思春期の娘を持つ母親を宮沢りえが演じ、江崎グリコ「ポッキー」をきっかけに環境の変化に戸惑う娘と本音を語る。ポッキーダンスなどポップな演出が続いたが、新CMでは一転、しっとりとした雰囲気に。大切な家族と幸せを分かち合うツールにとの思いを込めた。ネット限定動画などデジタル展開も注目。
■クリエーティブディレクター:西田新吾
■プランナー:正樂地咲
■アートディレクター:佐山太一
■プロデューサー:平田正人・浦野慎司
■プロダクションマネージャー: 五十嵐英祐・赤澤美里
■監督:中江和仁
■カメラマン:笠松則通
■広告代理店:電通
より身近で大切なハッピーへ
ポッキーが抱えていた大きな課題。それは、意外にも「母と子のコミュニケーション」だった――。
2012年秋、ポッキーは「Share happiness!」をスローガンに据えた。嵐の二宮和也扮(ふん)する悪魔が「分かち合う心」を学び、三代目J SOUL BROTHERSが仲間同士のシェアをアピールした。
だが、「まだやれていないことがある」。江崎グリコ・マーケティング本部広告部クリエイティブチームの玉井健太郎氏は、独自調査から導き出されたある問題が心にひっかかっていた。それは家族同士、特に母と子のコミュニケーションが不足していること。中高生と中高生の子供を持つ母親それぞれ1000人に対する調査で、子供の3分の2は「母親に声をかけづらい」と答え、約8割が話しかけるのをやめた経験があることが明らかになった。
同居する家族であっても会話のきっかけがつかみづらく、子供の成長に従って一緒に過ごす時間が減り、本音を語り合う時間を取れなくなっていく。一方、母子の会話が多いほど子供は愛されていると感じ、家族の幸福感が向上することも分かった。
そこでポッキーが親子や家族のコミュニケーションを促す「会話のきっかけツールになれるのではないか」(玉井氏)と考えた。「もっと身近で大切な人との、深いきずなのハッピーにフォーカスすることにした」と、玉井氏は新CM「ポッキー何本分」シリーズの背景を説明する。
シリーズ最初のストーリーは、引っ越しで転校する寂しさを感じながら、親を気遣い気丈夫にふるまう娘に、母が「話聞きますよ。ポッキー5本分」と話しかけ、本音を語り合うというもの。
話したくても本音を言い出せないという物語性を持たせるため、何らかの“問題”を設定する必要があった。「(問題が)あまりに大きいと、まさにその問題を抱える当事者が見たら暗い気持ちになってしまう。大変だけど仕方ない、と思える引っ越しや転校に決めた」と玉井氏。
「ポッキー〇本分」というフレーズこそが同シリーズの真骨頂であり、そこに“会話のきっかけツール”としてのメッセージを凝縮した。
「ちょっと話そうと言うのが気恥ずかしくても、『一杯どう?』や『(タバコを)2~3本吸いに行こう』など、飲み物や食べ物の数を使えば誘いやすい。ポッキーは子供にも大人にも通用するので、ちょっと話そうの意思表示にぴったり」と、玉井氏はキーフレーズに込めた思いを語る。
子供が母とのコミュニケーションにギャップを感じる理由に「片手間感」が挙げられたそうで、「手を止め、腰を掛けて話をするのにちょうどいい数は何本か話し合った」と玉井氏は明かす。さらに状況に合った本数になるよう、CMごとに数字を変えた。
繊細なストーリーだが演技派で心地よく伝える
思春期の子供の心の動きと親との関係を描く繊細なストーリーのため、CMキャラクターは演技力を最も重視した。最初に決めたのは、母親役の宮沢りえ。
「表現の仕方で(話の)受け止め方が違ってくる。見たくないものを見せられたと思ってほしくない。宮沢さんは演技力抜群でキャリアも長く、からっと明るい母親から繊細な役どころまで演じられる。視聴者に心地よく受け止めてもらえると確信していたので、彼女しかいなかった」と、宮沢起用の理由を玉井氏は説明する。
次に娘役の南沙良と夫役の大倉孝二が決まった。2人とも宮沢と比べてそん色ない演技力が見込まれた。特に16歳の南は、まさに思春期。「見る人たちの気持ちを想像しながら一緒にCMの世界を作り上げてほしい思いがあり、同年代なら想像しやすいに違いないと考えた」(玉井氏)。
大倉演じる中学の生物教師はどこか抜けた感じで、妻の尻に敷かれる役どころ。「一見強そうな人が演じることで、ギャップがチャーミングに映ると思った」(玉井氏)。
18年9月の放映以来、「ポッキー何本分」シリーズに夫婦のコミュニケーションをテーマにした「午後の贅沢」編を含め、4つのバージョンを重ねてきた。最初からSNSを中心に大きな反響があった。母親目線では「感動した」「自分が娘のときにしてもらったことを思い出した」という感想が。一方、子供の立場では「実際にポッキー5本分話そうをやってみた」「これからポッキー買ってきます」という声があったという。
「回を重ねるごとに、新作を楽しみに見てくれる人が少しずつ増えてきたと実感する」と、玉井氏も手ごたえを感じている。
Web上ではデビュー編を丁寧に描いた7分間の長編動画も公開した。他にも南のみが出演する6秒動画や、学校生活を描いた4分間の動画を限定公開するなど、デジタル展開に注力している。「ある程度の長さがあるほうがメッセージが伝わりやすい。特にここ数年で視聴環境も変化してきているので、デジタルに重きを置いている」と玉井氏。
18年12月にはグーグルが優れたYouTube上のCM映像を選ぶ「Japan YouTube Ads Leaderboard:2018年 下半期」でグランプリを受賞した。「動画再生数が320万回を超えていること、7分という長さにも関わらず『視聴者維持率(途中で止めずに見続けた割合)』が非常に高いことを評価された」(江崎グリコ)という。
今回はポッキーを「会話のきっかけになるコミュニケーションツール」と位置づけていることから、メール、SMSなど意思伝達のツールはすべて“競合”と見ている。「ポッキーならではの、対面によるコミュニケーションがもたらす幸せを伝えていきたい」と玉井氏は意気込む。思春期を迎えた子供を持つ親なら、自分たちも長きにわたってポッキーを食べてきた世代だろう。親も子供も、互いに「どういうわけか、最近話しづらくなったな……」と感じているなら、この“細い棒”に懸けてみてはどうだろう。案外、頼りになるかもしれない。
ポッキー〇本分、家族のコミュニケーションが深まる
「デビュー編」から家族の物語が始まる。東京・世田谷区から、とある海が見える街へ引っ越してきた赤井家は、母・りえ、父・孝ニ、娘・沙良の3人家族。りえは元・美術教師。孝ニは中学校の生物の先生。沙良は反抗期まっただ中の中学3年生。引っ越しをしてから、沙良の様子がおかしい。カラ元気を出す沙良に、りえはポッキーを差し出し「話聞きますよ。ポッキー5本分」と語りかける。
「バレンタイン編」では好きな先輩ができた沙良に、「ポッキー10本分時間をください」と伝えて自分から告白するよう促すりえ。「無理だよ」という沙良にりえが背中を押し、「だってプロポーズ、お母さんからだよ」と明かす。
「おでかけ編」では、2人で久々に出かけたりえと沙良。幼い子供が母親に抱きつく姿を見て「おいで!ポッキー1本分だけ」と腕を広げるりえだが、沙良はポッキーをりえの口に突っ込むだけ。最後は歩き出したりえに腕を絡ませる。
「午後の贅沢編」では夫婦のコミュニケーションが焦点に。縁側でうなだれる孝二。「ちょっと言い過ぎたかな」と反省しながら、「ポッキー 午後の贅沢」を差し出すりえ。「ごめん」と言いながら孝二と食べさせ合う姿を目撃して、複雑な表情の沙良と幸せそうな笑顔のりえ。
なつかしCMギャラリー

(写真提供/江崎グリコ)