刃物製造販売のオルファ(大阪市)のカッターナイフ「キッター」は、小さな子供にも安心して使わせることができるのが最大の特徴。発売後約3カ月の出荷本数は約2万本。カッターナイフとしては非常に好調な滑り出しだ。過去、何度もとん挫した製品開発を成功に導いたのは「1本の溝」だった。

キッターは刃の露出を少なくすることで、けがのリスクを最小限にとどめ、子供にも安心して使わせることができる
キッターは刃の露出を少なくすることで、けがのリスクを最小限にとどめ、子供にも安心して使わせることができる

 カッターなどの刃物は、一歩間違えるとけがをする危険性がある。子供を危ない目に遭わせたくない、痛い思いをさせたくないというのは、親の思いとして当然だ。だから、親は子供の身の回りから刃物を遠ざけようとする。しかし、子供に「触っちゃダメ、ママがやるから!」と言っているばかりでは、けがをする心配がない代わりに、危険なものだという感覚も安全な使い方も身に付かない。それでは、いざというときにかえって危ない思いをすることになる。

 「子供の刃物離れは、10年も20年も前からずっと大きな課題だと考えていた」

 オルファ生産技術本部生産技術グループでキッターの開発を手掛けた高嶋洋輔氏はこう語る。「子供が安全に使えるカッターナイフ」をテーマとする商品は、カッターナイフで国内シェア1位を誇るオルファ社内でもこれまでに何度となく企画され、開発には取り組むものの商品化に至らず、中止するという流れを繰り返してきた。その苦労がようやく実り、18年11月、全国販売にこぎ着けたのだ。筆記具などと違い、誰もが頻繁に買い換えるわけではないカッターナイフとしては、発売後の3カ月で出荷本数2万本というのは非常に好調な滑り出しだ。

本体は丸みがあって軽くて短く、子供の手でも握りやすい。卵形のスタンドは刃折り器も兼ねており、切れ味が悪くなったら刃を折ること、使った後はちゃんと片付けることを、目に見える形で示した。刃の大部分をプラスチックで覆い、露出は最小限。刃先は先端からわずかに手元側にオフセットしている、これもけがのリスクを減らすための工夫だ(オープン価格だが、実勢価格は本体1000円前後、替え刃4枚刃2本で500円前後)
本体は丸みがあって軽くて短く、子供の手でも握りやすい。卵形のスタンドは刃折り器も兼ねており、切れ味が悪くなったら刃を折ること、使った後はちゃんと片付けることを、目に見える形で示した。刃の大部分をプラスチックで覆い、露出は最小限。刃先は先端からわずかに手元側にオフセットしている、これもけがのリスクを減らすための工夫だ(オープン価格だが、実勢価格は本体1000円前後、替え刃4枚刃2本で500円前後)

きれいに折れる刃を模索して1年以上

 キッターは、刃の大部分をプラスチックで覆い、露出部分を抑えることで、けがのリスクを最小限にとどめた。「完成した製品だけを見ると、何ということもない当たり前の工夫に見えるかもしれない。だが、開発は試行錯誤の連続で、刃の開発だけで1年以上を要した」と高嶋氏は打ち明ける。

 切れ味が悪くなったら刃を折って新しい刃先に変える、という仕組みは同社の他のカッター製品と同様だが、刃をプラスチックで覆うのは初めてだ。「金属の刃と、それをカバーするプラスチックが、同時に同じ位置で真っすぐ折れるようにすること」が非常に難しかったという。

 刃を折る箇所には細い溝が刻まれている。「ただの線に見えるかもしれないが、この1本の線が最も苦労した点だ」と高嶋氏。単純なV字形の溝を刻んでも、割れ方が不規則になってしまい、うまくいかなかった。そこで、断面をコの字形にしたり、多角形にしたりと、頭の中や図面上で考えていても分からないので、作っては折ってみるという試作を繰り返した。

 試行錯誤の末にようやくたどり着いたのが現在の形状だ。製品の溝の断面はほぼコの字形だが、上がやや開いた台形になっている。その開き方の角度や溝の深さなど、きれいに折るための絶妙なバランスを、試作を重ねることで導き出したのだ。

刃とプラスチックが同じ位置で真っすぐ折れるように、試行錯誤を繰り返した。折る前の刃に触れてけがをしないように、小さな突起が付いている
刃とプラスチックが同じ位置で真っすぐ折れるように、試行錯誤を繰り返した。折る前の刃に触れてけがをしないように、小さな突起が付いている

 刃とプラスチックは3つのパーツからなる。上下2枚のプラスチックの板で刃を挟み、それを超音波溶着した。許容誤差が非常にシビアなので、金型に刃を入れてプラスチックを射出するインサート成型では精度を確保できないからだ。精度を保つために、溶着前のパーツの位置合わせは人による手作業に頼らざるを得ないという。「今後、出荷数が増えてくればそれでは回らなくなってしまう。どうやって製造を自動化するかが今後の課題だ」(高嶋氏)。

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