アウトドア領域を超えてさまざまなユーザーや使用シーンに向けた商品を展開する「ザ・ノース・フェイス」。その多面的なブランド価値をユーザーに分かりやすく伝える重要な役割を担っているのが、ユニークな直営店戦略だ。
国内で86店舗(2019年5月9日時点)ある「ザ・ノース・フェイス」(以下、ノース)の直営店の特徴は、フォーマットを作らず、店の造りが一つずつ全く違うこと。
それを象徴するのが、東京・原宿の明治通り沿いだけで、ターゲットやコンセプトが異なる4店舗を構えていることだろう。旗艦店の「THE NORTH FACE 原宿店」(19年4月27日に「THE NORTH FACE MOUNTAIN」にリニューアル)、女性向けの「THE NORTH FACE 3(march)」、街中でもアウトドアスタイルを楽しむユーザー向けの「THE NORTH FACE STANDARD」に加え、4月27日には新しい世代にプリミティブかつシンプルなライフスタイルを提案する「THE NORTH FACE ALTER」をオープンした。
ユーザーが持つ多様なブランド観に合わせた店づくり
この直営店戦略を指揮するのも、同ブランドを手掛けるゴールドウインの渡辺貴生副社長だ(関連記事「“ジャパン ノース・フェイス”を作った男 モノづくりの真髄」)。なぜあえてコストと手間をかけ、一つずつ異なる店舗を作るのか。
「ノースは一つのコンセプトで作られていることは間違いないが、お客さまにとってノースの存在や価値観は異なる。同じビジネスパーソンでも、スーツとネクタイで仕事をする人もいれば、カジュアルな服装で仕事をする人もいる。人それぞれの価値観や生活スタイルがあるのに、我々が勝手に推し量って一つの形で提供するのは横暴ではないか。新しいコンセプトの店だからこそ、そのドアを開けて入ってきてくれるお客さんはどんな人だろうという期待感が生まれる。同じ店を作ると同じお客さんしか来てくれないのではないかと思ってしまう」(ゴールドウインの渡辺貴生副社長)。
興味深いのは、原宿にこれだけ店舗が増えても既存店の売り上げが減らないこと。店舗間ですみ分けが可能なのは、コア&モア戦略によって幅広いユーザー層と利用シーンに向けた豊富な商品ラインアップを持つノースならではだろう。逆に言えば、対象ユーザーや利用シーンが広がったノースにとって、コンセプチュアルな店舗を一つずつ作り込んでいくことがブランドのエッジを立てる効果的な方法というわけだ。
「なぜこの場所にノースが必要なのか」というストーリーが重要
さらに、ノースの店舗は街のカラーによっても大きな変化を見せる。例えば、「THE NORTH FACE 京都店」では京都の景観に溶け込む町家風の外観を採用している。「街にはそこに住んでいる人々の生活があり、文化があり、考え方があるので、店は同じであるべきではない。ショッピングモールであっても同様。場所によって住んでいる人のカラーは違うのに、同じやり方をするのはもったいない」(渡辺副社長)。
こうした個性的な店舗を作るために実際にその街を歩くのはもちろん、商業施設の場合はどういうお客さんが来るのか、お客さんとどういうシナジーを作りたいのかを、施設を運営するデベロッパーに徹底的に聞くという。
「ノースはクリーンかつシンプルなイメージでロゴの信頼感も高く、施設としてはぜひ入ってほしいテナント。ただ『なぜこの施設のこの場所にノースが必要なのか』という深いストーリーを求められるので、施設側としてはそれに応えられないといけない。良い場所を用意したから出店してくださいだけでは通用しない」と、三井不動産でテナントリーシング(誘致活動)を担当する商業施設営業二部 営業グループの塚本健司リーシングリーダーは言う。
三井不動産が運営する東京ミッドタウン日比谷に出店した「THE NORTH FACE PLAY」は、都心にありながら最上級ライン「サミット」シリーズで本格的なアウトドアを前面に押し出している。「本物を知り尽くし、個人の価値観を持ちながらも常に新しいコト・モノへの要求意識が高い人たちへ、クオリティと『遊び心』を提案する」というのがコンセプトだ。
実は、この施設への出店はゴールドウインのアスレチックブランド「NEUTRALWORKS.(ニュートラルワークス)」が先に決まり、ノースには声を掛けていなかったという。しかし、渡辺副社長に日比谷公園との一体感や芸術文化の中心地であることなどを説明したところ、後日「ノースで新しいことをやりたいのでもう1区画欲しい」となったそうだ。この場所にノースが存在するストーリーが見えたということだろう。
最近オープンした店舗の中でもユニークなのは、18年9月にオープンした日本橋髙島屋S.C.に出店した「THE NORTH FACE 日本橋店」。店内には巨大な書棚があり、ノースに大きな影響を与えた米国の思想家、バックミンスター・フラーの著作をはじめ、アメリカンカルチャーや建築、アート、デザインなどの著書が壁一面に並ぶ。さらにその傍らには、波佐見焼の器なども置いてある。コンセプトは生活を楽しむ自立した男性に向けたスペシャリティーストアだという。
「隣接する銀座や日比谷の店とのすみ分けも意識した。銀座はインバウンドの方たちにノースの面白さをエンジョイしてもらい、日比谷はペニンシュラや帝国ホテルがあって世界からビジネスパーソンやアーティストなど多様な人々が集まって来るので、ノースの本格的な登山向けアイテムが置いてあったら興味を持ってもらえるだろうと。一方、日本橋は伝統や格式を重んじる人たち、金融や商社など日本を代表する企業で働いている人たちがいる場所なので、ノースの世界観を伝えるべく、私がセレクトした本や食器を並べた」(渡辺副社長)。
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