2018年に100周年を迎えた象印マホービンは新CMで初の試みに打って出た。テレビCMでは商品説明は行わず世界観のみ訴え、スペックや特徴はWeb動画で伝えるというもの。キャラクターには安藤サクラをはじめ演技派俳優を起用。その背景には耐久消費財特有の弱点を克服する狙いがあった。

象印姉妹の長女は白米が似合う安藤サクラが演じる
象印姉妹の長女は白米が似合う安藤サクラが演じる
今回のキャラクター:安藤サクラ、奈緒、箭内夢菜、滝藤賢一
■製品:炊飯器ジャー「炎舞炊き」
■企業:象印

<クリエーターズファイル>
■クリエイティブディレクター:直川隆久
■企画:直川隆久、谷村隆裕、石川平
■コピーライター:直川隆久、谷村隆裕
■アートディレクター:石川平
■クリエイティブプロデューサー:中尾綾子
■プロデューサー:福井亜希子、矢野健一
■演出:川西純
■カメラマン:佐々木靖之
■照明:磯崎貢
■美術:中村桃子
■フードスタイリスト:飯島奈美
■ナレーション:滝藤賢一
■広告会社:電通
■製作会社:スプーン

100周年でCMをフルリニューアル

 明るく広い窓のそばにある木製の食卓を仲良く囲む三姉妹。茶わんに入ったご飯をほおばりながら、長女役の安藤サクラが唐突に「ご飯って、すごいと思わない?」と切り出す。「だって、こんなに毎日食べてるのに、全然飽きない。そんなの、他にある?」。すると、次女役の奈緒が「家族も、毎日顔合わせてるけど、飽きない」と返し、三女役の箭内夢菜が「つまり、家族はご飯か」と納得する。そんな「象印姉妹」の和気あいあいとした食卓のそばにあるのは、象印の炊飯ジャー「炎舞炊き」。最後には、本CMからの新たなコンセプト「きょうを、だいじに。象印」のナレーションとテロップが。

 3人がおいしそうにご飯を食べる姿が印象的な一方、肝心の炎舞炊きの商品説明が一切ない。ホットプレートのCMも同様だ。三女が初めて連れて来た彼氏と一緒に、ホットプレートでお好み焼きを焼いてワイワイと食べる、温かい雰囲気が映し出されるだけ。

 これまでの象印のCMといえば、岩下志麻扮(ふん)する「象印夫人」や、最近では綾野剛が燃え盛る炎の中で舞うなど、1人のキャラクターが強烈なインパクトで製品をアピールする手法が多かった。それに比べると、今回のCMはややおとなしい。この方向転換の背景を、象印マホービンの広報部サブマネージャー・美馬本(みまもと)紘子氏はこう明かす。

 「創業100周年を迎えるに当たり、改めて象印の弱点を見つめ直しました。その結果、当社の製品はオールターゲットであるにもかかわらず、40代以降の認知は高いのですが、20~30代の若い世代からはステンレスマホービン以外の認知を得られていないことが分かりました。理由は主力商品の炊飯器やホットプレート、布団乾燥機などの耐久消費財は主に家庭の主婦にリーチする製品で、そもそも若年層との接点がないから。需要のない世代へ認知を広めるには製品PRだけでは難しい。さらにメインユーザーも耐久消費財は頻繁に買い替えることはありません」

 そこで象印が取ったのが「くらし全体で商品を見せていく」戦略だ。CMでは何気ない普通の暮らしを支える製品であることを描き、ブランドの世界観をじわじわと浸透させていこうと考えた。

象印姉妹の温かい雰囲気でブランドの世界観を浸透させる
象印姉妹の温かい雰囲気でブランドの世界観を浸透させる

 「若い世代にはいつか必要になったときに想起してもらえるように。ボリュームゾーンの40代以降の主婦には、買い替え時に選んでもらえるように。インパクト重視ではなく、多くの方にファンになってもらえる息の長いCMを作ることにしました。そこでキャラクターも1人に絞らず、10~30代の三姉妹にすることで幅広い世代からの共感を狙いました」

 温かみを出しつつ、それぞれのキャラクターが際立つ象印姉妹は放映開始から話題になり、YouTubeにアップしたテレビCMの動画再生回数は1カ月で126万回に上った(20年6月20日時点)。

 もちろん製品アピールにも余念がない。実は象印姉妹には強力な助っ人がいるのだ。特設サイトでは、滝藤賢一ふんする彼女たちの叔父が、口角泡飛ばしてひたすら製品のスペックや特徴を紹介している。約3分間、彼がしゃべりっぱなしのこのWeb動画「象印叔父さん」は、ツイッターでも大きな話題になっている。美馬本氏によると、若い世代はデジタル広告をきっかけに認知が増えてきているという。

 テレビCMでは世界観を伝える一方、デジタル広告ではひたすらに製品をPRするという媒体のすみ分けで、全世代へのリーチに手応えを感じ始めているという。この大胆な戦略をうまく軌道に乗せた要因を、登場キャラクターたちの存在を抜きにしては語れない。なぜ、象印は彼女たちを選んだのか。

製品アピールは滝藤賢一演じる象印叔父さんが一手に担う
製品アピールは滝藤賢一演じる象印叔父さんが一手に担う

とにもかくにも演技力!

 象印姉妹はキャラクター設定も細かく、まるでドラマのような緻密な撮り方をしている。「そのため登場人物には知名度に加え、とにかく演技力を求めました」と美馬本氏。

 最初に決まったのが長女役の安藤だ。自宅でイラストレーターの仕事をしながら、2人の妹の面倒を見る30代の長女は、料理が得意で白いご飯には目がない。旬の食材から季節を感じるのが好きな自然派でしっかりものだが、意外と天然っぽいところもあるという設定だ。

 「安藤さんは演技力についてはもはや説明の必要がないですし、お子さんを連れてドラマの撮影に臨むなど、しっかり生活をされているイメージがある。NHKの朝ドラ『まんぷく』でのイメージもいまだ強いようで、視聴者からとても好感を得ています」

 次女役を演じる奈緒は、日本テレビ系ドラマ『あなたの番です』での怪演で一気に知名度を上げた。姉妹で唯一会社勤めをしていて、世の中の流れに一番敏感なのが次女。“家庭のインフルエンサー”的な存在だ。

 「今最もトレンディーな女優の1人ですが、イメージが固まりきっていない。それがトレンドに敏感な20代女子にぴったりでした。実際、20代からの好感度も高い。次女は今後、共働き夫婦としてのストーリー展開にも発展できるかもしれません」

 箭内ふんする大学生の三女役だけは、象印叔父さんと共演し、テレビとデジタルの懸け橋の役割も務める。

 「TBS系ドラマ『チア☆ダン』にも出演され、演技力の評価も高くネクストブレーク女優と目されています。セブンティーンのモデルとして、10代のファンが多いのも起用のポイントでした。Web動画では叔父さんと対照的な初々しさで重要な役割をこなしていただきました」

10~30代の演技派女優で幅広い認知を狙う
10~30代の演技派女優で幅広い認知を狙う

 キーパーソンである象印叔父さんは売れない小説家。3人のことは小さい頃からかわいがっており、頻繁に遊びに来るもつかみどころのない自由人で、象印の製品になぜかやたら詳しく、魅力を熱く語っては、三女にさらりとあしらわれる癖のあるキャラクターだ。TBS系ドラマ『半沢直樹』でブレーク後、名バイプレーヤーの地位を確固とした滝藤賢一が務める。

 「象印叔父さんは変わり者ながら、スタイリッシュで爽やかさのあるイケてるオジさん、いわゆる“イケオジ”のイメージ。一方、長ぜりふをこなせる演技力も求められます。若い世代からも好感度が高く、抜群の演技力を備える滝藤さんは、満場一致で決まりました」

現場では、一度も間違えることなく約3分の長ぜりふをこなしたという滝藤。監督判断のリテイクの依頼にも快く応じたという
現場では、一度も間違えることなく約3分の長ぜりふをこなしたという滝藤。監督判断のリテイクの依頼にも快く応じたという

 くしくも新型コロナ禍で多くの人々が普通の暮らしの中にある幸せを見つめるようになった。「きょうを、だいじに。」という普遍的な価値観を伝える象印姉妹のCMは、時代の空気に沿いながら何気ない暮らしにある温かさを届けている。そのメッセージを温かいご飯、それを作る炊飯器へと消費者がイメージを結び付けることに、今回のキャラクターたちは大きな貢献を果たしたようだ。

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