1998年からビール市場の1位を独占し、シェアが約50%に達するアサヒビール「スーパードライ」。かつて“ドライ戦争”を巻き起こした巨人も、低価格ビール類の登場で苦戦を強いられてきた。曲折のCM戦略に終止符を打ったのは福山雅治。アサヒは「挑戦と革新」のコアバリューを福山に託した。

2019年5月21日公開の新CM「新エクストラコールド」編
2019年5月21日公開の新CM「新エクストラコールド」編
今回のキャラクター:福山雅治
■製品:アサヒスーパードライ
■企業:アサヒビール

<クリエーターズファイル>
■クリエーティブディレクター:木村透
■プランナー:石井寛
■コピーライター:木村透
■プロデューサー:中嶋秀明・勝野恵子
■ディレクター:柿本ケンサク
■カメラマン:柿本ケンサク
■広告代理店:博報堂

ナンバーワンの地位を確固たるものにするために

 「スーパードライのCM」といえば、まず誰の顔を思い浮かべるか。発売当初からの愛飲家なら作家で国際ジャーナリストの落合信彦氏かもしれない。しかし、現在はおそらく福山雅治だろう。すっかりブランドキャラクターとしてのイメージが定着した福山が初めて起用されたのは2010年。19年はCM登場から10年の節目を迎える。

2010年に初めて福山雅治を起用したCM。「CATCH MY DREAM篇」
2010年に初めて福山雅治を起用したCM。「CATCH MY DREAM篇」

 5月21日から放映されている「新エクストラコールド」編は、福山を起用したCMの通算約80作目となる。

 「女性ファンが中心だった福山さんが大河ドラマ『龍馬伝』に出演して以来、男性からの支持も集めるようになった。都会的・男性的というスーパードライのブランドイメージを表現できる人物は、福山さんしかいなかった」と、アサヒビールマーケティング本部宣伝部制作統括の石原威彦氏は福山の起用の理由を明かす。

 このとき福山に課された使命は、「スーパードライの原点に返る」ことだった。石原氏は「2000~09年でスーパードライのイメージが大きく変わった。『洗練』やロングランブランド故の『伝統的』などの言葉は上がったものの、『活動的・進歩的』というイメージが低下してしまった。そこで原点に立ち戻り、ビールにおけるナンバーワンブランドとしての確固たる地位の強化に注力することにした」と語る。

 そもそもスーパードライの「原点」とは何なのか。なぜ「原点」に返らねばならなかったのか。それを知るために、ビールでシェア約5割を占める“巨人”のCM戦略の足跡をたどってみる。

「挑戦と革新」がもたらす高揚感をコンセプトに

 1987年に25~34歳の男性をターゲットに発売されたスーパードライは、これまでなかった辛口テイストでビール業界に衝撃を与えた。発売直後から各社が追随し、辛口商品を売り出すという、いわゆる「ドライ戦争」が巻き起こるほど革新的な商品だった。

 冒頭の落合氏が難しい交渉や取材を成功させ、達成感に浸りながらスーパードライをぐいっと飲むCMも当時大きな話題となった。スーパードライが一貫して大切にしているブランドの価値観は、「『挑戦と革新』がもたらす高揚感」(石原氏)だ。まだ一般にはあまり知られていなかった落合氏の起用。そんな彼が外国人を相手に油田や古代遺跡、マンハッタンなど世界を駆け巡るシーンは今日のグローバル時代を先取りしており、スーパードライの世界観を見事に体現していた。

 91年に発売された「アサヒ生ビール Z」と社内で広告費を分け合うことになり、スーパードライは一時低迷するも、CMに加勢大周や宅麻伸などの人気俳優を起用して存在感をアピール。

 次に「これまでビールの争点にならなかった“鮮度”を新たな基準にした」(石原氏)。製造から5日以内に工場から出荷するという挑戦をアピールするため、95年からは工場で働く人々を必ず登場させて品質を訴えるCMもスタート。その結果、「鮮度のブランドイメージが上がり、売り上げも踊り場状態から脱することができた」と石原氏は語る。

現在放映されている「ビールの命は、鮮度だ。」編では、鮮度をアピールする
現在放映されている「ビールの命は、鮮度だ。」編では、鮮度をアピールする

 これら一連のコミュニケーションが奏功し、他社ビールユーザーの流入が加速。98年にはそれまでシェア6割と圧倒的だったキリン「キリンラガービール」を抜いて首位を獲得し、2000年以降はシェア約5割に達した。

 だが喜びもつかの間、大波が押し寄せてきた。発泡酒、新ジャンルといった低価格ビール類の台頭だ。

低価格ビール類との戦いとスーパードライの迷走

 2000年に発泡酒の出荷量が大幅に増加し、05年には新ジャンル(第3のビール)も勢力を伸ばす。各社企業努力で改良を重ね、手ごろな価格でビールに似た味わいを楽しめるようになった。低価格ビール類の活況の余波で、ビールの出荷量は00年以降徐々に減少傾向にあるという。「10年には発泡酒と新ジャンルの合算出荷量が、ビール出荷量とほぼ同数になった」(石原氏)。

 かつてない苦境に追い込まれながらも、ビール分野では約50%というシェアを維持するスーパードライが採った施策は、今飲んでいる人を逃がさず“ロイヤルユーザー”にすることだった。「安さを理由に離れたユーザーを取り戻すのは難しい。だから主にスーパードライを飲んでいる人だけでなく、新ジャンルなどと併飲している人をターゲットに、スーパードライの主飲率を上げる方向に切り替えた」(石原氏)。

 落合氏から続くCMでは仕事の成功による達成感を主に描いてきたが、「仕事の成功や勝利ではなく、意志の強さやひた向きさを感じるアスリートを起用し、挑戦し続けるというメッセージを伝えた」(石原氏)。再び存在感を強調することで主飲率やロイヤルティーなどの主要な指標は上向いたものの、「市場は新ジャンルの新商品に沸き、販売実績を明確に好転させるには至らなかった」(石原氏)と振り返る。

 それならばと、低価格ビール類ユーザーを取り込むためカジュアルに振った演出でCMを展開。しかし「併飲率は高まったが、逆にスーパードライ主飲者のロイヤルティーが緩んでしまった」(石原氏)と裏目に出る結果に。

 こうした低価格ビール類登場後の曲折の歴史を見れば、なぜスーパードライが「ビールナンバーワンブランドとしての確固たる地位の強化」という原点回帰にたどり着いたかが分かるに違いない。“ビールナンバーワン”こそが、スーパードライが消費者に対して打ち出せる、最も揺るぎないメッセージだからだ。そのメッセージを託せる強力な頼みの綱こそが、福山雅治という「唯一無二のキャラクター」(石原氏)なのだ。

 以降は先述の通り、福山をメインキャラクターに据えながら10年間トップを守り抜いてきた。30周年を迎えた17年には、ジョニー・デップと“一度限りの競演”も果たした。そして19年には、ビールトップの自信と誇りをアピールすべく、「THE JAPAN BRAND」のメッセージとともにスーパードライを打ち出す。

「アサヒスーパードライ THE JAPAN BRAND宣言」編
「アサヒスーパードライ THE JAPAN BRAND宣言」編

 イタリアの有名ビール「ペローニ ナストロ アズーロ」を製造するビラ・ペローニ社のパドバ工場で欧州に向けてスーパードライの製造が始まったことを伝える「アサヒスーパードライ THE JAPAN BRAND宣言」編など、現在放映されているほぼすべてのCMにTHE JAPAN BRANDのメッセージを乗せる。

 「これまで海外ではライセンスで製造してきたが、パドバでは技術者が現地に入り日本と全く同じクオリティーで製造している。日本で最も売れているビールから、日本を代表するブランドとして訴求していく」と石原氏は狙いを明かす。

 とはいえ低価格ビール類との競争は終わるどころか、熾烈(しれつ)さを増している。歴史を振り返れば、いかに“ビールの巨人”とはいえ、手綱を緩めればすぐそこに迷路が待ち構える。さらにその先は、トップ陥落への急坂かもしれない。原点回帰を掲げ、福山の起用でひとまず迷いから覚めたスーパードライ。それは同時に、これからも「挑戦と革新」をひたすら繰り返すという宿命を再確認したことに他ならない。

“五感で感じる”「スーパードライ 新エクストラコールド」

「スーパードライ 新エクストラコールド」編
「スーパードライ 新エクストラコールド」編

 「スーパードライ 新エクストラコールド」編では、氷の洞窟を歩く福山がキンキンに冷えた「スーパードライ エクストラコールド」を振るまうバーを見つけ、“五感で感じながら”飲む。限定店舗でしか飲めない氷点下(ー2~0度)まで冷やしたエクストラコールドの新感覚をアピールする。

One and Onlyのスーパードライの挑戦を伝える企業広告

「イノベーション広告 辛口篇」
「イノベーション広告 辛口篇」

 「イノベーション広告 辛口篇」は工場や研究所で働く従業員が出演し、辛口ビールでイノベーションを起こした“One and Only”のスーパードライの挑戦を伝える。

なつかしCMギャラリー

18年には20~30代をターゲットした「アサヒスーパードライ 瞬冷辛口」のCMに菅田将暉を起用し若者に訴求した
18年には20~30代をターゲットした「アサヒスーパードライ 瞬冷辛口」のCMに菅田将暉を起用し若者に訴求した

(写真提供/アサヒビール)

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