幼い男の子と女の子があどけない表情とたどたどしい言葉遣いで登場する「日清ラ王」のCMが、主婦層を中心に多くの視聴者の心をつかんでいる。人気に便乗し、別商品のCMにまでパロディー起用されるほどだ。キャラの誕生背景や子供のかわいさに負けない“売るための”CM作りについて探った。

今回のキャラクター:黒天使/白天使、佐田真由美
■企業:日清食品
■商品:ご褒美ラ王、ラ王 醤油

<クリエイターズファイル>
■クリエイティブ・ディレクター:塩崎秀彦(TOKI inc.)
■プランナー:吉兼啓介(博報堂)
■コピーライター:小笠原健(博報堂)
■アートディレクター:川辺圭(博報堂)
■ディレクター:佐藤渉(TYO SPARK)
■撮影:國井重人(GORILLA)
■音楽:池田耕太(77HOSHI MUSIC)
■フードスタイリスト:山根万由子
■広告代理店:博報堂
日清ラ王「天使の兄妹 篇」は、日々忙しい女性に向けた「ご褒美ラ王」シリーズのCM。このCMで初登場した子役2人が大きな話題に

主婦層獲得には「キュン!」×「子供」

 食器を洗いながら深いため息をつく母親役の女優・佐田真由美の足元に現れた、天使の格好をした幼い兄妹。母親を“捕獲”した2人は「ご褒美ラ王を授けよう!」と、新商品の「日清ご褒美ラ王」のアピールをする。が……豆乳担々スープは「とうにゅう たんたかたん……たんたかスープ!」、黒酢酸辣湯(サンラータン)スープは「くろずさん…さんたん……たんたたんスープ!」とかみまくり。字幕がなければ何を言っているのか分からないほど、メッセージの伝達という面では“崩壊”しているのだ。

「とうにゅう たんたかたん……たんたかスープ!」
「とうにゅう たんたかたん……たんたかスープ!」

 2人の幼児のたどたどしい口調は、特に子育て世帯の心に刺さった。言い間違えた後に「やっちゃった……」といった表情を映し出すなど、胸がキュンキュンする要素をたっぷりと盛り込んだCMに、SNSを中心に話題が沸騰。あまりの人気ぶりに、「日清のどん兵衛」の年末CMには星野源と吉岡里帆のパロディーとしてこの子役2人が出演したほどだ。

 子育てで日々忙しく過ごす女性に向け、自分へのご褒美として食べてもらうことを狙って発売したご褒美ラ王シリーズ。実は主婦層をターゲットにすることもあり、企画段階でかなり悩んだという。

 日清食品ホールディングスの米山慎一郎宣伝部長は「例えば『カップヌードル』や『日清焼そばU.F.O.』は、中学・高校・大学生といった若年層をターゲットにしたブランドコミュニケーションを展開している。長年の経験からそうしたCMについては勝ちパターンがある程度見えてきている。しかし主婦層をターゲットにすることには慣れておらず、何十本もの企画を出したが(安藤徳隆・日清食品)社長を含め、全員の納得には至らなかった」と打ち明ける。

 閉塞状態に風穴を開けたのは、必ず企画段階から会議に参加するという安藤社長の「主婦層には何が響くの」という何気ない一言だった。そこである化粧品のCMを研究したところ、男性タレントが癒やしキャラを演じて胸キュンを演出して大きな反響を得ていることが分かった。

 「そのCMを分析・理解し、キュンキュンすることを創造の起点とした。主婦層には何といっても子供が胸をときめかせる存在。子供でキュンとさせようと決まった。日清食品はどういう構造で伝えるのか表現の根幹さえ決まれば、お客さんを楽しませたいというサービス精神を発揮してどんどん議論が活発になり、熟していく」(米山部長)

 「キュンキュン×子供」をベースに、人数や年齢を話し合う中で出た「最もカワイイのはしゃべることができるか、できないかの時期」という意見をきっかけに議論が一気に活発化した。子供たちがたどたどしく話す動画のかわいさに一同が納得し、CMの方向性が決定した。

 「商品名の難しさも“絶好のかみチャンス”と捉えて、あえて言い間違えを誘導するカンペを数枚用意したが、カンペ以上に間違えてくれた」(米山部長)

日清ラ王「お店に行けないママパパに 篇」では、リニューアルした袋麺5食パックの醤油味を訴求。ラーメン屋の格好をした2人がお店に行きたくても行けない子育て世帯においしさを伝える

印象的なキャラに打ち勝ち、「売るためのCM」に

 オーディションで決まった子役2人は、兄役が4歳、妹役が3歳のときに撮影した。「子供なのでぐずったり、セリフを話そうとしなかったり、昼寝の時間を取ったりと大変だった。しかし自由に撮影した分、子供らしさが狙い通りに出せて役員向けの社内試写でも大ウケ。試写でウケたCMは必ず成功すると社内で言われているが、今回は珍しい悩みに陥った」と米山部長。それはあまりの子供のかわいさに、ブランドや商品がかすんでしまうのではという問題だ。「こんな悩みは異例のことだった」(米山部長)

子供がかわいすぎるせいで異例の悩みが生まれた…
子供がかわいすぎるせいで異例の悩みが生まれた…

 購買頻度が高くかつ計画的に購入されない最寄り品の即席ラーメンは、いかに消費者の記憶に残せるか、マインドシェアが最重要課題になる。ところが今回のCMは子供のかわいさのみが印象に残ってしまうという「キャラの強さ」が新たな問題を生んだ。

 そこで日清食品が取った策は、商品カットをできるだけ長く映すこと。30秒CMのうち5秒も商品カットに使い、しかもスーパーで見るようなPOP風のビジュアルでインパクトを加えた。

 「本来はナレーションやシズル感でアピールしたり、商品パッケージを光らせたりといった手法が順目(順当)だが、それでも子供の魅力に勝てる気がしなかった。CMは商品を売るためのものという原点に立ち戻り、前半はキュンキュンさせつつ、結局は『買ってね』と伝えるギャップを狙うことにした。いかにPOPらしく伝えられるか、背景の色や文字の大きさにもかなりこだわった」と米山部長は舞台裏を明かす。

 大胆な策で主婦層の心をがっちりとつかんだご褒美ラ王は、「想定以上の売り上げ」(米山部長)を達成した。米山部長は「クリエイティブのモチベーションの一つは、CMでモノが動くこと。今回のCMは営業サイドからも好評だった。営業担当者をいかに売る気モードに持っていくか。いいCMでコミュニケーション側からバックアップできるのもうれしい」とCMの意義を強調する。

 社内外で成功を収めた天使の2人を起用したCMだが、米山部長は「120点とは言えない。短期的な視野では成功したが、これに固執せずブランドをより強固にしていくために新しいコミュニケーション手法を長期的に追求し、チャレンジし続けていきたい」と貪欲に前を向く。

母親役の佐田真由美は2017年のベストマザー賞を受賞するなど、母親としてのイメージの強さで起用した。現場でも子役をあやしていたという
母親役の佐田真由美は2017年のベストマザー賞を受賞するなど、母親としてのイメージの強さで起用した。現場でも子役をあやしていたという
「佐田さんがいたからこそあの雰囲気が出せた」(米山部長)
「佐田さんがいたからこそあの雰囲気が出せた」(米山部長)

(写真提供/日清食品ホールディングス)

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