人間拡張の活用で日本に2つの利点

 われわれは日本には2つの利点があると考えている。

 まず、日本には人間拡張テクノロジーを求める土壌がある。

 一国の経済成長を左右する2大要因は、生産年齢人口(15歳から64歳までの年齢に該当し、労働力の主体となる年齢層の人口)と生産性である。日本では少子高齢化が進んだ結果、生産年齢人口は1995年にピークを迎えた後、減り続けている。この減少傾向は今後も続くと予想されており、現在の生産年齢人口は約7484万人(2018年1月、総務省発表)だが、2040年には5978万人、2065年には4529万人となると推計されている(国立社会保障・人口問題研究所が2017年4月に発表した「日本の将来推計人口」による)。

 外国人労働者の受け入れ拡大、女性や高齢者の活躍推進など、今、生産年齢人口の減少分を補うための施策が急ピッチで進められている。制度改革や意識改革も進んでいる。しかし本当に必要なのは、生産性の向上である。生産年齢人口が減るなら、1人が2人分、3人分の仕事をする、すなわち1人当たりの生産性を向上させる他ない。従って、人間の身体能力、知的能力を伸ばす人間拡張テクノロジーが日本で受け入れられる可能性は高い。

 日本には、人間拡張テクノロジー分野における有力な研究者が複数人いる。これが日本の利点の2点目である。

 例えば国際学会誌「Augmented Human Research」の編集主幹を務める東京大学先端科学技術研究センター教授(身体情報学分野)の稲見昌彦氏。稲見氏は「光学迷彩(透明マント)」の研究で世界的に知られる。同研究は2003年に米国のTIME誌による「最も優れた発明(Coolest Invention of the Year)」に選出された。

稲見昌彦氏の研究「光学迷彩(透明マント)」。人物が背景に溶け込んだように見える
稲見昌彦氏の研究「光学迷彩(透明マント)」。人物が背景に溶け込んだように見える

 光学迷彩の実現に必要な主な道具は再帰性反射材、カメラ、プロジェクター、ハーフミラー(マジックミラー)である。再帰性反射材とは、入射した光を散乱させることなく、入射した方向にそのまま反射する素材である。カメラは、この素材でできたマントを身に着けた人物の背景をリアルタイムで撮影する。そのデータはコンピューターで補正され、立体映像としてプロジェクターで映しだされる。

 プロジェクターが投影する映像はハーフミラーによってマントをまとった人物へ送られる。その映像はマントで反射され、ハーフミラーを通して、観察者に届く。観察者の目は、カメラが撮影した背景の風景と、マントをまとった人物の映像を重ねて捉えるので、あたかも人物が背景に溶け込んだように見える。

 2018年8月には、遠隔共同作業システム「Fusion」を発表した(東京大学と慶応義塾大学の共同研究)。Fusionは一種の二人羽織である。普通の二人羽織では、袖に手を通さず肩に羽織を引っかけているだけの人に対して、もう1人がその羽織に袖を通して、前の人の背後から両腕を出す。こうして1人の体のように見えて実は2人の体から前後に重なっている状態を作りだすのである。

 Fusionでは、ロボットアームやカメラからなるウエアラブルロボットが羽織に当たる。このハイテク羽織を1人が背負うのだが、操作するのは遠隔地にいるもう1人の人物である。

稲見昌彦氏の研究である遠隔共同作業システム「Fusion」
稲見昌彦氏の研究である遠隔共同作業システム「Fusion」

 このシステムは、地理的に離れた場所にいる2人が、体を介して共同作業をしたり、あるいは技能の習得に役立てたりすることを想定して開発されている。何かの作業の仕方について自分から離れた場所にいる誰かに教えようとするとき、例えば電話を使った口頭説明だけではうまく伝えられないことがある。そのような場合でも、Fusionを使えば、口頭説明だけでなく、ロボットアームで適宜指さしたり、相手の手を取ったりして、身体的に情報を伝達できる。

 稲見氏によれば、教師役を務めるのは1人である必要も、人間である必要もないという。例えば遠隔地にいる複数の外科医が1つのウエアラブルロボットを操って高度に精密な手術のサポートをしたり、ロボットが人間に何らかの技能を身動きを通じて教えたり、逆に人間がロボットに教えたりできるようになるかもしれない。