出光興産と昭和シェル石油は2019年4月1日の経営統合で出光昭和シェルに生まれ変わった。認知度の高い両社の企業CMに、これまでタレントが出演したことはなかった。それ故、長澤まさみを起用したCMは視聴者のみならず従業員にも強いインパクトを与え、統合新会社の周知に貢献した。
■エグゼクティブ・クリエイティブ・ディレクター:船木研(博報堂 ケトル)
■クリエイティブディレクター:皆川壮一郎(博報堂 ケトル)
■プランナー:倉光徹治(TUGBOAT TUGBOAT3)
■コピーライター:井手康喬、安達岳、西野知里(すべて博報堂)
■アートディレクター:榮良太(博報堂)
■演出:関根光才(グラスロフト)
■撮影:上野千蔵
■音楽プロデューサー:Kenny Dallas(audioforce)
■広告代理店:博報堂
新会社のビジョンを表現するため異例のタレント起用
「だったらこうしよう。周りを変えるよりまず自分たちを変えてみる」――。日の出をバックに真っ赤なドレスを着た長澤まさみがグレーのショールをまといながら、強い目線で訴える。ガソリン需要が冷え込む石油業界で、統合を経て国内第2位の石油元売り会社となった出光昭和シェルが伝えたいメッセージだ。
出光興産約3500カ所、昭和シェル石油約3000カ所のガソリンスタンドを抱える出光昭和シェルは、“ガソリンの会社”としての認知度は高い。そのため統合前は両社とも、キャンペーンやクレジットカードなど特定のサービス訴求以外でタレントをCMに起用することはなかった。
なぜ今回の経営統合でタレントを起用したのか。出光興産ブランド・コミュニケーション課長の大津麻衣氏は、「新会社のビジョンや企業姿勢を表現するため。これまでの延長ではなく新しい会社の形を示したかった。燃料油事業以外にも(ソーラーやバイオ発電、リチウムイオン電池開発など)幅広い事業を展開している総合エネルギー企業であることや、事業の背景にある社員の使命感・思いなどは、映像・音声・言葉ではっきり表現し、広く社会に伝えていく必要があると考えている」と説明する。
今回の経営統合はエネルギー業界を取り巻く環境の変化が背景にある。99年をピークに国内の石油需要は減少傾向で、供給過剰状態が続いている。国内の需給バランスが崩れる一方、海外ではアジア太平洋地域での石油需要は伸びている。それは海外に活路を見いだす各社の競争激化を意味する。
「厳しい環境の中、強みを持ち寄り経営資源を結集し、社会的使命を担い続けていくことにした。今まで通りのビジネスでは生き残れない。しなやかに時代に合わせ、新たな価値を創造し続ける強靱(きょうじん)さを持つ“レジリエント(回復力のある、強固な)”企業体になる決意でもある」と大津氏は、CMに込めた思いを明かす。
この決意表明が冒頭のCMの言葉につながるのだ。これほどの強い思いを託され、企業の“新しい顔”として選ばれたのが長澤だった。
レジリエントな長澤まさみで従業員へも本気度を示す
長澤起用の理由について、大津氏はこう話す。
「長澤さんはキャリアが長くさまざまな役に体当たりで挑戦し、見るたびに違う顔を見せてくれる女優。美しいのにおちゃめな一面もあり、自分の殻をどんどん破っている。固定観念にとらわれることなく、常にしなやかに変化し成長し続ける意思をお持ちだと感じ、当社の思いを表現いただくにふさわしい方だと考えた。企業や社員としての思いを、彼女の口を介して伝えてもらいたいと願った」
タレント起用に社内の反発もあったという。だが、「最後のひと押しは彼女(長澤)であることだった」(大津氏)。長澤への絶大な信頼と共感こそが起用の決め手となった。長澤も今回の出演に対し、「(自分と)共通する部分が多い。だったらこうしよう、は非常に共感できる」と自身の生きざまに通じるものを感じていた。
異例のタレントCMに視聴者も食いついた。CM好感度調査ではこれまで訴求できなかった20代男性からの支持が高かったという。若い層が視聴する番組にCMを打ったことも奏功した。これまでの両社なら“ありえない”タレント起用に加え、生まれたばかりの統合新会社を世に知らしめるという難しいお題も表現面でうまく作用したのか、「長澤まさみに見えなかった」という声に大津氏は、「彼女のレジリエントな部分を表現できた。驚きでさらに印象に残って、してやったりの気分」と満足げだ。
もう1つうれしい反応があった。全国約6500カ所のガソリンスタンドを含む従業員からの支持だ。経営統合の話が15年7月に明らかになって以来、その歩みは決して順調とはいえなかった。苦難を乗り越えようやくまとまった両社。出光興産と昭和シェル石油のブランドカラーである赤とグレーを身に着けた長澤は、統合まで従業員たちが抱えてきた不安を払しょくした。
「本当に一緒になったんだ、という声をたくさんもらった。離れた事業所へもメッセージを届けられて仲間なんだと思ってもらえ、会社の一体感ができた」と大津氏は素直に喜ぶ。長澤の起用についても「魅力的に表現してくれた」「よくやった」と好意的な声がほとんど。特に特約販売店からは「長澤さんを起用したことで(統合新会社の)本気度が分かる」と声を掛けられ、1本のCMが信頼感につながった。人材の大切さを表す「人は無限のエネルギー。」をコンセプトに、CMに従業員も出演させている出光昭和シェルにとって、期待した以上の“副産物”だった。
大津氏は「長澤さんが出演していなければここまでの反響はなく、こちらの本気度を示せた。今後も続けて出演してほしい」と、手応えを語る。
広告は市場の顧客に向けて放つもの。さらに出光昭和シェルは異例のタレント起用が生むインパクトと長澤の発信力を、統合のきずなが揺るぎないものであるという“証し”としても活用し、従業員やグループ関係者に強いメッセージを届けた。難航の末の経営統合だったが、新キャラクター長澤の存在は新たな船出を照らす日の出となった。
風をとらえるしぐさでしなやかさを表現
朝霧が立ち込める海岸沿い。薄暗い森林を抜け、ひらけた崖の上に降り立った長澤が、「だったらこうしよう。」という柔軟性と強さを大切にする企業姿勢を、自身の思いに重ねて宣言する。グレーのショールで風を柔軟に受ける姿でしなやかさを表現する。
強い風すら味方に
CMは19年3月上旬に千葉県の屏風ケ浦周辺で早朝から撮影した。長澤は監督や振付師と幾度となく相談し、さまざまな表情や動きで表現。強い風が吹く厳しい条件での撮影だったが、「長澤さんはその風をも味方にしているような感じだった」(出光興産ブランド・コミュニケーション課の堀智尋氏)。時折シフォンのスカーフが顔や体に巻き付いてしまい、長澤が笑ってしまうシーンもあったという。
(写真提供/出光興産)