ストライプインターナショナル(岡山市)が中国で推し進める新小売戦略は、顧客対応の改善だけにとどまらない。多くのデジタルツールを導入して従業員の働き方も大きく変革した。目指すのは、ECとの融合で通常の3倍の売り上げを達成できるリアル店舗のフォーマットを作り、中国の大都市にFC(フランチャイズ)展開することだ。
「earth music&ecology(アースミュージック&エコロジー)」や「AMERICAN HOLIC(アメリカン ホリック)」といった複数ブランドを擁するカジュアル衣料大手、ストライプインターナショナル(以下、ストライプ)の中国法人、ストライプチャイナの総経理・董事(President&Director)の陶源氏は、2018年4月に着任するとただちに、従業員の働き方を変えるデジタルツール導入の準備を始めた。まず5月から、アリババ集団が開発したクラウドベースの企業向けコミュニケーションツール「釘釘(DingTalk、ディントーク)」を全社一斉に導入。次いで7月1日には、ストライプチャイナのERP(統合基幹業務システム)を、アリババ集団が提供する中国最大手クラウドサービスの「アリババクラウド」上に移設。そして11月まで“慣らし運転”をして、12月から全面移行に踏み切った。
具体的には何が変わったのか──。
例えば、ストライプチャイナの社内稟議(りんぎ)の内容はすべてDingTalk上に上がった。このため、権限のある従業員がスマートフォンでDingTalkにアクセスすれば、「アースミュージック&エコロジー」ブランドの商品のマスターデータがすべて閲覧できるし、新たに加えたい商品についての承認も、DingTalk上で進められる。
マスターデータに加えたい商品については、申請者、申請者の上級マネジャー、申請された商品データが正しいことを保証する担当MD(マーチャンダイザー、商品を企画して販売計画を立て、売り上げを管理する職種)、そのMDの上司、そして総経理が、DingTalk上で順次承認すれば決裁される仕組みだ。「これなら会議と会議の間の移動の間にスマホで決裁できる。意思決定のスピードが格段に上がる」と陶氏は言う。
「誰が他の人を最も待たせたかリスト」を毎月公表
さらにストライプチャイナでは、意思決定を早める仕掛けも用意した。各人が承認した時刻がDingTalkに記録されるため、このデータを集計・分析して毎月、決裁の承認で誰が他の人を最も待たせたかというリストを作成して公表しているのだ。「おかげで管理職を含めた従業員は皆、承認要請の赤いマークがDingTalk上に出たらすぐクリックする習慣がついた」(陶氏)という。
また、店長が顧客とチャットでやりとりした内容なども、DingTalk上にそのまま表示される仕組み。例えば顧客からチャットでクレームが入っていた場合、ただちに対処しないと、対処していないことが社内に丸見えになる。
店長だけが対処すればいいわけではない。商品についてのクレームが寄せられていた場合、例えば陶氏自身がそれに気づいたら、ワンタップでMDの責任者にその内容をDingTalk上ですぐ発信できる。MDの責任者はこれを見て商品の改善策を考えるわけだ。これも従業員に迅速な顧客対応を求め、顧客満足度を向上させる仕掛けといえる。
陶氏は言う。「DingTalkを導入した結果、ストライプチャイナには今、自宅で子供が寝付いた後、自分が寝るまでの間にオンライン上で議論をするという文化が根付き始めている。これは中国企業では普通のこと。残業ではないのですぐ対応しなくてもいいのだが、みんな意外とレスポンスが早く、結果としてその日に起きた問題はその日のうちに解決される割合が高くなった」。
また、店長が交代したり退職したりした場合、前任者と顧客のチャットのログはすべて残っているので、新任者はそれを閲覧することで、データだけでは分からない顧客の特性を把握することもできる。
スマホからERP内のデータを閲覧できる
さらに、スマートフォンにダウンロードした企業向け「微信(WeChat、ウィーチャット)」の中でBIシステムを立ち上げ、IDとパスワードなどを入れると、クラウド上に移設したERPの中に蓄積されている各種データを、リアルタイムで閲覧できる。
例えば地域ごと、リアル店ごとの売上金額や粗利率、目標に対する売り上げ達成率などがリアルタイムで表示されるのだ。それぞれの顧客が何時に来店し、定価いくらで売っていた商品をそれぞれどのくらいの割引率で購入したかというデータまで分かる。倉庫ごとの在庫の種類や量まで、リアルタイムで把握できる。広州店に設置されたカメラに映された画像や、5台のカメラで撮影した映像を分析して得た来店客の動線なども、スマホ1台あればリアルタイムで確認できる。
例えばある店の売り上げがその日の目標に達していない場合、リアルタイムで状況はすぐ分かる。リアル店の店長やスタッフは、目標達成のため、位置情報などから店の近隣にいる顧客を割り出し、その日限定の割引クーポンをアプリ向けにプッシュ通知するといった販促の手立てを、タイムリーに打つことができる。
仮に店長や店のスタッフが、こうした当日の売り上げ不振に気づかなくても、上級管理職の誰かが気づき、BIシステム上にある当該データをスクリーンショットで撮ってDingTalk上で当該店の店長宛てに送ることで、注意を喚起できる。
4月からは新しい経費精算システムも稼働し始めた。出張の費用など従業員が一時的に立て替え払いしていた経費の精算は、これまでの銀行振り込みに代えて、決済アプリ「支付宝(アリペイ)」で支払われる。「私が経費支払いを承認すれば、1秒以内に当該従業員のアリペイのアカウントにチャージの形で支払われる」(陶氏)という。
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