本連載では、人間拡張におけるデータ活用の重要性を、繰り返し強調してきた。それは、主に大企業の経営者に競争力のあるビジネスモデルについて理解してほしかったからだ。一方、データ活用の重要性を知っているからと言って、ビジネスを順調に成長させられるとは限らない。最終回は、データを集める本来の目的を考えてみたい。
人間拡張ビジネスを作るに当たって、データ活用戦略が空回りしてしまいがちなのはなぜか。最大の理由は、「データ至上主義」に陥ってしまうことにある。確かにデータは重要だが、データを集めて解析する本来の目的を見失ってしまっては何の意味もない。
本来の目的を教えてくれるのが、東京理科大学発のスタートアップ企業である2013年12月創業のイノフィスだ。同社の主力製品は「マッスルスーツ」で、動力機構を背負い、腹の前で締めた腰ベルトや太ももにはめたももパッドを通じて装着者の動きを支援するアシストスーツの一種だ。同社は14年に販売を開始し、累計で4000台以上を出荷している。
マッスルスーツの機構を考案した創業者で東京理科大学の小林宏教授は、介護現場でスタッフが腰痛に悩んでいる状況をなんとかしようと考え、開発に着手したという。十数年かけて最初のモデルを完成させ、その後小型軽量化や低価格化した新モデルを毎年のように発表している。
動力機構には空気圧を利用している。また補助力を生み出すためには、「McKibben型人工筋肉」を使っている。1957年に、米国の原子核物理学者ジョセフ・マッキベン氏が小児まひを患う娘のリハビリのために考案したものだ。
装着者が上半身をかがめて荷物を持ち上げようとすると、人工筋肉が収縮すると同時に、人工筋肉につながったワイヤが引っ張られる。これで、ももパッドを通じて上半身を起こす方向へと回転力が生まれる仕組みだ。
取材のためイノフィスを訪問した際、同社の古川尚史社長に「説明を聞くより、まず着てほしい」と促され、筆者はマッスルスーツを使ってみたことがある。直立しているだけなら、少し重めのリュックサックを背負っているのと感覚はあまり変わらない(マッスルスーツの重さは約5kg)。ところが、いったんしゃがんで上半身を起こしてみると、わずかにぴょんと跳ねるような感覚が得られた。
さらに20kgの袋を持ち上げてみると、パワーアシストにより持ち上げることができた。マッスルスーツを脱いでもう一度やってみると、今度は袋の重さがずしりと腕や肩にかかりうまく持ち上げられなかった。
効果を最も感じたのは、中腰姿勢の状態だ。腕をだらんと下に垂らして前かがみで脱力してもとても楽に姿勢を維持できた。「ベッドに寝ている人を介護する際、介護士はずっと中腰のまま作業をしている。長時間中腰の姿勢を取り続けると腰痛になりやすい」(古川社長)。
最近は製造、物流、建設などさまざまな業界で活用されるようになり、重労働の作業効率の向上や腰痛による欠勤・休職の防止などに役立っているという。
古川社長によれば、マッスルスーツは「実質的にメンテナンスフリー」である点にも特徴があるという。「製品が壊れにくいからだ。なぜかというと、歯車ではなく滑車を使っているため。歯車は、何度も回したり、急に勢いよく回したりすると歯欠けが起こる。通常の装着型ロボットはモーターで歯車を回しており歯欠けが避けられないので、一定の頻度で部品交換する必要がある。ところがイノフィスはモーターも歯車も使っていない。歯欠けが原理的に起きないわけだ」
センサーに頼らないデータ取得法もある
第4回では、「データ起点サービスを構想できるか」かどうかが、ビジネスの成功のカギを握ると述べた。実はイノフィスの製品には、データを取得するためのセンサーも、ソフトウエアも埋め込まれていない。システムを複雑にする要素を極力排し、そもそも故障しにくい設計思想の基に作られているためだ。
ただ、違う形で同社は重要なデータを取得している。「直販をしているので、営業活動の中で利用者の声を聞いている。買った後に定期的に訪問し、意見を聞き、さまざまな改善点について指摘してもらっている」(古川社長)。利用者が寄せる意見や指摘こそが、同社にとって最も貴重なデータなのだ。
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