近い将来「バイオのGAFA」になる可能性を秘める日本企業がある。ペプチドリーム(川崎市)だ。日経クロストレンドの独自調査「イノベーション300」では、他の製薬大手を抜き去って11位に。世界のメガファーマ(巨大製薬企業)と次々と手を組み、増収増益、最高益を続けられるビジネスモデルとは。
ペプチドと夢。2つの言葉をつなぎ合わせたペプチドリームは、2006年7月に生まれた。東京大学の菅裕明教授が、自らの創薬技術を基に、窪田規一氏(現ペプチドリーム会長)と共に立ち上げた、東大発のベンチャーだ。
ペプチドとは、アミノ酸が2個、3個…と複数結合した化合物を指す。このペプチドの力をもって、日本から世界初の新薬を創出し、社会に貢献する。そんな力強い夢を、ストレートに企業名に込めた。
営業利益率80%への挑戦
世の中にはあまたのバイオベンチャーがあるが、ペプチドリームの成長力は、抜きんでている。18年6月期の売上高は64億円余り。決して大きな額ではないが、このうち、営業利益は29億円余りと、実に45%もの営業利益率をたたき出した。しかし、これはほんの序章にすぎない。「近い将来、営業利益率は80%ぐらいに達する」。岩田俊幸IR広報部長は、確信を持ってそう言い切る。
みずほ証券やSBI証券などで計18年間、バイオ専門のアナリストを務めてきた岩田氏をして「夢ではない」と言わしめるのは、世界で誰もまねできない、オンリーワンの技術とビジネスモデルを持っているからだ。
一言でいえば、創薬の新たなプラットフォームを構築した。現状、世界のデジタルプラットフォームを握るのは、GAFA(グーグル、アマゾン、フェイスブック、アップル)と呼ばれる企業群。これを、市場規模にして1兆ドルを誇る医薬品産業に置き換えたとき、GAFA的なポジションに就く可能性があるのが、ペプチドリームなのである。
株主に海外の機関投資家が多いのも、将来性を買っているからに他ならない。時価総額は7000億円を突破(19年5月17日の終値ベース)。5月14日には、米MSCIが選定するMSCI Japan Index の構成銘柄に採用された。
ペプチドリームのビジネスモデルを理解するには、まずは、医薬品業界で起きたパラダイムシフトを振り返る必要がある。
世界の創薬の主流は、100年近く、錠剤を中心とした低分子医薬品が握ってきた。低分子という名の通り、分子量は最大でも500程度と小さく、工場で安く、大量に生産できるとあって、爆発的に普及した。しかし、低分子医薬品は副作用が多いという欠点があった。病気の原因となる標的を狙っても、しばしば標的以外に作用してしまうのだ。
この問題を克服したのが、2000年ごろに登場した抗体医薬品。ヒトがもともと体内に持っている免疫機能を応用した。最大の特徴は、精度の高いミサイルのように、狙った標的にほぼ確実に届いて作用するという「特異性」にある。高い治療効果と副作用の少なさで創薬の主導権を握り、市場規模はあっという間に10兆円にまで膨らんだ。
ただ、抗体医薬品は分子量が約15万と極めて大きく、低分子医薬品の実に300倍。京都大学の本庶佑特別教授がノーベル生理学・医学賞受賞し一躍脚光を浴びた、小野薬品工業のがん治療薬「オプシーボ(一般名:ニボルマブ)」も抗体医薬品の一つだが、炭素6362個、水素9862個、窒素1712個、酸素1995個、硫黄42個と、膨大な原子が結合して成り立っているのが分かる。
このように、あまりに分子量が巨大なため、工場では生産できない。細胞や微生物を培養して作成する必要があり、製造コストも、薬価も極めて高い。技術革新が進めば進むほど、医療費が高騰するというジレンマを抱えていた。
そこに現れたのが、ペプチドリームだった。創業者の一人である菅教授が編み出したのは、低分子に近い大きさで、工場でも量産可能な「特殊環状ペプチド」だった。
ペプチドを輪にすれば…
「ペプチドを薬にすると言ったときは、皆から笑われた」(岩田氏)。複数のアミノ酸がひも状に連なったペプチドは、体内に入れた瞬間、その両端を、酵素が分解してしまう。そのため、薬としては使い物にならない、という共通認識があった。
しかし、ペプチドを環状、つまり輪にすればどうか。輪をつくれば、酵素に分解されて消えてしまうことはない。何よりも、輪にすることで、不思議にも、機能を持つことを、ペプチドリームは突き止めた。狙った標的に確実に届き、強く結合するという、抗体医薬品の良さを兼ね備え、なおかつ、輪の中のアミノ酸は十数個程度。分子量も1500ほどと、低分子医薬品と同様、工業製品として工場で安く、大量生産できる。低分子でも高分子でもない、中分子の「ペプチド医薬品」をつくる道を世の中に示した。
ヒトの体内には20種類のアミノ酸があるが、自然界には約500種類ものアミノ酸があるとされる。ペプチドリームは、これらすべてのアミノ酸を、輪の中に自由に入れ込み、しかも数兆種類のバリエーションをつくり出せるという技術をも見いだした。高額な抗体医薬品を、ペプチド医薬品で代替することで、薬価を大きく抑え、世界の医療費問題を解決する。そんなビジョンに向かって、邁進(まいしん)しているのだ。
このコンテンツ・機能は有料会員限定です。