和製英語があふれている。海外では通じないことを鬼の首を取ったように指摘する記事もあるが、致命的でない限り、細かい間違いは気にしなくていいのではないか。とくに商品名やキャッチコピーは、正しさよりもオリジナリティーのほうが大事。

小口: ほかにも、らっきょう漬けなどを商品として扱ってらっしゃいますが、その中で岩下の新生姜の割合はどのぐらいあるんでしょうか。

岩下: 紅しょうがやガリ生姜、新生姜を含めた生姜群で半分ぐらい。らっきょうが3割ぐらい。残りの雑多な商品が2割です。

小口: Twitterでは岩下の新生姜以外の商品に対する言及があまりないと感じられるのですが、一番売れている岩下の新生姜に経営資源を集中するというお考えから?

岩下: 岩下の新生姜の場合、若い人の購入が多少増えている傾向があるとはいえ、実態としては上のほうの世代の購入が多いです。そもそも、若い人たちはスーパーの漬物売り場に行かないですよね。キムチ鍋は若い人も食べるので、キムチを買いに行くぐらいじゃないでしょうか。いわゆる伝統的食品としての漬物、浅漬け古漬けの類が毎日の食卓にないと寂しいと思っていた時代は、商売がやりやすかったんですけど。

 ここ30年から40年、厚生労働省が塩分に関する啓発活動を続けてきました。日本人は塩分取り過ぎなので気をつけようと。塩分が高いものといえば、ラーメン、味噌汁、漬物。ラーメンのスープは残せばいい、お味噌汁も朝だけにしようとか量を調整すればいい。漬物については、伝統的な和食文化が衰退していることもあり、そもそも食べないから、これからも食べなきゃいいんだね、となる。健康を気遣う年配層も敬遠するようになるし、若い人は全然食べなくなってしまった。今の世の中で、健康にネガティブな商品が売れるワケがありません。漬物業界の将来見通しは今のままだと暗いですね。

小口: 生姜自体には、健康的なイメージがあるような気もしますが。

岩下: 岩下の新生姜は新しいタイプの生姜で、普通の生姜とは違うスペックや味わいがある。あとは、料理のバリエーションの豊富さ。そこはきちんと伝えていこうと思ってやっています。

小口: 売り上げとしては、どんな推移になってるんですか。

岩下: 漬物マーケットも、岩下の新生姜も、共に2000年ぐらいがピークですね。そこからじわじわと右肩下がりが続き、遂には売り上げはピーク時から4割近くまで減少しました。漬物マーケットについては手がつけられない縮小傾向にありますが、岩下の新生姜は、ここ数年は、V字回復的に反転し、2桁の伸びを3期続けています。岩下の新生姜の位置づけを従来の漬物から変えようとしている。それもあって、Twitterでは漬物という言葉をあまり使わないようにしているんです。

収穫された生姜は冷蔵輸入され、日本国内の工場で加工される。パッケージには、「New Ginger」の文字が
収穫された生姜は冷蔵輸入され、日本国内の工場で加工される。パッケージには、「New Ginger」の文字が

個人と仕事を完全に切り分けることは不可能

小口: お話を聞いていると、趣味から始めたとはいえ、かなり仕事としての意識が高くなっている。

岩下: お礼のコミュニケーションは取るけれども、仕事と呼べるレベルのものではないと僕は思っていたし、実は今でもそう思っているところはあります。ただ、ネットの世界を経由してテレビに情報が入ったり、色々な媒体に取り上げられたりして、年齢層が上の方たちが新生姜を再発見してくださる現象は起こっています。

暁美ほむら(『魔法少女まどか☆マギカ』)に扮する岩下社長。脚がキレイ!
暁美ほむら(『魔法少女まどか☆マギカ』)に扮する岩下社長。脚がキレイ!

小口: Twitterも社長アカウントとしての存在が大きくなると、以前写真をアップされた『魔法少女まどか☆マギカ』のコスプレのようなものは、今後やりにくくなりません?

岩下: 暁美ほむらというキャラクターのコスプレだったのですが、最初に公開したのは2012年ですね。最近また話題にされているのですが、なぜ暁美ほむらだったかは、まさに仕事抜きには語れないんです。

小口: というと?

岩下: 今の時代の仕事のあるべき姿と、自分がこの立場で働くことになった原因ともいうべき「家」の論理など、さまざまな葛藤があり、信じたことを必死で積み重ねては、粉々に砕かれ、一からやり直しみたいなことが多かったんですよ。

 暁美ほむらというキャラクターは、時間を遡行できる能力を持っていて、魔女に戦いを挑む。鹿目まどかという女の子を助けようとするのですが、何度戦っても勝てない。さらに、時間遡行を繰り返すことで因果が濃くなり、悪循環となる。つまり、仕事についての感情移入したのが、あのコスプレというわけです。

小口: そんな深い意味が込められていたとは……。

岩下: mixiまでは仕事のバックグラウンドを出していなかったんですが、どこか座り心地が悪かったんですよ。隠すようなことでもないのに。自分について仕事抜きに語れるはずがなく。なのでTwitterは仕事についても語れる場所にしたというのが実態です。

小口: 身元を明らかにしたことで自由度が高まった。

岩下: それまでは匿名のほうが言いたいことが言えると思っていました。でもそれは違っていて、事実を言っていないに等しい。暇つぶしにはなるけど。Twitterを絶賛するつもりは正直ありませんけれども、お客さんとのコミュニケーションは、何よりもうれしいなと思う気持ちでやっています。そのために時間を割いているけれども、今の規模だからできることでもある。しかし、既に、今でもかなり無茶をしてTwitterの時間を捻出しています。1日平均で500いいね、多いときでは1000いいねを付けていますから。

小口: 機械的にクリックしたとしても相当時間かかりますよね。いわゆる「中の人」を立てようと思ったことは。

岩下: そのために人を雇うとなると、うちの商品群の単価と買う世代を考えるとコストが合わないでしょうね。若い層の商品や高額商品であれば見合うかもしれませんが――。いろいろ考えさせられる投稿もありますし、だから自分自身でやっているところもあります。

小口: 社長は暇なのかと言われたりします?

岩下: しますします。社内でもそう思われているかも。経営者なので労働基準法は適用されず、誰にも文句を言われない存在ですけど。ただちょっとやり方を考えないと、本気で睡眠不足ですね。でも、何より、私のTwitterで、ファンの皆さんが喜んでくださるのが、本当にうれしくて。悩みどころです。

無料で公開されている「岩下の新生姜ミュージアム」。後編では、この施設の狙いに迫ります
無料で公開されている「岩下の新生姜ミュージアム」。後編では、この施設の狙いに迫ります

当記事は日経トレンディネットに連載していたものを再掲載しました。初出は2018年4月9日です。記事の内容は執筆時点の情報に基づいています

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