バルミューダのトースターは意識低い系?

永井: 小口さんは、家電メーカーのバルミューダを意識低い系マーケティングの例として挙げられていました。

小口: かつてのバルミューダの製品は、デザイン性の高さがいちばんの売りで、意識高い系の消費者が支持していました。しかし、デザイン家電というのは評価の割に売れないのが普通です。バルミューダもそこで行き詰まっていたと思われるのですが、2万円の高級トースターが大ヒットして売り上げが何倍にもなった。デザイン勝負という意識高い世界にプラスして、おいしいものを食べたいという意識低い世界を取り込んだことが成功の理由だと思います。

永井: 自分のこだわりよりも、お客さんに寄り添ったということでしょうね。

意識高い系のワナ[1]~ニーズの取り間違い

永井: 先ほどの、SNSを使ったマーケティングで失敗する理由を分析してみると、まず意識高い系の人たちは情報発信力が高いため、実態よりも大きく見える。「こんなに多くの人が望んでいる」と判断しても、実際にはそれほど数はおらず、他の人はまったく興味がない。

小口: 少数の人たちの意見を過大評価してしまうんですね。発信力の高い人に評価されるので、ブランド化できると思ってしまい、強気の値付けをしたり……。あとは、SNSのフォロワー数が多い人には、インフルエンサーとして商品を宣伝してくれることを期待するのでしょうが。

永井: それもあるでしょうね。しかし、インフルエンサーの影響力は万能ではありません。情報の伝播力はあるものの、購買には結びつかないことも多い。

小口: とるに足らない情報を広く伝えるのには効果がありますけど、お金を出すとなると普通はインフルエンサーの声だけでは決めづらいですよね(笑)。

永井: 商品の評価は、提供した価値がお客さんの期待値を超えた部分を表しています。例えば意識高い系にありがちな「センスがいい」「カッコイイ」という要素が期待値を大きく超えている。この差が感動になり支持されると思って発売するのですが、実は大多数の人はその要素にあまり興味がなく、使いやすさや心地よさといった意識の低い要素を製品に期待していたりする。そちらの価値が提供できていないと、評価されませんし、売れません。

小口: 意識低い系というとバカにしているように聞こえるかもしれませんが、実際には普通の人のことです。普通の人の中にも高い意識はありますが、それはメーカー(開発側)が押しつけてくる意識高い系の要素とは別のものであることが多いです。

期待値を超えたとき顧客は「感動」し満足する。ところが、開発者側が重視する要素が顧客のそれと異なっていると残念商品になってしまう
期待値を超えたとき顧客は「感動」し満足する。ところが、開発者側が重視する要素が顧客のそれと異なっていると残念商品になってしまう

永井: 自意識としてのブランドが空回りしている。お客さんの期待を超えた価値(顧客満足)をいくつも積み重ねてこそ本当のブランドになります。よく「ブランドは鍾乳洞である」と申し上げるのですが、鍾乳石は何万年もかけて水に含まれる石灰が積み重なっていきますよね。石灰の成分が顧客満足です。

小口: 地味に積み重ねるべきもので、ぽっと出の会社がブランディングでなんとかなるものではないということですね。

意識高いままではキャズムを越えられない

永井: 意識高い系の人たちは、製品ライフサイクルでいうところの、イノベーターではないでしょうか。新しければ何でも欲しい人たちです。アーリーアダプターは実利主義者で、役に立つと思えば買う人たちです。アーリーマジョリティーはリスク回避のために買う人々。それぞれの間にはクラック(裂け目)があり、アーリーアダプターとアーリーマジョリティーの間に一番大きなクラックであるキャズム(谷)があります。意識高い系に向けた製品では、最初のクラックすらも越えられないのかもしれません。

小口: その原因は何なのでしょう。

永井: 売れる製品を開発するには、隠れたニーズを探る必要がありますが、それは多くの場合、ネットでは分かりません。普通の人(意識低い系)に役立つニーズを考えないといけないのですが、それはネットの表面上のやりとりではなく、実際にアイデアをお客さんのところに持っていって使ってもらうというようなところからブレークスルーが起こるのです。

製品ライフサイクル。意識高い系の製品は、イノベーターにしか受け入れられない可能性がある
製品ライフサイクル。意識高い系の製品は、イノベーターにしか受け入れられない可能性がある

永井: デザインやカッコイイ以外にも意識高い系のワナはあります。例えば、自分たちは高品質だと思っているけど、実は単に過剰品質で相手にとっては意味がないケースです。日産自動車がかつてマーチの生産をタイ工場に移管した際、日本の鉄鋼会社は張力の高い鋼板を売り込みました。しかし、これは高級車には必要ですが、マーチのようなコンパクトカーではメリットが小さいんです。逆に日産が重視したのはインドや南アフリカなどにマーチの生産を移しても鋼板を調達できること。結局、他の鉄鋼メーカーの鋼板に替えられてしまった。

小口: 品質や性能を重視するあまり、日本企業が陥りがちなワナですね。