タクシーより割安で、路線バスより機動力が高いオンデマンド型の乗り合い交通サービス。MaaSの要として期待される新交通だが、そもそも移動需要が少ない過疎地などで導入された場合、単体サービスとしての収益化は容易ではない。そこで浮上しているのが、ヘルスケア・介護分野と融合した新たなビジネスモデルだ。その中身とは?

フィリップス・ジャパンが構想しているヘルスケアモビリティの車両イメージ
フィリップス・ジャパンが構想しているヘルスケアモビリティの車両イメージ

 オンデマンド型乗り合い交通サービスをめぐっては、国内各地で実証実験を行う公立はこだて未来大学発のベンチャー・未来シェア(北海道函館市)や、伊藤忠商事、森ビルが出資している米Via(ヴィア)に加え、ソフトバンクとトヨタ自動車の共同会社、モネ・テクノロジーズも勢力拡大を目指している。

 そんな中、モネ・テクノロジーズと組む形で、この分野への参戦を2019年4月に正式表明したのが、医療機器大手のフィリップス・ジャパンだ。意外な組み合わせに見えるが、ヘルスケア領域のサービス料金を乗り合い交通の料金に追加する、あるいは膨張する医療費の削減といった別軸の狙いを持つことで、オンデマンド型乗り合い交通サービスを過疎地などでも導入しやすくする枠組み。超高齢化に直面する“課題先進国”、日本ならではの妙手になり得る新たな連携策と言える。

出典:フィリップス・ジャパン資料より
出典:フィリップス・ジャパン資料より

 フィリップスが描く「ヘルスケアモビリティ構想」は、日本発の取り組み。具体的には、上図のように「サービスの移動」「人の移動」と大きく分けて2軸がある。

 まず、「サービスの移動」で想定されるのは、病院が不足している地域で患者宅を訪問し、遠隔・対面診断をする移動クリニックや、高齢者への外出機会の提供を含む介護サービスの展開。そして、フィリップスが得意とする口腔(こうくう)・睡眠・栄養・運動ケアサービスをモビリティに載せ、適時適所に配車することも検討されている。

 一方、「人の移動」に関しては、病院やクリニックと患者宅をオンデマンド型乗り合い交通サービスでつなぐことを想定している。例えば、病院の予約時間に患者がスムーズに到着するよう配車できれば病院での待ち時間が減るし、人工透析など身体的な負担が大きい中で週何回も通院している患者にとっても、病院へのアクセスが圧倒的に楽になる。

 もちろん、これは病院側のサービス向上にも役立つ。「特に、MRI(磁気共鳴画像診断装置)、CT(コンピューター断層撮影装置)といった大きな初期投資が必要な機器を導入している病院にとっては、稼働率の向上が課題。例えば、これらを利用する患者に絞って移動サービスを提供し、稼働率を上げれば、病院の収益性を高められる可能性がある」(フィリップス・ジャパン戦略企画・事業開発の佐々木栄二シニア マネージャー)と話す。

 すでにフィリップスはモネ・テクノロジーズと協力し、ヘルスケア設備を搭載した車両を検討している。例えば3月に公開されたモックアップでは、トヨタのハイエースの後部空間を想定したサイズ感の中で、遠隔診断ができるモニターや血圧、体温、体重、血糖値といったバイタルデータの取得機器、自動体外式除細動器(AED)などを搭載。これにより心疾患や生活習慣病(主に糖尿病)、高血圧といったメジャーな疾病に対するモニタリングやアドバイスを可能とする。

 また、車両を簡易クリニックとして使えるよう、フラットな座席を診察台にすることもできる。顔認証により個人を判別し、処方箋を出したり、口腔ケア製品などを購入したりといった仕組みも想定されている。「高齢者の介護や不採算の病院サービスの改善、健康増進など、自治体が抱える課題はさまざま。それに合わせて車両の中身はカスタマイズしていく」(佐々木氏)という。

3月のMONETサミットで、フィリップス・ジャパンが披露した車両のモックアップ。入り口正面のディスプレーで顔認証する仕組みを提案
3月のMONETサミットで、フィリップス・ジャパンが披露した車両のモックアップ。入り口正面のディスプレーで顔認証する仕組みを提案
モックアップの車内。遠隔診療に使うモニターの他、床に体重計も埋め込まれている
モックアップの車内。遠隔診療に使うモニターの他、床に体重計も埋め込まれている

 ただし、AEDに関して同社は、標準装備する計画。というのも、AEDは現在、一般の人が設置場所を十分に把握しているとは言い難いし、深夜や休日にオフィスビルが閉まると使えないという状況がしばしば発生する。AEDをIoTで見える化するとともに、AED搭載車両が街中を走っていれば、より安心というわけだ。

 こうした街づくりに資する提案を含め、現在フィリップスは複数の自治体とヘルスケアモビリティの導入に向けて協議を進めており、2020年3月までに実証実験を始める構え。19年5月には、モネ・テクノロジーズと長野県伊那市が協定を結び、医師による診察を遠隔で受けられる移動診察車の実証実験を始める計画が明らかになった。今後この取り組みにフィリップスが参加する可能性もありそうだ。

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