スマホの予約アプリ開発からスタートした全日本空輸(ANA)のリーン・スタートアップは、次のステージに突入している。現場の課題を吸い上げて業務改善を促進するための3つの手法と、進化するデジタル技術を基にして新サービスのアイデアを発掘するための手法の合計4つを考案した。社員を本気にさせて、業務改善と新サービス創出を加速させている。
ANAは、部門からニーズが出てくるのを待っている従来型の開発プロセスにとどまらず、社員を本気にさせてアイデア創出を促すための新たな手法に挑んでいる。「業務改善や新サービスのアイデアは、現場任せだとなかなか出てこない。そこで、現場の課題が何かということに対して気づきを与えて業務改善を推進すると共に、進化するデジタル技術を基にして新サービスを創出するために、4つの手法を採用した」(ANAの業務プロセス改革室イノベーション推進部部長 兼 ANAHD デジタルデザインラボ エバンジェリスト 兼 オリパラ推進本部担当部長・野村泰一氏)という。
具体的には、(1)ワークショップ型 (2)PoC(Proof of Concept:概念実証)プロセス (3)データドリブン型 (4)ピッチスタイル──の4つだ。前者の3つが業務改善を、4つ目が新サービス創出を狙った手法である。
業務改善から着手し現場を巻き込む
野村氏がイノベーション推進部(イノ推)の部長に就任したのは2017年4月。ANAに入社後、グループ会社のピーチ・アビエーションに移籍したが16年にANAホールディングス(ANAHD)に呼び戻され、デジタルデザインラボで本業の航空業以外の新規事業を担当してきた。営業、マーケティングや情報システム部門の経験もあり、こうした経験を見込まれてイノベーション推進部を統括することになった。ユーザー重視のデザイン志向もデジタルデザインラボで経験してきた。
業務改善、サービス開発を推進するうえで野村氏が重視したのは、「いかにして現場の社員を巻き込むか」という点だった。その仕組みの1つが、業務改善のための「ワークショップ型」である。悩んでいるのだったら一緒に考えましょうというスタンスで、業務課題を解決できないでいる部署向けに“ダンゴムシを助けよう”というワークショップを開催している。17年8月からすでに数回開催した。
「ビルの日陰には石があって、その石をどけると、ダンゴムシが絶対にいる。しかもたくさんいる。本当は何がダンゴムシかわかっているでしょ。何がダンゴムシで、何が石かを同じ目線で考えるというワークショップだ。ビルは自分の部署であり、ダンゴムシは困っている業務で、石はその阻害要因である」(野村氏)。このワークショップを通して、業務の課題をどうやって解決したらよいかを一緒になって考え、例えば、その業務をRPA(ロボティクス・プロセス・オートメーション)で解決するといった形で導いている。
2つ目が「PoCプロセス」である。デジタル技術を活用して何らかのPoCを手掛けてみたい部署は、申請書を作成して業務プロセス改革室に提出する。その後、野村氏を含めて、業務プロセス改革室にある3つの部の部長3人全員が共感し書類審査に通れば、PoCに着手できるというものだ。17年4月から実施しており、18年度は20件ほどが承認されている。
3つ目が18年初めから開始したもので「データドリブン型」だ。社内に蓄積されているデータを見て業務課題を発見するというものである。例えば、残業時間が多い部門や、ES(従業員満足度)調査の結果で課題がありそうな部門にイノ推から声を掛けて、RPAやIoT導入でうまくいっている事例を紹介したり、ワークショップを持ち掛けたりする。
データドリブン型で解決できた業務の一つに、空港でのベビーカーや車椅子の貸し出しサービスがある。貸し出し用のベビーカーや車椅子は、借りた人が空港内で放置している場合が多い。必要なときにその場になく、空港の職員が探し回ることが多々あり、探す時間を業務に割かざるをえなかった。そこで、ベビーカーや車椅子にビーコンを付け、位置情報で所在場所が分かるようにした。同時に、乗客リストのデータから、子供や高齢者が多い時間帯とそうでない時間帯を計算し、必要になる前にベビーカーや車椅子を探すようにした。その結果、探す時間を半減することができた。
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