2020年8月、木村拓哉が日産車を運転するCMが流れるや大きな話題を呼んだ。ロゴを20年ぶりに変更し、ブランド戦略を大々的に刷新した日産が、矢沢永吉に代わってアンバサダーに木村拓哉を選んだ狙いとは。同社日本マーケティング本部副本部長とエグゼクティブクリエイティブディレクターに話を聞いた。

日産の新アンバサダーに就任した木村拓哉
日産の新アンバサダーに就任した木村拓哉
今回のキャラクター:木村拓哉
■企業:日産自動車

<クリエイターズファイル>
■エグゼクティブ・クリエイティブ・ディレクター:細田高広(TBWA\HAKUHODO)
■クリエイティブ・ディレクター:熊谷正晴
■コピーライター:木村透、戸澤麻里子
■アートディレクター:徳野佑樹
■監督:北田一真(新春)
■音楽:Erik Reiff、Kenny Dallas
■広告代理店:TBWA\HAKUHODO

予定になかった第1弾CM

 日産の新CMの第1弾「やっちゃえ NISSAN 幕開け編」は、木村拓哉が往年の名車を乗り継ぐシーンから始まる。

 「平たんな道なんてなかった」「何度もつまずき、転びかけた」「それでも逃げなかったろ」「あきらめなかったろ」「そして誰より――車を愛してきただろ」。力強いフレーズをバックに吹き付ける雨やラフロードを走り、「上等じゃねえか、逆境なんて」のセリフと共に「フェアレディ240ZG」で長いトンネルを走り抜ける。その先に待っていたのは新しい日産の象徴である自動運転のクロスオーバーEV(電気自動車)「日産 アリア」。「待ってもこない夜明けなら、こっちから迎えに行こうぜ」――。「さあ、行くぞ。もう一度」とアリアに乗り込んだ木村が放つのは、往年の「やっちゃえNISSAN」のキャッチコピー。

動画「日産の新CMの第1弾「やっちゃえ NISSAN 幕開け篇」(60秒)

 このCMを担当したTBWA\HAKUHODOのエグゼクティブ・クリエイティブ・ディレクターの細田高広氏は、「実は、幕開け編は予定になかった」と明かす。当初は現在放映中のアリアのCM「やっちゃえNISSAN ハマっちゃう編」で華々しくスタートするはずだったという。だが、新型コロナ禍の影響や、何より数々の不祥事でブランドイメージが傷ついた日産に関わるすべての人に向けたメッセージを伝えるべきだとの判断に至り、幕開け編を急きょ制作した。

細田氏 新しい日産を伝えるためには、社員やディーラー、工場で働く方など日産グループの方々、そして日産ユーザーなど日産に関わっている人すべてが「やっちゃえ」と思えるようにしなくてはと。そのためには、「車を愛している」という日産のスピリットを伝えようと思いました。ちなみに今回の「やっちゃえ」は、日産をけしかける以前のものとは違い、人生を楽しくするため一緒にやっちゃおうぜ、というトーンで用いています。

博報堂のエグゼクティブ・クリエイティブ・ディレクターの細田高広氏
博報堂のエグゼクティブ・クリエイティブ・ディレクターの細田高広氏

――反響はいかがでしたか?

日産日本マーケティング本部副本部長堤雅夫氏 日産社員や販売会社の方々から「涙を流して観た」という声をたくさんもらいました。特にこれまでCMについてコメントしてくれなかった人も「すごく良いね」と。一般のお客様の反響も大きいですが、関係者や日産を愛してくださるファンの皆さまに向けてもポジティブにエンゲージメントを強められたと思います。

――今回の大々的なリブランディングにおける指針などを教えてください。

堤氏 今回、7月の日産アリアのワールドプレミアに合わせて、新しい日産ロゴ、新しいビジュアル・アイデンティティを全世界規模で改訂しました。これまでのイメージを一新し、電気自動車や自動運転など優れた技術力を有するTech Companyとして、よりスタイリッシュに軽やかに表現していくことになりました。

 アリアは、クルマとして日産の技術の粋が詰め込まれているのみならず、LEDライトによる内照式の新しいロゴを擁し、まさに新しい日産を体現する車として発表いたしました。これに合わせて、日本でもブランドキャンペーンを一新することになったのです。

――堤さんは18年に日産に入社されていますが、当時感じた課題は何ですか?

堤氏 日産車をご購入いただくオーナー様が中高年に多く、若年層や女性へのアピールが弱いことが大きな課題だと考えてきました。また、新たに日産車のオーナーになってもらえるようさらなる戦略が必要だと感じました。より広い世代やユーザー以外にもいかに共感を持ってもらえるかが大きな課題でした。

矢沢永吉の起用で「個性がない」からの脱却

 日産のアンバサダーといえば15年に就任した矢沢永吉のイメージを強く持つ読者も多いだろう。矢沢の武骨さがインパクトを与えメインユーザー層に刺さった。矢沢を起用したキャンペーンをどう捉えているのだろうか?

堤氏 実はそれまではブランドとして統一したブランド訴求はそれほど行っていなかったこともあり、日産のイメージは一言でいえばfaceless、つまり個性がない、という状況でした。

CMの中で木村が運転した往年の名車「フェアレディ240ZG」
CMの中で木村が運転した往年の名車「フェアレディ240ZG」

 ノンオーナーにブランドイメージを尋ねても車種の名前はおろか、具体的なイメージさえ浮かばない、ということもありました。しかし、矢沢さんを起用したキャンペーンを展開し、「やっちゃえ」という言葉をブランド広告から車種広告に至るまで一貫した訴求を行うことを通して、日産が先進技術で新しいことにチャレンジする会社というイメージは形成され、電気自動車といえば日産、自動運転といえば日産というイメージは形成されてきました。

日産日本マーケティング本部副本部長の堤雅夫氏
日産日本マーケティング本部副本部長の堤雅夫氏

 イメージ形成の次の課題はユーザーの若返りと女性の支持を増やすこと。そこで選んだのが木村だった。数年前までトヨタのアンバサダーを務めていた木村に、あえて決めた理由は何なのか。

矢沢を引き継ぐ器を持つ男

 「矢沢さんでのコミュニケーションを通じて日産車をお買い求めいただいた今のオーナー様に納得いただけるほどの存在感があり、かつ、幅広い層からの認知・好意がある人は木村さん以外いなかった。これから時間がたつにつれ日産のアンバサダーとしてのイメージをつくっていける」と、堤氏は視聴者が抱くであろう戸惑いを見越しつつも、絶大な信頼を持って木村を起用した背景を打ち明ける。

 「幕開け編」での「上等じゃねえか、逆境なんて」というセリフは、矢沢の後を引き継ぐことのできる木村だからこそ伝えられるメッセージだという。

細田氏 木村さんだからこそ演出できる「不良性」が、今の日産のCMには生きる。国民的な存在である木村拓哉をやんちゃに描いていけば日産らしさが表現できると考え、このセリフを選びました。

堤氏 日産は今、国内でのシェアは10%程度。ある意味、全員に好かれようと優等生を選ぶ必要もないのです。いろいろな経験をされてきた木村さんだからこそ、「逆境も上等」というセリフを説得力をもって伝えられたと思います。

細田氏 日産の自動運転車を、まだ自分のための技術と感じられていないお客様も多かったんです。だからこそ進んだ技術ほど「今ここにあるのだ」と描いてきました。木村さんならば一歩進んだものを、国民ごととして共感をもって伝えられると考えました。

 第2弾CM「ハマっちゃう編」では、葉山の別荘をイメージした室内にあるアリアを軽快なリモコン操作とムーンウォークで操り、両手を放しながらさっそうと走り抜ける。居室内に自動車があること、リモコン一つで車が動くこと、そして華麗な“足さばき”に目がくぎ付けとなる。

細田氏 アリアが当たり前のようにある生活は、未来ではなくもう間もなく現実となるでしょう。まだファンタジーな世界観だけれど、今の延長線上にこんな、つい指を鳴らしてしまうような生活があり得るとリアリティーを持って伝えたかったんです。両手を放してサングラスをかけることで、自動運転を分かりやすく表現しました。木村さんは今と未来の懸け橋的な存在です。今描いている日産がこれからの日産だと伝えたかった。

 葉山の別荘というのも、今後は二拠点生活が当たり前になっていくかもしれないと。それこそ、生活空間に車が共存していてもおかしくない。これからは車にまつわる“かっこいい”という概念が変わっていくと思います。

 新アンバサダー効果はすさまじい。動画再生数はオーガニック再生で60万回を超え日産では最多。アリアの資料請求数は、ハマっちゃう編の放映日以降、1日当たりの登録者数が10倍に跳ね上がった。

細田氏 これまでのキャンペーンでは話題になってもすぐに下火になっていたのが、木村さんのCMに対する反響は、ずっとコンスタントに続いているのも特徴です。話題性の大きさを実感します。アリアという車への興味に話題がきちんとシフトしているのもうれしい誤算です。

堤氏 動画のコメント欄には、これまで明らかになかった若い方や女性からのメッセージが書き込まれていて、想定していたターゲット層に刺さっていると感じます。

10月23日まで限定で建てられた体験型施設「ニッサン パビリオン」(横浜市みなとみらい)では、アリアなど日産車の魅力を様々なコンテンツで体感できる。アリアにも試乗できる
10月23日まで限定で建てられた体験型施設「ニッサン パビリオン」(横浜市みなとみらい)では、アリアなど日産車の魅力を様々なコンテンツで体感できる。アリアにも試乗できる
ニッサン パビリオン内のアリアの前で
ニッサン パビリオン内のアリアの前で

 「日産というブランドを好きになってくれる人を増やしたい」と、ブランディングの命題を語る堤氏。一度傷ついた信頼を回復するのはたやすいことではないが、木村拓哉という国民的タレントを新アンバサダーに迎えたからには、もう一歩も後戻りはできない。その強力なキャラクターを持ってすれば、1人でも多くの顧客が自信を持って日産車を選ぶ日は、そう遠くないかもしれない。

(カメラマン/武田光司、写真提供/日産)

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