宅配にまつわるユーザーの不満を解消する便利機能を訴求するヤマト運輸「クロネコメンバーズ」のCM。登録者数3000万人で知名度は抜群だが、肝心の機能を活用しているユーザーが少ないのが悩みの種。課題解決に一役買ったのが全層から支持の高いマツコ・デラックスだ。
■企業:ヤマト運輸
<クリエイターズファイル>
■エグゼクティブ・クリエイティブディレクター:石田茂富
■クリエイティブディレクター:石附久実
■プランナー:大戸貴博
■コピーライター:上田太規
■アートディレクター:井本善之
■チーフ・プロデューサー:久野雅代
■プロデューサー:藤岡将史、宮本理香
■演出:牧鉄馬
■撮影:内田将二
■広告代理店:電通
スマホで何でも済んじゃう時代なのに……
今の時代、スマホで何でも済んじゃうっていうのに、どうして宅急便の送り状は手書きなの? ――大きくため息をつき、胸中で愚痴を言いながらコンビニで発送伝票を記入するマツコ・デラックス。そこに後からやって来た若い男性がバーコードの表示されたスマホ画面を店員に見せると、店員が「オンライン決済ですね」とスムーズに手続きを済ませる。
ヤマト運輸の会員制サービス・クロネコメンバーズのCMは、宅急便にまつわる“あるある”ネタをちりばめている。面倒な不在票からの再配達依頼、すっぴんの時に限って荷物が届く、トイレに座った瞬間に宅配便のチャイムが鳴るなど、CM中のマツコの嘆きに大きくうなずく人も多いだろう。
こうした宅急便の“問題解決”に一役買うのがクロネコメンバーズの機能だ。宅配日時を事前に通知したり、WebやLINEで日時や受取場所を変更できたり、受け取りやすい曜日や時間・場所をあらかじめ指定できたり(マイカレンダー)、そして冒頭のようにスマホで決済できたりと、まさに「スマホで何でも済んじゃう」便利サービスである。
1976年にCtoC向けを中心として宅配便事業を開始したヤマト運輸だが、徐々にBtoB需要が増え、サイズや商品を多様化するなどニーズの変化に応えてきた。その中でクロネコメンバーズを開始した背景には2つの理由がある。
1つはフリマサイトの台頭で、宅配便を利用する若いユーザーが急増したこと。若者が自分で荷物を受け取ったり、送ったりする機会が増えた。その結果、電話をかけて再配達や集荷を依頼したり、営業所に持ち込んだりといった手間がサービスへの満足度を低下させていることが分かった。そこで“デジタルネーティブ”の若年層が利用しやすいようLINEを利用し、受け取りや集荷の手間を簡便化した。
もう1つが社会問題化したドライバー不足だ。確実に受け取りができる日時や場所を指定可能になれば、ドライバー側も配達時不在によるロスを減らせる。
マツコは不満を発言する代表者
一方、クロネコメンバーズには致命的な課題があった。認知度と反比例して、すべての機能を活用する人が圧倒的に少なかった。2007年から始まったクロネコメンバーズの登録者数は19年10月時点で3000万人を突破した。だが、ヤマトホールディングス広報戦略担当シニアマネージャーの阿部和彦氏は、「登録は済ませたものの、すべての機能をアクティブに利用する人が少なかった」と打ち明ける。
18年にはクロネコヤマトを象徴する“黒猫”が、寝そべっていたり歩いたりするほのぼのした映像とともに、「あなたの暮らしに合わせたい」というメッセージでサービスをアピールしたが、訴求力が弱く期待したほど浸透しなかったという。そこで「インパクトを強めるためコミュニケーション戦略を変更することにした」(阿部氏)
新たな方向性はクロネコメンバーズのメリットを先に説明するのではなく、あえて誰もが経験したことのある不満点を強調し、視聴者の共感を得てから問題の解消につながるサービスを訴求するというものだ。
「これまではブランド向上を考え、サービスドライバーを広告塔とするためにドライバー役のタレントを起用してきたが、お客さまにサービスに共感していただきたいと考えた。そこで不満を代表して発言するお客様役として、マツコデラックスさんを起用した」(ヤマト運輸)
マツコを起用した新CMの開始は19年3月から。黒猫から大転換して、お客の代表にマツコを選んだ理由は何なのか。
若年層から圧倒的支持、サービス利用率も向上
今回のCMでは「客として宅急便の不満を代弁してもらった後に、『こんなことができるんだ』とサービスを訴求してもらわなければいけない。そのためには歯に衣(きぬ)着せぬ物言いでズバッと話せて、かつ人柄もよくその話がまっすぐ入ってくるような人が必要だった。そんな人はマツコさん以外にいない」と、阿部氏は起用理由を明かす。
若年層への訴求を主眼に置いていたため、同年代のタレントの起用を推す声もあったという。しかし「マツコさんは老若男女問わず人気があり、とりわけ若年層からの好感度が圧倒的に高かった」(阿部氏)と、結局は満場一致で決まった。
スポンサー番組もニュースからバラエティーへシフトし、ヤマト運輸にとって“エアポケット”になっていた若者を意識した戦略に切り替えた。実際の反響は狙い通りだった。「クロネコメンバーズのさまざまな機能の利用率が格段に上がった」と阿部氏は成果を強調する。
最新CMについても「宅急便をスマホで送れる新サービスは『マツコさんが出演しているCMのやつだよね』と言われ、新サービスを印象付けていただけた」(ヤマト運輸)と、マツコが持つ訴求力の高さは期待通りのようだ。
便利に慣れてしまえば、ほんのわずかな手間でさえ不満の種へ変ぼうしてしまう。そんな自分自身への罪悪感からか、ドライバーに対する申し訳なさも含ませたマツコの人間らしい表現にもまた、“あるある”と共感した人が多かったに違いない。
(写真提供/ヤマト運輸)