「それはまだ、流行(はや)っていない。」――。憎らしいキャッチコピーと桜井ユキの凜(りん)とした目力に引き込まれそうなサントリージャパニーズジン「翠(SUI)」のCM。ハイボール、レモンサワーに次ぐ“第三のソーダ割り”を目指して開発された翠は、従来のジンのイメージを覆し、コロナ禍の食中酒として想定以上の人気だという。その原動力となったのが、放映直後に売り上げを約7倍にも押し上げたこのCMだ。

サントリージャパニーズジン「翠(SUI)」のCMに起用された桜井ユキ。凜(りん)としたたたずまいに目を奪われる
サントリージャパニーズジン「翠(SUI)」のCMに起用された桜井ユキ。凜(りん)としたたたずまいに目を奪われる

CM放映で新規流入が8割

 翠のCMに出演するのは桜井ユキとお笑いトリオ「東京03」の角田晃広。舞台となるのは居酒屋で、「ジンはバーで飲むもの」というイメージを持っている角田が、翠のソーダ割りと居酒屋メシを一緒に楽しむ桜井を見て、その意外な組み合わせに戸惑いながらも心を引かれる様子を描いている。

 「ジンってバーのイメージあるけどね」と言う角田に重ねるように、「居酒屋で、飲むことになりました」と声を潜めつつも大きく目を開いて宣言する桜井に、思わず「目力あるね」と角田(ちなみにこのセリフはアドリブ)。運ばれてきたジンソーダに角田が、「流行ってんのそれ?」と聞いた瞬間、桜井の目がさらに鋭くなる。スローモーションで店中の客から視線が注がれる中、桜井は「まだ」とそっけなく言ってのける。懐かしい『11PM』のテーマソングが流れ、製品カットが終わるとカメラ目線の桜井に続きあのキャッチフレーズが。

 「それはまだ、流行っていない。」

サントリー「翠」のCM。桜井と角田は親しい飲み仲間という設定

 20年3月の発売以降、翠の売り上げは堅調に推移していたが、同年10月26日にCMが放映されるや一気に跳ね上がり、発売週に比べて約7倍に達した(インテージ全業態)。当初、3万ケースに設定していた20年の販売目標を修正し、最終的に出荷実績は目標の3倍を超える9.5万ケースになった(8.4リットル換算)。家庭用スピリッツ・リキュールカテゴリーの金額シェアでも、サントリー「こだわり酒場のレモンサワー」に次ぐ2位に躍り出た(インテージSPL 20.10.26週~11.23週)。

 取扱店舗数も増加した。飲食店では5000店を目指していたが、コロナ禍による飲食店への打撃にもかかわらず、当初計画約5倍の2万4000店舗で提供してもらえることになった。さらに1万5000店のスーパーや小売店でも販売。「店で試しに飲んでみたらおいしかったので自宅用に購入した」人が多いという。購入者の流入元を分析すると、最も多かったのは「焼酎などの瓶酒ユーザーだがジンを購入したことのない人」で全体の50%を占めた。残りの半数のうち30%は、「ジンどころか瓶酒も購入したことがなく、普段はビールなどの缶酒を購入する人」だった(カタリナデータ n=3632)。

 これほどの人気を獲得した大きな要因の1つがCM効果だ。ジンに対する「ロックやジントニックにしてバーで飲むもの」というイメージを覆し、ソーダで食事と一緒に居酒屋で楽しむものという「新しいジン像」を作り上げた。

 サントリースピリッツスピリッツ宣伝部の吉村彩友子氏は、桜井の起用は満場一致だったという。「爽やかさと凛(りん)とした表情を持っていてイメージにぴったり。今までのジンとは異なる、全く新しいジンであるというメッセージを強く伝えられると考えた」(吉村氏)。放映後はファンが好意的に受け止めたのはもちろんだが、桜井を初めて認識した人から「あのきれいな人は誰?」など大きな反響があったという。ヒットドラマ『半沢直樹』での熱演も記憶に新しい角田とともに、演技力にも定評があり、現場では2人のアドリブ合戦が展開されたという。

東京03の角田晃広はジン初心者としてその魅力に引き込まれるという、いわば視聴者代表のポジションを担う
東京03の角田晃広はジン初心者としてその魅力に引き込まれるという、いわば視聴者代表のポジションを担う

 強烈なキャッチコピーはクリエイティブディレクター、企画を担った有名CMクリエイターの権八成裕氏によるもの。「『まだ流行っていない』という言葉から『これから流行らせよう』という意思が見え隠れし、今の時代にマッチしている」と吉村氏。SNSでも話題になり、SHOWROOM代表の前田裕二氏も「はやる前に飲んでみようかなって思う人が多そう」と取り上げた。一般ユーザーからも「CM見たらめっちゃ飲みたくなった」「初めてジンを買った。めちゃくちゃおいしい」「食事の邪魔しないしビールの代わりでも良いかも」と注目を集めた。

CMのインパクトを決定づけたキャッチコピー
CMのインパクトを決定づけたキャッチコピー

居酒屋メシに合うジンソーダ

 前述の通り、サントリーは翠を「第三のソーダ割」として売り出すことを目指して開発した。その背景には2つの要因がある。1つは世界的なジン人気だ。アルコール飲料に特化した市場分析会社の英IWSRによると、世界のジン市場は08年から18年にかけて130%超も成長しており(the IWSR2020)、ウイスキーの本場・英国ではそのウイスキー市場を上回るほどだ。国内市場でも同期間で120%超伸長している。吉村氏はその理由として「リフレッシュメント需要、(蒸留酒の特徴として)糖質・プリン体を含まないことによる健康需要」を挙げる。

 翠の開発に至る2つ目の背景は、100年にわたるサントリーのジン開発の歴史だ。1907年に「赤玉ポートワイン(現赤玉スイートワイン)」を発売後、19年に開設した大阪工場でスピリッツ・リキュールの開発がスタート。36年に同社初のジン「HERMES GIN」が、37年発売の「角瓶」に先んじて発売された。その後も「日本で洋酒文化を広げたい」「世界に誇れる国産の製品をつくりたい」という創業者・鳥井信治郎の思いが脈々と受け継がれてきた。

 上記の“ジン景気”に乗ってサントリーが2017年に発売したジャパニーズクラフトジン「ROKU」は、サクラの香りなど和のテイストが受け入れられ世界的な人気商品に。この上昇気流をさらに高めようと、より門戸の広いスタンダードなジャパニーズジンの開発に取り掛かった。角瓶のハイボール、「こだわり酒場」のレモンサワーとソーダ割りでの成功が続いていたため、スタンダードなジンもソーダ割りで訴求することにした。

「ROKU」は4000円のプレミアム製品である一方、「翠」は700ミリリットルで1380円(希望小売価格、税別)と初心者でも手が出しやすい価格設定にした
「ROKU」は4000円のプレミアム製品である一方、「翠」は700ミリリットルで1380円(希望小売価格、税別)と初心者でも手が出しやすい価格設定にした

 食中酒として和食にも合いやすいように、ジュニパーベリーやコリアンダーシードなど伝統的な8種のボタニカル原料に加え、ゆず・緑茶・しょうがの3つの和素材を使用した。ゆずの香りで食欲を刺激し、緑茶のうま味が食事と調和、ほのかなしょうがの辛味が後味をスッキリとさせる効果がある。

 翠のターゲットは炭酸割りの酒が好きな30~40代男性で、芋焼酎をソーダ割りで飲むなどさまざまな酒をたしなんでいる人。翠ジンソーダを飲んだ感想を調査した結果、「芋焼酎のソーダ割りが減って、このジンに代える」「新しい感覚、新しい風が吹いている感じ」とポジティブな声ばかりだったという。「ジンは飲めば評価が高いものの、手に取ってもらうまでが難しい」と吉村氏。CM設計に当たり「いかに自分ごとに落とし込むかが課題だった」と打ち明ける。そこでCMでは焼き鳥や焼き魚などの居酒屋メシを登場させ、「自分がいつも行っている」居酒屋メニューとの相性をアピールすることでトライアルのハードルを下げた。

 その後の快進撃は冒頭に述べた通り。うれしい誤算は、ターゲット層のみならず20代の若い層や女性がこのCMに反応したこと。女性同士のオンライン飲み会でも人気だという。

 桜井の凛とした爽やかさと、角田の隠しきれない好奇心が絶妙なバランスのCMだけに、続編への期待が高まる。21年2月にはWebで公開されている50秒動画の短縮版がテレビで放映される予定だ。実はこちらの動画でも角田はまだ「翠ジンソーダ」を飲んでいない。彼が翠ジンソーダを口にするCMを目にする日は、果たして訪れるのだろうか。

演技力のある2人は撮影現場でもさまざまなアドリブを繰り出す
演技力のある2人は撮影現場でもさまざまなアドリブを繰り出す
今回のキャラクター:桜井ユキ
■企業:サントリースピリッツ
■商品:サントリージャパニーズジン「翠(SUI)」

<クリエイターズファイル>
■クリエイティブディレクター:菅野紘樹、権八成裕、橋田和明
■企画:権八成裕
■プロデューサー:石川淳、橘慎哉
■コピーライター:吉岡丈晴
■アートディレクター:柿崎裕生
■演出:箱田優子
■撮影:今村圭佑
■曲名:11PMのテーマ
■作曲:三保敬太郎
■ナレーター:桜井ユキ

(写真/サントリー)

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