意識高い系のワナ[2]~時期尚早

永井: 過剰品質については個人的な経験としてもあります。インターネットが普及する前の90年ごろですが、私は日本IBMで企業向けグループウエアの企画と開発をしていました。当時は大型コンピューターやUNIXの時代ですが、ユーザーデータを、ファイルではなくデータベースで管理する仕組みにしました。

 今では当たり前の仕組みですが、データベースで管理することで、障害時の復旧が可能になり、ユーザーのデータを保護できます。ところがなかなか売れなかった。そこで購入したお客さんに話を聞くと、購入した理由は「クライアント側のソフトが配布自由だったから」でした。当時、ほとんどの他社製品はクライアント側ソフト導入数分のお金を払う必要があったのですが、私たちの製品では、クライアント側ソフトは配布自由でした。その代わりにサーバーにログインしているユーザー数で課金していたのですよね。だからお客さんにとって、大規模導入のときでも全体のコストが安かったんです。結局、データベース機能は売りになっていなかった。当時はまだローカルのパソコンにデータを保存するのが主流で、サーバーのデータがなくなっても「ローカルから戻せばいい」と言われました。当時はデータ保護は過剰品質だと思われたのです。

小口: 今は当たり前ですが、時代が追いついていなかった。早く生まれすぎて残念な結果に終わった製品は多いですね。

永井: マーケティングでは、時間軸をどう見るかが大事です。早すぎても遅すぎてもいけません。

小口: 出たときは斬新すぎて興味がなかったけど、今は必需品という製品もあります。

永井: 私にとっては、ロボット掃除機がそうでした。最初出たときは、床の上を片付けなければ使えないし、便利だと思えなかった。しかし、IT企業の社長に知り合いがいて、小さいオフィスをルンバに掃除させているのを見て、気がつくと自分も買っていた。だんだん機能も上がってきましたし……。

小口: 僕は、初代のルンバを買いました。意識高い系だったんでしょうね(笑)。

意識が高いほど先が見えない?

小口: 意識高い系というか専門知識を持っているほど、時期尚早どころか世の中の流れを完全に読み間違えるケースもあると思っています。95年ごろだと思いますけど、僕はインターネットが流行すると思っていました。素人目線で。ところが、PC業界をずっと見てきた専門家の中には、インターネットなんて流行しないと主張する人もいた。

 逆に、専門家がこれは世を変える、流行ると宣伝した技術やサービスが当たらないことも数え切れないほどあります。メディアも、「コレが来る!」とか特集をさんざんぶち上げて、結果的に外していたりします。「セカンドライフ」とか(笑)。これも一種、意識高い系の病かもしれません。

永井: 私は当時日本IBMの研究所にいましたが、若いマネージャーほど「インターネットは世の中を大きく変える」と理解していましたが、ある程度上の年代だと、中には「こんなのはおもちゃだ」という人もいましたね。

小口: 世の中を変えるような斬新な製品は、意識高い系の人ほど最初は「おもちゃ」に見えるものなのかもしれません。パソコン(パーソナルコンピューター)がまさにそうでした。

永井: 斬新な製品やサービスを見たとき、それが時期尚早なのか、まったく見当違いなのかを読めるのが優れたマーケターではないでしょうか。まだインターネットが浸透する前、IBMのルイス・ガースナーCEOには有名なエピソードがあります。エンジニアにホームページを見せられて、「購入するボタンはどこにあるんだ?」と言ったそうです。後のオンライン取引をすでに見越していたわけです。その後ガースナーは「e-ビジネス」を提唱し、IBMは90年代後半に復活することができたのです。

小口: さすがの洞察力ですね。

スティーブ・ジョブズは意識低い系マーケター

小口: そういう意味では、スティーブ・ジョブズが率いていた時代のアップルも流れに乗るタイミングが絶妙でした。アップルはイノベーティブじゃないとけなす人も多いですが……。

永井: そういう人は、イノベーションを「発明」のことと勘違いしています。発明はインベンション。イノベーションとは、モノを組み合わせて新しい価値を作ることです。それを正しいタイミングで行うことが重要で、その意味でアップルは非常にうまくやりました。世の中にある新しい技術を組み合わせて、ベストなタイミングで世の中に出した。そういう意味で、ジョブズはインベンターではなくマーケターでしょう。

小口: 組み合わせとしてのイノベーションの例を挙げると、デジタル音楽プレーヤーと音楽業界を結びつけたことですね。

永井: iPodを出す前から、デジタル音楽プレーヤーの市場はすでにありました。プレーヤーとしては米ダイアモンド・マルチメディア・システムズ社(※2000年にソニックブルーに社名変更)のRioが売れていたし、ファイル共有サービスにはNapster(ナップスター)があった。イノベーター層が違法ダウンロードの音楽を楽しんでいたわけです。アップルは音楽業界と結びついて合法的に楽曲をダウンロードできるiTunes Storeを作りました。

小口: さらにiPodもホイールボタンの採用など、より分かりやすさにこだわって作られた。機械に詳しい人にではなく、誰にでも使いやすくしろというジョブズの指示。これこそ意識低い系マーケティングだと思うんです。そもそも起業家という人種は意識が高いに決まっていて、ジョブズはその極みです。若いころは菜食主義にハマったり、精神的な師を求めてインドに行ったりしている。ところが、自分の作った会社から追われ、97年に復帰し、iMacやiPodをヒットさせたころからは、マーケターとして意識低い系の要素が強まってきました。

永井: アップルは最初に意識高い系の消費者を攻めて、次に意識低い系を攻めるという構図がちゃんと描けている。この辺りの戦略性が感じられます。それを実現したのはティム・クック(現CEO)です。

(第2回「意識低い系の人々がきゃりーをブレークさせた?」に続く)

当記事は日経トレンディネットに連載していたものを再掲載しました。初出は2017年5月18日です。記事の内容は執筆時点の情報に基づいています