真っ赤な衣装と口紅で「グリコ色」にキメた眼鏡姿の綾瀬はるかが、オフィスや工場で踊りながら呪文のような「スキパニ」を連呼する奇妙なCMに 視聴者はざわついた。1台のオリジナルワゴンから始まった江崎グリコの企業CM。新作では同社が掲げるスローガンから、伝わりづらい「健康」を押し出した。
■コピーライター:細川美和子
■CMプロデューサー:吾郷マキ、田中洋平
■CMプランナー:古川裕也・細川美和子・眞鍋亮平・水本晋平
■CMディレクター:児玉裕一
■クリエイティブディレクター:古川裕也・細川美和子・眞鍋亮平
■アートディレクター:久保田絵美
■広告代理店:電通
■CMソング:作詞/ケンモチヒデフミ・細川美和子、作曲/ケンモチヒデフミ
「おいしさ」はいいが、「健康」がうまく伝わらない
「おいしさと健康」は江崎グリコの企業理念。消費者に向けて発信したい。しかし同社はジレンマを抱えていた。「おいしさ」と「健康」のどちらかではなく、両方をうまく伝えるにはどうしたらいいのか――。
それって、難しいことなの?と不思議に思う人もいるだろう。実はこの悩み、製菓会社だからこそなのかもしれない。「お菓子メーカーだからおいしさや笑顔は伝えやすいが、健康はうまく訴求できなかった」と江崎グリコ・コーポレートコミュニケーション部の石田絵里子氏は打ち明ける。
その解決策が、綾瀬はるかの“奇妙な踊り(実は体操)”と「スキパニ」という意味不明な“呪文”だった。
「ス~キ~、ス~キ~、スキパニパー♪」――頭の周りで両手を動かしながら、繰り返し“呪文”を連呼する綾瀬はるかの声が、脳内で何度もこだまする。どこか中毒性のあるこの江崎グリコの企業CMは、同社の本社と工場、見学施設で撮影され、従業員約400人が出演した。放映されるや、SNS上は「何だ、このCM」「スキパニって何?」といった、疑問や戸惑いの声であふれた。
スキパニの真相をより深く理解するには、江崎グリコの企業CMの起源をひもとく必要がある。きっかけは1台のワゴンだった。
トヨタ「ハイエース」を赤と白の“グリコ色”に塗装し、ルーフには巨大なポッキーの箱。世界に1台しかない「グリコワゴン」が、2010年、「日本中においしさと健康、そしてワクワクする笑顔を届けたい」という思いで日本縦断を始めた。同年12月から47都道府県を回り、11年2月8日に最終目的地の那覇市へ到着した。
だがゴールの喜びもつかの間、東日本大震災が東北地方を襲う。震災後、「みんなに笑顔を届けたい。」と、大阪・道頓堀のネオンサインに掲げたメッセージを実行するため、再びワゴンは東北に向けて走り出した。トランクをお菓子で満載にして……。
11年7月、グリコワゴンは「日本が少しでも早く明るく元気になってほしい」という思いを込めたテレビCMにも登場した。当時のCMキャラクターと多数のミュージシャンらの元へグリコワゴンが到着すると、皆が楽しく童謡を歌うという内容で、茶の間に明るさを届けた。江崎グリコが商品ではなく、企業メッセージCMを本格的に流したのはこれが初めて。現在の同社企業CMの原点となった。
そして13年には、明確にコミュニケーションメッセージを定義した企業CMがスタート。伝えたのは「あなたが笑うと、世界は変わる。smile.Glico」。ワゴンが運んだ思いを受け継いだ。
それ以降、同社のスローガン「おいしさと健康」を「笑顔」というキーワードを通じてあの手この手で伝えてきた。しかし、やがて冒頭で述べた「おいしさや笑顔は伝えられても、健康がうまく訴求できない」といったジレンマに陥った。一番の理由は、菓子メーカーと健康とのイメージがつながりにくいことにあった。
とはいえ、そもそも社名でもある同社の代表菓子「グリコ」は栄養素グリコーゲンが入ったキャラメルで、「大好きなお菓子を食べながら健康促進もできるように」と開発されたもの。消費者に健康面にも力を入れていることを理解してもらうことは、同社にとって越えなければならない“壁”でもあった。
スキパニ体操とチャーミングさで健康を打ち出す
こうした背景から、19年度の新しい企業CMでは「健康」を前面に打ち出すことに決まった。問題はどのようにして健康面を表現し、消費者の心に刻み込むかだ。
そこで新CMでは、「心と体の両軸で健康になってもらいたい」(石田氏)という思いからダンスと表情体操を取り入れた。振り付けは、Perfumeや16年にTBSドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』のエンディングで大ヒットした“恋ダンス”の振付師であるMIKIKO氏に依頼。「よりキャッチーな動きで印象に残すため」(石田氏)というのがその理由だ。
“体操”そのものは大きく腕を動かす動作で、肩こりにも効果的。また面白い動きをすると、元気かつポジティブにもなるという。この動きだけでも視聴者の目を引くが、音楽に人気ユニット「水曜日のカンパネラ」のケンモチヒデフミ氏を起用し、より強いインパクトを与えた。
仕上げはCM最大の謎ともいえる「スキパニ」という“呪文”である。これは早稲田大学で笑顔を研究する笑顔研究の第一人者、菅原徹氏(スマイルサイエンス学会代表理事)が提唱する「ウンパニ体操」に由来する。「ス」「キ」「パ」「ニ」と大きく表情を作りながら繰り返し唱えることで、表情筋が鍛えられる。これによって、笑顔を作りやすくなるという。
軽快な音楽に合わせてスキパニスマイルを4回繰り返すと、顔も肩甲骨もほぐれて気持ちまで楽になってくる。社内で行えば、笑顔の連鎖が起きそうだ。
残るはキャラクター、誰にこの体操を“躍らせるか”だ。今回、同社のCMキャラクターから、なぜ綾瀬はるかを選んだのか? 石田氏は広く浸透する綾瀬の人気を挙げる。
「商品CMと違い、企業CMはオールターゲットに向けて企業のイメージアップを図るもの。いかに分かりやすく伝えるかが大切で、綾瀬さんは性別や世代を問わず人気があるので適任と判断した。笑顔もキュートで、彼女以外に思い浮かばなかった」(石田氏)
綾瀬と江崎グリコの縁は深い。07年からジャイアントコーンのCMに出演し、前述のグリコワゴン日本縦断にも参加している。14年には道頓堀のネオンサインの工事中、ゴールインマークの代役を務めたこともあった。綾瀬起用の背景には、こうした過去の実績から「信頼感が大きかった」(石田氏)こともある。
CMの見せ場は、約400人の従業員と共に“体操”する圧倒的な迫力。「従業員も笑顔にしたいという思いから、すべての部署を対象に立候補と推薦によって出演者を決めた。休日出勤で1日掛かりの撮影だったが楽しんでもらえ、部署間の親睦も図れる機会になった」と石田氏は振り返る。
企業CMでは珍しく、消費者に動画投稿を呼びかけた。スキパニ体操の動画をSNSで投稿してもらい大賞を決めるというもので、個人から学校単位まで応募があり、大きな反響があった。
綾瀬はるかと社長、従業員約400人がスキパニスマイル
CMには、綾瀬が最高の笑顔を伝授する先生役として登場。自らが手本となって、表情が硬い従業員たちに「スキパニスマイル」を指導し、最高の笑顔を作り出す。
撮影は江崎グリコの大阪・梅田オフィスをはじめ、道頓堀グリコサイン前や、埼玉のグリコピア・イースト、グリコピアCHIBA、埼玉関東グリコ工場など、グリコにゆかりの深いスポットで行われた。工場では綾瀬も特注の赤い作業服を着用。江崎勝久社長も登場し、「パニパニ、パニーニスキスキ♪」と歌う。
クライマックスでは従業員と綾瀬が一堂に会し、社員の大合唱の中でスキパニスマイルを披露する。最後は綾瀬が「あなたのスマイルマッスルはもう完全に鍛えられたわ。さあ、自信を持って笑って」と語り、「あなたが笑うと、世界は変わる。smile.Glico」のメッセージが表示される。
一糸乱れぬ体操、社員は短期間で特訓
大阪、埼玉、千葉、東京で5日間行われた撮影。スーツ、工場のユニホーム、制服など、社員たちが普段働いているときの服装で登場する。役割はダンスとコーラスの2種類あり、当日にならないとどちらになるか分からないという素人には厳しい条件。
選ばれた社員全員が事前に配布された解説ビデオで、約10日間かけて「スキパニスマイル」を習得し、本番に挑んだ。途中でキレのいい踊りを披露しているのも従業員で、ダンス未経験者も含まれるためMIKIKO氏が直接指導した。

本番中、「スキパニスマイル」の動きで綾瀬が勢い余って振り上げた手で、自らの頬を思いっきりたたいてしまい、「自分にビンタしちゃいました」と周りの笑いを誘う場面も。グリコピアCHIBAでは、事務所内に掲げられている早口言葉「お綾や 母親に お謝りなさい」に挑戦するなど、おちゃめな一面を見せていたという。
【なつかしCMギャラリー】
(写真提供/江崎グリコ)