日本各地に伝わる郷土玩具で今、最も手に入りにくいものの一つが、福岡県福津市に江戸時代から伝わる津屋崎(つやざき)人形だ。工房の数は徐々に減少し、現在、わずかに2つの工房が残るのみ。いわば“絶滅の危機”にあった。ところが、今や人気沸騰。在庫が底をつき、需要に供給が追いつかない。

高さ約15センチメートル。筑前津屋崎人形巧房の「ごん太」。3800円(税別、工房価格、以下同)
高さ約15センチメートル。筑前津屋崎人形巧房の「ごん太」。3800円(税別、工房価格、以下同)

 きっかけは、筑前津屋崎人形巧房の「ごん太」や「モマ笛」が、2018年にテレビ番組で取り上げられたこと。だが、人気の理由は、単にメディアに取り上げられたからだけではない。売れる下地は、デザイナーの手によって、それ以前から整っていた。

吹くと「ホーホー」と鳴る、フクロウをかたどった土笛「モマ笛(大)」1200円
吹くと「ホーホー」と鳴る、フクロウをかたどった土笛「モマ笛(大)」1200円

 15年、福津市役所から連絡を受けたのが、福岡を拠点に活動するなかにわデザインオフィスだ。高齢となった7代目人形師が1人で作る、筑前津屋崎人形巧房のブランディングが依頼の内容だった。依頼を受けた中庭日出海氏は、補助金のある1年間で取り組むべき目標を「販路開拓」に設定。東京で開催される見本市出展を目指した。

2016年の東京インターナショナル・ギフト・ショーに出展。新商品と既存の人形を並べて展示した(写真提供/なかにわデザインオフィス)
2016年の東京インターナショナル・ギフト・ショーに出展。新商品と既存の人形を並べて展示した(写真提供/なかにわデザインオフィス)

販路開拓を中心とした新商品

 見本市では、新製品がなければ相手にされないが、逆に言えば、新商品があれば既存の商品の訴求も可能だ。そこで、販路開拓をしながら、既存商品をアピールする役割に位置付けて開発したのが新商品「津屋崎ピンズ」だ。これは、洋服やバッグなどに取り付けるアクセサリー。半球状の曲面に絵付けすることで、筑前津屋崎人形巧房の絵付けの技術力の高さを伝えるという役割もあった。

津屋崎ピンズは9種類。「青海波」「蜻蛉」など、縁起が良い伝統文様を描き、絵付けの技術力を伝える役割も担う。各1500円
津屋崎ピンズは9種類。「青海波」「蜻蛉」など、縁起が良い伝統文様を描き、絵付けの技術力を伝える役割も担う。各1500円

 1つの津屋崎ピンズには、1色しか使わないのも工夫した点だ。絵付けは、色数が多いほど手間がかかる。小さなピンズには、作る手間を減らし、逆に既存商品よりも単価を高く設定する狙いもあった。そのためにピンズは当初から価格を1500円にした。中庭氏は、「そうすれば、作り手が積極的に作りたくなる商品になる」と言う。

筑前津屋崎人形巧房で絵付けされる「津屋崎ピンズ」
筑前津屋崎人形巧房で絵付けされる「津屋崎ピンズ」

 中庭氏は、商品企画や商品デザイン、パンフレット制作などを手掛ける一方で、「1つ作るのにどのくらい日数がかかるか」「一度に何個作れるか」といった聞き取りを通じて、既存商品についても価格改定のアドバイスを行った。例えばモマ笛の価格は、10年ほど前まで500円だったが、それでは利益は残らない。ピンズが1500円でも支持されたのを見て、モマ笛の価格も徐々に引き上げて、今の1200円になった。収益性の改善もまた、津屋崎人形を残すために欠かせない条件だった。

 7代目人形師の原田誠氏の息子であり、筑前津屋崎人形巧房の原田翔平氏は、「以前から、家族として『値上げをしたほうがいい』と伝えてきたが、聞き入れられなかった。外部からの的確なアドバイスには耳を傾けやすい」と語る。翔平氏は、見本市へ出展した際は公務員として働いていたが、その後、徐々に取り扱い店舗が増えるなどした状況に可能性を見いだし、家業を継ぐ決意をした。筑前津屋崎人形巧房の後継者として、現在は工房でモマ笛の制作や情報発信などを担当している。

 福津市では、津屋崎人形が注目されることで観光客数が増加した他、この地で300年以上続く祭り「津屋崎祇園山笠」の山飾りを制作できる人形師の後継者誕生に、大きな手応えを感じているという。

福岡を拠点に活動する、なかにわデザインオフィス代表の中庭日出海氏
福岡を拠点に活動する、なかにわデザインオフィス代表の中庭日出海氏
ここがPOINT
新商品の役割を「販路開拓」だけでなく、「既存商品のアピール」に定めたこと。作り手の多くは値上げに消極的だが、小さな新商品が1500円で売れることが既存商品の価格改定を後押しした。収益性改善は、工房存続に欠かせない条件だ。

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