2019年3月にテレビCMを一新した「キリン 午後の紅茶」。注目は新商品の微糖。甘いイメージのある深田恭子にラフな格好で大型車を運転させる。“意外性”の強調で「甘くない午後ティー」をアピールする作戦だ。緑茶やコーヒーなど甘さを敬遠する層にも訴求し、「紅茶派。」の勢力拡大を目論む。
■コピーライター:板東睦実/熊崎友紀子
■CMプロデューサー:川口雅弘
■CMプランナー:倉光徹治
■CMディレクター:鈴木わかな
■クリエイティブディレクター:原田朋(はらだ ともき)/長島慎(ながしま しん)
■アートディレクター:長島慎
■広告代理店:博報堂(制作会社:アオイプロ)
■CMソング:「the more we get together」
甘さ離れで取り逃がした層を「紅茶派。」に
紅茶ひとり旅。これは発売以来33年もの間、国内紅茶飲料でトップシェアを維持し続けている「キリン 午後の紅茶」に対し、業界でささやかれている言葉だ。しかしその圧倒的な強さ故、「午後ティーは甘い」という固定観念を消費者に植え付けてしまった。
「裏切られました。午後ティーなのに甘くない」――そんなナレーションが流れる中、車をバックさせ駐車スペースに止める深田恭子。これは2019年3月26日に発売した、微糖タイプ「キリン 午後の紅茶 ザ・マイスターズ ミルクティー」のテレビCMの1コマ。
深田は髪を後ろにラフにまとめ、服は真っ白なカットソー。ロマンチックで甘いイメージの深田をあえてシンプルなコーディネートに仕立てたのは、「午後ティーは甘い」という固定観念を払拭するためだ。しかも深田がハンドルを握るのは、海外で軍用や警察車両として導入されている大型の「ランドローバー・ディフェンダー」。バックのときも後方を直視し、今どきのバックモニターなど決して使わない。キリンはわずか15秒のCMで、徹底した“甘さ脱却作戦”を遂行した。午後の紅茶には甘さで培った強固な地盤があるのに、そこまでする理由はどこにあるのか。
午後の紅茶は、1986年に1.5リットルペットボトル入りのストレートティーを発売し、濁りのないペットボトル入りの紅茶は不可能といわれていた業界の常識を覆した。その後、ミルクティー、レモンティーが加わり、「レギュラー3品」と呼ばれる今なお人気の定番商品が出そろった。
おいしさと斬新さで売れ行きは右肩上がり。さまざまな商品展開も奏功し、16年以降は出荷数5000万ケースの大台を突破し続けている。だが主力のレギュラー3品はいずれもしっかりとした甘さで、10代や20代前半の若い層には人気があるものの、「20代後半以降の特にワーカー層は、その甘さ故、午後ティーを敬遠する傾向にある」と、キリンビバレッジマーケティング部商品担当部長代理の加藤麻里子氏は打ち明ける。
加藤氏によると「20代後半~30代は、清涼飲料水に無糖や低糖を求める傾向が強くなる」とのこと。実際、午後の紅茶は清涼飲料水市場では緑茶や水、コーヒーを追いかける形となっている。甘さ以外にも、紅茶は飲用シーンが休息やリラックスなど限定的で、「食中飲料としてのお茶や、目覚めやリフレッシュなどのコーヒーに比べて飲む理由が薄い」(加藤氏)という事情も、日本での紅茶の浸透に歯止めをかけている。
ところが世界に目を向ければ紅茶市場は拡大している。キリンが算出したところ、17年の消費量はコーヒーの約7315億~9510億杯に対し、紅茶は約1兆700億~1兆6050億杯。「圧倒的に紅茶のほうが需要が多いことが分かった」と加藤氏は話す。
世界的な紅茶人気の波に乗ろうと、午後の紅茶では紅茶を好んで飲む人を「紅茶派。」と称し、紅茶飲料のシェア拡大を狙うことにした。新たに微糖の「キリン 午後の紅茶 ザ・マイスターズ ミルクティー」を投入し、既存の「キリン 午後の紅茶 おいしい無糖」にもスポットを当てるなど、甘さ離れで取り逃がしていた層に向けたコミュニケーション戦略を柱に据えた。
先入観を覆しオールターゲットに訴求
「甘くない午後ティー」を訴えるためのキーワードは、「意外性」に決めた。
そこでザ・マイスターズ ミルクティーでは、「甘いイメージの深田さんに甘くないラフな衣装を着てもらい、甘くないミルクティーをアピールしてもらうことにした。レースやフリルの似合う深田さんを、あえてシンプルな格好にすれば意外性が際立つ」(加藤氏)。幅広い層から人気があることも、深田の起用につながったという。
「キリン 午後の紅茶 おいしい無糖」では、新たにリリー・フランキーを起用。「狙ったのは糖離れの中年男性。いかにも大人の男性という雰囲気のリリーさんはブラックコーヒーを飲んでそうなイメージがある。そんなリリーさんでさえおいしい無糖に出合って、それを選んだという点に意外性を込めた。率直な言動をするリリーさんだけに、説得力もある」と加藤氏はリリー起用の理由を話す。
18年6月から午後の紅茶のCMに登場している新木優子も、今回おいしい無糖で続投させた。リリーの中年男性に対し、新木は20代の女性をカバーする。「20代は味覚が変わりつつあり、甘さ離れも始まる世代。同世代の新木さんに甘さから卒業して、甘くない午後ティーを選ぶ姿を演じてもらった」(加藤氏)。
加藤氏によると「一番リーチが取れる」とのことから、微糖と無糖の認知度を上げるため今回はこの2商品にテレビCMを集中させたという。
新CMの反響は大きく、「ザ・マイスターズ ミルクティーの売れ行きは想定を上回っている。午後の紅茶全体で、19年3月の売り上げは前年比単月で112%となった」(加藤氏)と、意外性を前面に打ち出した戦略は的中したようだ。
大人になり「午後ティー離れ」をした人たちに、「甘くない」意外性で改めて魅力の掘り起こしに成功した午後の紅茶。世界的な紅茶人気にあやかるためには、これから先もいい意味で消費者を裏切りながら、「甘いだけではない」というメッセージをしっかり印象にとどめることが重要だろう。
三者三様の「紅茶派。」宣言で、コーヒーからの寝返りも狙う
3人のキャラクターはCM中で共演せず、それぞれが20代女性、ワーカー層女性、中年男性や食事に合うことなどを訴求するため、三者三様の「紅茶派。」を宣言している。
「キリン 午後の紅茶 ザ・マイスターズ ミルクティー」<裏切られた編>では、甘くないミルクティーを、すっきりとしたファッションで身を包んだ深田が伝える。「ランドローバー・ディフェンダー」を楽々とバックさせ駐車したり、悠々とドライブする姿で自立した大人の女性の姿を演出している。ナレーションでも「裏切られました。午後ティーなのに甘くない。ラテよりこっちが好みかな」とアピールし、「私は紅茶派。」と宣言する。
「キリン 午後の紅茶 おいしい無糖」<寝返り編>では、リリー・フランキーが男性やコーヒー派へアピール。ベレー帽をかぶり、緑に囲まれ陽光が注ぐアトリエでゆったりと仕事をしながら午後の紅茶 おいしい無糖を飲む。「午後ティーって甘いと思ってた。コーヒー派から寝返っちゃおうかな」とのナレーションで、コーヒー派からの取り込みも図る。最後に「僕は紅茶派。」と宣言する。
「キリン 午後の紅茶 おいしい無糖」<カレー編>では、食事にも合うことをアピール。屋外マルシェのテーブルを仲間と囲むリリーが、カレーを食べながら「カレーに紅茶? まさかね」と、午後の紅茶 おいしい無糖を飲み、相性の良さに驚く。最後は「カレーのときも僕は紅茶派。」と宣言する。
「キリン 午後の紅茶 おいしい無糖」<大人になった編>では、新木が「甘さ離れ」の始まる20代後半世代に向けておいしい無糖をアピール。跨線橋(こせんきょう)の上で自撮りをする新木。そこに「私、子どもでした。味覚も」のナレーション。下を見下ろして「バイバーイ」と甘さからの卒業を“宣言”する。ナレーションでは「今は甘くない午後ティーが飲みやすい」と甘くない午後ティーをアピールし、「私は紅茶派。」で締める。
「キリン 午後の紅茶 紅茶派宣言」<新しい時代編>は、3人の紅茶派宣言をまとめた長編のブランドCM。「朝起きたら深呼吸する」「気持ちを天気に左右されない」「がむしゃらに仕事をしない」「大切な人を大切にする」「思いっきり泣いたら思いっきり笑おう」「遠回りでも歩きたい道を歩いて帰る」「なるべく受け入れる、でも流されない」と、「紅茶がくれるもの」を順に語っていく。
なつかしCMギャラリー
(写真提供/キリンビバレッジ)