企業や製品の顔となるCMキャラクターはコミュニケーション戦略の要。その決定の裏側に迫る本連載。第1回はサントリーの第三のビール(新ジャンル)「金麦」。発売13年目を迎えた2019年2月、新たに木村拓哉を起用したCMで茶の間を驚かせた。その裏にはロングセラーならではの葛藤があった。
■クリエイティブディレクター:黒須美彦
■アートディレクター:戸田宏一郎、安達翼、高橋万実子
■カメラマン:市橋織江
■CMプロデューサー:福井亜希子
■CMプランナー:前田康二、萩原ゆか、村松さやか
■CMディレクター:川西純
■広告代理店:電通
友達夫婦に訴求、でも檀れいは外せない
「金麦」はロングセラー故の“重み”に苦しんでいた。問題となったのは、13年という年月がもたらした、避けようのない夫婦像の変化だった。
「金麦と待ってるよー!」――。エプロン姿の檀れいが叫び、料理と金麦を用意して夫の帰りを待つテレビCMは、2007年6月の放送開始直後から話題となった。商品の売り上げも、発売以来右肩上がり。2009年には累計出荷本数が10億本を突破した。美しく従順な“理想の妻”像が、メインターゲットである40代男性に刺さった。「この頃、ビールを飲むのは専業主婦家庭が多かった」。サントリー・マーケティング本部長の和田龍夫氏はターゲットを絞った理由をそう語る。
その後も12年4月に発売した「金麦〈糖質75%オフ〉」と合わせて15年まで売り上げを拡大。18年末にはシリーズ販売数量は累計117億本に達した。
だが、実は「金麦本体の売り上げは15年をピークに伸び悩んでいた」と和田氏は明かす。
和田氏はその原因を「世の中の夫婦像の変化が影響している」と分析する。発売当初(07年)は共働き世帯と専業主婦世帯はほぼ同数だったが、時代と共にライフスタイルは変化し、今や共働き世帯が70%を占めるまでに(厚生労働省「平成29年 国民生活基礎調査の概況」)。もはや専業主婦家庭だけをターゲットにしていては、ジリ貧に輪をかけることになりかねなかった。
「家事を分担する、いわゆる“友達夫婦”と呼ばれる30~40代の若い夫婦にまで裾野を広げる必要があった」と和田氏は振り返る。当然コミュニケーションの見直しも必要に迫られた。
だが、ここに金麦の“泣き所”があった。檀が演じ続けた“妻”はあくまで男性が求める理想の姿という設定だったため、「女性からの反発は少なくなかった」と和田氏は打ち明ける。一方で12年もの長きにわたり、1人でブランドの顔を務めた檀れいに対するファンの支持は根強く、金麦はその一枚看板を外すリスクは冒せなかった。
和田氏は「長く守った檀さんの世界を手放すという選択肢はなかった。金麦は歴史の長い人気ブランド故に守るものが多い。財産が多いブランドほどCMリニューアルは難しい。特に金麦はブランド財産がコミュニケーションそのものだったため、難産だった」と、大きな葛藤があったことを告白する。
「理想の妻」+「いまどき夫」 自然体のキムタクに託す期待
発売当初40代だったメーンターゲットの男性は、今や50~60代。そんな既存の顧客を守りながら、若い世代の夫婦という新規顧客層の開拓を狙う金麦が下した決断は、「2つのラインを作ること」(和田氏)。新キャラクターの追加が決まった。男性人気は檀れいで維持しながら、もう1人で若い層の支持を集めようという“欲張り”な戦略だ。
その重責を担う“もう1人”として、なぜ木村拓哉に白羽の矢を立てたのか。和田氏は、最近の木村のイメージが変化している点を指摘する。
「バラエティー番組への出演が増えたことで、視聴者との距離が近づき親近感が増している。かっこいいキムタクだけではなく、父や夫としての木村拓哉の姿が見られるようになった。これなら『幸せな食卓』という金麦のメッセージが伝わりやすい。いい夫としての姿が描ければと思った」(和田氏)
さらに、「檀さんとの存在感のバランスを考えたとき、木村さんほどじゃないと成立しなかった」(和田氏)とも言う。ただ、ターゲット層が異なるため、2人を共演させることはしなかった。「それぞれの世界を大切にしたかった」(和田氏)。
最初に木村のCMを放映したこともあり、視聴者からの反響は思いのほか大きかった。和田氏によると「(檀れいを)変えたんですか?」と、戸惑いの声も多かったという。檀の続投は、正しかった。
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