2016年の流行語のひとつである「ドヤ家電」。この連載では、「ドヤ家電」の命名者である小口覺氏が、長年培った家電ライターとしてのスキルを生かして、独自のマーケティング理論を展開する。その名も“意識低い系マーケティング”。前回の「ジョブズは“意識低い系”マーケターの代表だった?」に引き続き、マーケティング戦略アドバイザーの永井孝尚氏とともに“意識低い系マーケティング”がいかに重要かを考察してみた。

きゃりーぱみゅぱみゅのブレークに見る意識低い人の行動

永井孝尚氏
永井孝尚氏
マーケティング戦略アドバイザー。ウォンツアンドバリュー代表。慶應義塾大学工学部卒。日本IBMで戦略マーケティングマネージャー、人材育成部長等を担当。著書にシリーズ60万部「100円のコーラを1000円で売る方法」(KADOKAWA)、「これ、いったいどうやったら売れるんですか?」(SB新書)ほか

小口: 製品ライフサイクルでキャズムを越える、つまり意識低い系のニーズや気持ちをとらえるには何が必要でしょうか。

永井: アーリーマジョリティーには「失敗したくない」という意識が強い。ところが、新しいものには当然リスクがあるわけです。

小口: 危険を回避したいというのは、動物にも共通する本能的なものですね。

永井: キャズムを越えるのに必要なのは、簡単にいえば、「みんなが認めている」「みんなが買っている」という環境です。これは以前著書「これ、いったいどうやったら売れるんですか?」に書いたものですが、「きゃりーぱみゅぱみゅ」のヒットを製品ライフサイクルに当てはめてみたのが下の図です。

製品ライフサイクルを用いて「きゃりーぱみゅぱみゅ」が、どういう人々に受け入れられていったかを表した図
製品ライフサイクルを用いて「きゃりーぱみゅぱみゅ」が、どういう人々に受け入れられていったかを表した図

永井: イノベーターは「新しいものは何でも好き」、アーリーアダプターは「きゃりーはカワイイから好き」な人たちです。

小口: ここまでなら、一部のファッションや若者文化に詳しい人のみ知る存在で終わったかもしれません。

「これ、いったいどうやったら売れるんですか? 身近な疑問からはじめるマーケティング」(SB新書)
「これ、いったいどうやったら売れるんですか? 身近な疑問からはじめるマーケティング」(SB新書)

永井: きゃりーのブレークは綿密に仕掛けられたと考えています。下地として、原宿系のカワイイに興味のある外国人が多くいたし、国もクールジャパンを推していた。そこに、きゃりーを原宿系のアイコンとして売り出した。よいタイミングだったと思います。当初はキワモノ扱いでしたが、レディー・ガガやケイティ・ペリーなど海外のアーティストから評価されたこともあり、2012年ごろYouTubeからブレークしました。

 キャズムを越えると、「みんなきゃりーが好きだから私も好き」というアーリーマジョリティー、意識の低い人々の支持を得ます。そして、「変わった人は好きじゃないけど、乗っとかないと恥ずかしい」というレイトマジョリティーも追随する。

小口: なるほど。世界から評価されたので日本でも評価されるパターンです。日本人はマジョリティー気質なのかもしれませんね。ところで、永井さんは、きゃりーぱみゅぱみゅがお好きなんですか?

永井: いえ、私はいまだによく分からないので、一番右側の「ラガード」ですね(笑)。

なぜ女子高生はiPhone推しなのか

小口: 今年高校生になった娘がいるのですが、きゃりーの「みんなが好きだから私も好き」に近いのが、彼女たちにとってのiPhoneです。新しいスマホはiPhoneがいいと言われたのですが、友だちもほとんどがそうだといいます。「Androidなんて陰キャ(イケてないキャラクター)」「彼氏がAndroidだったら機種変させる」なんて意見もあるようです。

 もちろん、Androidにも優れた端末はあります。もしかしたら、格安スマホで性能の低い端末のイメージが強いのかもしれません。でもたぶんそういう問題ではなく、彼女たち普通の女子高生(=意識低い系)は「みんながiPhoneだから私も」になっている。マジョリティーゆえに、ケースの種類が豊富で選べるというメリットも享受できるのですが、もともと意識高い系のユーザーが多いメーカーだったアップルが、日本では女子高生をはじめ意識低い系を取り込んでいるのは面白いなと。

永井: ここに至るまでには、いろいろな要素がありますね。大手キャリアではAndroid端末よりもiPhoneは安く売られ、また月の料金も安かった。

小口: 「安いから買う」は、典型的な意識低い系の購買行動ですから必然的に売れますよね。しかも、米国など海外で評価されているというイメージもありました。

ティム・クックは石田三成

永井: 大量に安く売る。それをロジスティックスで支えたのはティム・クックの力が大きいでしょう。彼は戦国武将でいうと石田三成。秀吉が20万人とか30万人という当時でも途方もない兵力を自由に動かして天下を取れたのは、三成のロジスティクスがあったからです。アップルも、ジョブズが新製品を発表したら、即ワールドワイドで予約を受け付けて販売する。あの規模で実行できるのは並大抵なことではありません。

小口: ネットショッピングで買うことを「ポチる」と言いますが、ポチれるタイミングは重要です。発表されたときの興奮状態になっているときに買えるのがベスト。これが、3カ月待ち、半年待ちとなると、待っている間に熱が冷めて「いらないかも」となる。同じ手に入れるのでも、すぐに買えるか買えなかったかで、製品に対する評価も変わってきます。

永井: ジョブズは発表前の製品を絶対秘密にしていました。何が出るか事前に知ったら熱が冷めるという、人間の心理が分かっている。ロジックではなくパッションで、そのときの衝動で買う。それをサポートしたのはクックの力でしょう。

意識低い系の「ラクしたい」を徹底したLINE

小口: 企業として成功するには、製品ライフサイクルの最初から開発に携わらず、山の上のほうになって参入することでおいしいところを持っていく手もあるかと思います。これも意識低い系マーケティングの手法の一つかもですが……。

永井: 必ずしも一番最初に市場を開拓する必要はありません。Googleも検索サイトを最初に開発したわけではない。Infoseek(インフォシーク)やAltaVista(アルタビスタ)など、Googleに先駆けて出ていた検索サイトはいくつもありましたが、最後に出てきて市場を全部取ってしまった。

小口: Googleが出てきたとき、検索精度の高さに驚かされました。それだけでクチコミで広がっていきました。

永井: 当時はWebサイトが爆発的に増えたことで、検索結果にノイズが多くなっていました。AltaVistaは米ディジタル・イクイップメント・コーポレーション(DEC)社がCPU「Alpha(アルファ)」のデモンストレーション用に作ったサービスだったので、あまり本気でやっていなかったんですね。

小口: 後から全部持っていくパターンは、LINEにも見られます。参入したのは、すでにスマホやメッセージアプリがある程度普及していた時期でした。

永井: LINEは、ガラケー時代から使っていた電話番号でつながれるようにした機能が成功の理由でしょうね。それまでは個別に友人、知人のアカウントを検索するなどしてつながる必要があった。LINEは意識高い系の人が評価しそうな機能的スペックではなく、意識低い系の人に向けて徹底して使いやすさを追求していました。それでも最初のころは、私の周りに使っている人は少なかった。でもデジタル機器に詳しくない私の妹や、その友だちは使っていた。まさに意識低い系の人たちから広まっていった印象があります。

小口: CMなどでも「無料」をうたっていました。リテラシーのある人からすると、メッセージアプリが無料なんて当然だったんですが、マジョリティーの人たちのリスク回避意識に訴えるにはあえて言う必要があったのでしょう。さらに、使いやすさでは、スタンプ機能によって文字を入力する必要すらなくなった。コミュニケーションを圧倒的に省力化できました。

永井: 意識高い系の「差別化したい」に対して、意識低い系は「ラクしたい」。

小口: それに、意識高い人も自分の興味の薄い分野ではラクしたいとは思っている。家電はもともと、ラクしたいで普及してきました。おいしいパンを食べたいと思ったとき、本当に意識高い人は粉から厳選して自分でこねて焼く。いわゆる「ていねいな暮らし」の人たちです。パンなんて何でもいい、味にはこだわらないというのは意識が低すぎますが、意識低い系の普通の人には、クチコミで知ったおいしいパン屋さんに買いに行く、もしくはホームベーカリーを導入する人もいるでしょう。この意識低い普通の人々の層が一番多く、そして儲かりそうです。

永井: そうですね。

小口: ありがとうございます。まだまだ突っ込みどころが満載の意識低い系マーケティングですが、次回からは最近ヒットした具体的な商品や企業のマーケティングについて意識低い系の切り口で分析してみたいと思います。

まとめ
 格差社会と言われて久しいが、意識の高さ、低さにおいても格差は広がっているような気がしている。起業するような若者はもちろん、名の知れた企業に入社する時点で同年代よりもかなり意識が高い(もしくは高い系)はずであり、マジョリティーの人たちと意識の乖離(かいり)がある。SNSで不特定多数の人と簡単につながることはできるが、ここでもやはり意識高い(系)の影響を受けやすい。積極的に普通の人たちのニーズにアクセスするには、意識低いぐらいの目線で考えたほうがよいのではないだろうか。

 今回、永井さんとお話しさせていただいて、意識低い系マーケティングの要素が整理できた。おいしいものを食べたい、モテたいといった基本的な欲を刺激することはもちろん、マジョリティーのリスク回避意識である「ラクしたい」「損したくない」「みんなと同じで(が)いい」が、ヒット商品の条件にありそうだ。

当記事は日経トレンディネットに連載していたものを再掲載しました。初出は2017年5月22日です。記事の内容は執筆時点の情報に基づいています