別の部屋にいる人物の視点を操作

 ソニーコンピュータサイエンス研究所副所長で、東京大学大学院情報学環教授の暦本純一氏も著名な研究者である。暦本氏の研究室で開発されたものの中に「フライング・ヘッド」と呼ばれるシステムがある。

 このシステムでは、ヘッドマウントディスプレーを装着した人の動きに合わせて、ドローンを操縦できるので、装着者が頭を右(左)に向ければドローンも右(左)を向き、装着者がしゃがめばドローンも高度を下げる。頭をぐるりと回せばドローンのカメラを通して自分の姿を見ることもできる。装着者はまるで自分がドローンに乗り移ったような感覚を得られる。

 「ジャックイン・スペース」と呼ばれるシステムでは、大型スクリーンに囲まれた部屋にいる人物(ゴースト)が、別の部屋にいる複数の人物(ボディー)の視点を切り替えながら、その部屋を見わたせる。ボディーは頭部に360度カメラを装着して周囲の風景を撮影する。その映像はゴーストのいる部屋の大型スクリーンに映し出だれるが、あらかじめボディーの向きを打ち消すように映像が補正されているため、ゴーストは自分の思い通りにボディーのいる位置から周囲を見ることができる。

 ゴーストが他のボディーに移るときは、部屋の随所に設置された米マイクロソフト(Microsoft)製「キネクト」によって作られる3次元CGから部屋全体を俯瞰(ふかん)する。これによってゴーストはあたかも元のボディーを抜けでて、部屋の天井当たりを漂う、文字通りゴースト(幽霊)のような視点で部屋を見わたし、次に乗り移るボディーを選ぶことができる。暦本氏は、このシステムの応用としてスポーツのトレーニングを想定している。コーチの視点で自分の動きを見たり、プロ選手の視点を体験したりすれば非常に教育効果が高いだろう。

「人機一体」とは

 稲見氏も暦本氏も、研究室のスローガンとして「人機一体」を掲げている。騎手と馬の心が1つであるかのように巧みな連携をすることを「人馬一体」と言う。それと同じように人と機械とが1つにつながって一体的に動く状態が人機一体である。人機一体と呼べるほど人と機械とが密に連携できれば、機械の拡張がそのまま人間の拡張になる。

 前出のEYQによるリポートは、人間拡張テクノロジーの普及によってわれわれは「人間であるとはどういうことなのか、再定義する必要に迫られる」と述べている。ここまでに紹介してきた稲見氏、暦本氏らの研究成果を見れば、そろそろ人間の再定義について考え始める必要があることを納得していただけると思う。

 人間の定義が変われば、個人も、社会も、経済も変わる。既存のビジネスは通用しなくなり、新たなビジネスが求められるようになるだろう。しかし今の段階では新たなビジネスの具体像が見えているわけではない。本連載では、研究者、起業家、投資家などへのインタビューを通じて、人間拡張テクノロジーがどんな破壊と創造をもたらすのか探ってみたい。

(撮影/撮影:Ken Straiton(光学迷彩)、
写真提供/東京大学 稲見・檜山研究室 & KEIO MEDIA DESIGN(Fusion))