老舗の健康計測機器メーカーで“堅い”イメージとは裏腹に、ゆるさ満点の投稿をするタニタの公式Twitter。炎上や企業イメージを損なう可能性を避けるため、管理を強化するアカウントも多い中、なぜ自由につぶやけるのか――。投稿にも登場する谷田千里社長にSNSやデジタルマーケティングの戦略を聞いた。
タニタは1944年設立の老舗健康計測機器メーカーである落ち着いたイメージとは異なり、Twitterの公式アカウントはゆるい投稿が際立つ。盟友・シャープ公式との軽妙な掛け合いも見もので、「フリーダムすぎる」と言われることも少なくない。Twitter担当者は、なぜここまで自由に運用ができるのか、どうしてファンを引き付けるのか。その秘密を探るために、Twitterにもたびたび登場する同社の社長、谷田千里氏を直撃。SNS運用やデジタルマーケティング戦略について聞いた。
もともと御社のTwitterの公式アカウントは、どういった経緯で開設されたのでしょうか。
谷田千里氏(以下、谷田氏) Twitter運用の源流は、2008年にスタートしたニコニコ動画での動画配信に遡ります。弊社は、体組成計などの健康にまつわる商品が主力なので、中高年層からは支持を得られやすい一方、若い世代の認知度がどうしても低かった。その層にアプローチするにはどうしたらいいか、何か新しいことに挑戦しようと常々考えていたときに、ニコニコ動画の存在を知ったのです。そこで08年に、ニコニコ動画のコミュニティー機能を使って、公式チャンネル「ComeSta Channel」(コメ・スタ・チャンネル)を開設しました。社長就任直後の私もたびたび登場していましたが、そのときに現在のTwitter担当も一緒に動画をつくっていたんです。
彼はその後、ニコニコ動画の担当から離れましたが、実は10年ほど前に、非公式で「自称体重コンシェルジュ」と名乗って、Twitterアカウントを立ち上げていたのです。
当時、あるフォロワーさんが競合他社さんの体重計の操作方法をTwitterで尋ねられたので担当が答えたところ、別のフォロワーさんが「なんで違うメーカーの人に聞くんだ」と突っ込む一件があったそうです。その際、「体重コンシェルジュなので、何でも聞いてください」とTwitter担当が応じたら、「メーカーの対応として素晴らしい」と、インターネット上にまとめ記事がつくられたんです。
あるとき、その記事を持って「企業公式アカウントとして認めてほしい」と担当が許可を得に来ました。私はその時に初めて、彼のTwitterでの活動を知ったんです。
非公式とはいえ、勝手に自社の名前が分かる形でSNSを運用されていたのを知った後は、どのように担当者の活動を見てこられたのでしょうか。
谷田氏 最初は、「知らない間に、そんなことしていたんだ」と驚きました。ただ、当時、私は企業の公式アカウントに対する知識もそれほどなかったですし、重要視をしていなかったというのが正直なところです。それで「チャレンジするのはいいことだから、いいんじゃないか」と。
彼からの報告の時期がもう少し遅く、現在のように企業の公式アカウントが注目を集めている時代だったら、「なんでそんな重要なことを黙ってやっていたんだ」と、問題視していたかもしれませんね。
タニタ公式Twitterは2011年に開設され、10年目に突入。フォロワー数31万人を超える人気アカウントになり、ファンへの影響力もますます高まっています。担当者はファンとの積極的なコミュニケーションを取るなど、裁量が大きいように見受けられますが。
谷田氏 Twitter担当とは、以前にニコニコ動画の配信プロジェクトを一緒に手掛けていたこともあって、さまざまな失敗を共有してきた経験があります。動画配信の試行錯誤を通じて、ネットでの作法や受けやすいネタを一緒に探っていましたから、「分かっているよな」「心得ています」というやりとりをした後は、一任してきました。
そのため、そのときに培った基準である、「『宗教』『エログロ』は避ける」「他人の批判をしない」という最低限の約束ごとだけはリクエストしましたが、それ以外は内容について口を出したことはありません。
Twitter活用について、社内の目が変わったある出来事
御社のTwitter担当者の自由な発言から、社内でのSNSに対する理解が高いように感じられますが、初めから他の部署の社員も協力する意識があったのでしょうか。
谷田氏 公式Twitterを始めた当時、担当はまだ専任ではなく、営業部に所属しながら日々投稿をしていました。彼の直属の上司が「営業の人間に何をさせているんだ」と言っているのを耳にしたこともあり、当然、風当たりが強い時期もあったと思いますよ。営業が何をやっているんだと、直接言われたこともあったでしょうね。
しかし、彼は反対する人がいてもコツコツと続けてきた。Twitterの認知度が上がってくると、徐々に社内での印象も変わるものです。そして、18年に、Twitterにファンの希望の声が殺到したことから実現した人気オンラインゲーム『刀剣乱舞-ONLINE-』とのコラボ商品(歩数計)が大ヒットしたことで、完全に潮目が変わりました。そうなると、社内での協力体制も整ってきます。
ただ、私は人生で成功する人は、我を張って、勝手にやった人だと思っているんです。自分がこれをやるという信念があって、それが時代と合えば、周りの理解もおのずと得られます。受動的に動くのではなく、たとえ周囲から反対されようが突破していく人しか成功できない。「他の企業が皆やっているから、うちでもやらせてください」というのでは、後追いになってしまって意味がないですから。Twitter担当は社内の理解を得る前から能動的に動いていたというのが、成功につながったんだろうと評価しています。
タニタでは、社員が希望すれば、雇用契約から業務委託契約をベースにした個人事業主に切り替える「日本活性化プロジェクト」という働き方をスタートし、注目を集めていますね。Twitter担当者は、その一期生として立候補したとのことですが。
谷田氏 社内でやりたいこと、やらなきゃいけないこと、やったら面白いと思えることを自発的に探して動ける。そんな自営業的なマインドを持っている人が育ってくれたらと考え、立ち上げたプロジェクトです。これまで社内から24人がこの仕組みを利用していますが、Twitter担当は最初の期に立候補しました。この仕組みを使ったことで、彼にとっては社内の縦割りの体制にとらわれず、動きやすくなったのではないかと思います。
タニタ社長がSNSにたびたび登場するわけ
谷田社長は、たびたびTwitterの投稿に登場されています。企業のカラーが垣間見えることでファンは喜ぶと思いますが、どのようなお考えで登場されているのでしょうか。
谷田氏 企業としてのメッセージを伝える場として、Twitterもテレビや新聞などと同等に考えています。例えば、「ガイアの夜明け」(テレビ東京系)などのようなテレビ番組で企業イメージを伝えるときには、社長が出演しますよね。Twitterも同じです。なぜ、テレビには社長が当然のように出るのに、Twitterには社長が出ないのか、むしろ疑問なんです。かつては大きな資本を持っている企業が強かったと思いますが、SNS全盛になった今、SNSには世の中を動かす強い力があります。ですから、私がそこに出ることも、チャンスの1つだと考えています。
また、昔のように一般社員向けにはこの情報、役員向けにはこの情報、外部向けにはこの情報というように、レイヤーや立場によって違うことを発信することが通る時代ではないと思います。弊社には一貫性のある情報を公開するというポリシーがあるので、SNS上でも積極的に情報開示をしたい。その中で、社長自身もあえてキャラクターをつくらず、このままの姿や姿勢を見てもらおうと思っています。
御社は動画活用も早い時点で取り組んでおられます。中でも、先ほど話題に上がった「ニコニコ動画」は早い時期から始めていますね。動画配信の狙いは?
谷田氏 大企業は大規模な広告を潤沢に打てても、中小企業ではそうはいきません。冒頭にお話したように、若い世代の認知度をどう高めるかが課題でした。そこでニコニコ動画に目を付けたのですが、私自身、新しいことが大好きなので、純粋にやってみたいと思ったし、それほどコストをかけずに専門チャンネルを持って好きなだけ宣伝できるという点が何より魅力でした。その後、YouTubeでも公式チャンネルをオープンし、動画配信を続けています。
まず自分から動く 社長自らYouTubeでライブ配信
2020年8月には、タニタの公式YouTubeチャンネルで、社長自ら出演して商品を紹介するショッピング番組「ニポネット・タニタ」のライブ配信をスタートしました。なぜ社長自ら?
谷田氏 自分で商品を宣伝する通販番組のアイデアは、以前から温めていました。名前もずっと考えていたんです。8月7日に初回を放送しましたが、社員と一緒にまさに手探りでの配信でした。その翌週はお盆の時期のため、会社は夏季休業中。その最中の8月13日は、第2回の配信日でしたが、その週は社内で有給休暇の取得を推奨しておりましたので、会社に私しかいなかったんです。公式チャンネルで動画を毎週配信すると公言していましたから、一人でもやらないといけない。“ワンオペ”で何とか乗り切りました。いつか本家のジャパネットさんをジャックして、弊社の商品を売るのが夢なのですが、その第一歩です(笑)。
動画配信で社長自ら商品を売るのが意外だという声もありました。でも、新型コロナウイルス感染症の拡大による影響で、ネット通販に力を入れて業績を上げている企業もある中、弊社は後れを取っていました。そこで、私自らが動き、社内に勢いを付けようと考えました。実際、あの放送を見ていただけたのは数十人ほどでしたから、とても成功とはいえません。ですが、製品が数セットは売れましたから、やったことに意味はありましたし、やる姿勢を示すことが大事だと思っています。と同時に、ネットで多くの人に広めることの難しさも改めて実感しましたが……。
御社のTwitter担当は、会社からSNS担当として数値目標を立てられることはないと話しています。ご自身のニコニコ動画での経験などもあり、SNS運営の難しさを理解していらっしゃるというのもあるのですか?
谷田氏 それもあるでしょうね。けれどそれより、もともとデジタルシフトというものに過大な期待をしていないということも理由の1つでしょうね。弊社でも、ネット販売自体は伸びていますが、それをさらに2倍にしようといったところで、簡単に結果が出るとは思っていないんです。
企業において、SNSの重要度が増しているのは事実です。しかし、大成功した事例を見て、なぜかSNSを利用したら一発逆転ができると夢を見てしまう企業人が多い。でも、SNSを使いさえすれば簡単にヒットを生み出せるなら、10万人単位のフォロワーのいる企業アカウントはもっとあってもいいし、YouTuberとして生計を立てていける人がもっとたくさんいてもいいはずですよね。
事業計画を立てる際には、売り上げを10倍にするというような無謀な目標を打ち出す企業はないのに、SNSの活用だけびっくりするような高い数字を求めるのは、現状把握ができていないということになります。SNSは魔法ではない、そう思います。

タニタのSNS活用の心構えや実践のコツは、20年6月15日に発売したビジネス書「自由すぎる公式SNS『中の人』が語る 企業ファンのつくり方」(日経BP)で詳しく説明しています。「中の人」が長年にわたり培った、ファンとつながる極意が満載です。ぜひ、お手に取ってみてください。
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(写真/竹井 俊晴)