2020年11月10日に開催したオンラインセミナー「第19回日経クロストレンド・ミートアップ」では、佐藤尚之氏と津田匡保氏による共著『ファンベースなひとたち』(日経BP)の発売を記念し、書籍の中でファンベース実践事例として登場する読売巨人軍とイケウチオーガニックの「中の人」が登壇。なぜファンベースに取り組んだのか、そこで得た学びなどについて語ってもらった。
ファンベースとは「ファンを大切にし、ファンをベースにして中長期的に売り上げや価値を上げていく考え方」のこと。このファンを第一に考えた姿勢が、顧客に長く愛される秘訣として注目されている。この考え方から新たな気づきを得て、課題解決につなげている企業の1つが、プロ野球チームの読売巨人軍だ。
読売新聞東京本社の原田隼人氏によると、試合の勝敗でファンの満足度が変わる傾向があり、チームの調子が悪いときにファンとどう向き合うかが課題だったという。
「サービスごとに顧客を限定してしまう環境があった。チケットを買ったお客様とグッズを買ったお客様が同一人物であるケースもあるが、各サービス担当者はそれぞれを別の顧客として見ていたことにも課題に感じていた。チームをずっと支え続けてくれているファンが、本当に望んでいることをやりたいと思っていた」(原田氏)
そこで、巨人ファンは何を思い、どのような行動をしているのかをしっかり調べ、データを見える化しようと決意。複数の調査を行い、顧客の継続利用意向を知るための指標であるNPS(ネット・プロモーター・スコア)と購買行動との相関や、さまざまな接点の洗い出し、満足度などを定量的にデータ分析していった。それと並行して、巨人ファンはどんなことを考え、どのような背景でファンになり、何を望んでいるのかもしっかり見ることで、改善すべきポイントなどを探っていったという。
「NPSなどのデータを見ることで、チケットやグッズ、ファンクラブの有料会員などの購買行動すべてと相関があったという確認が取れた。ただ、NPS自体はそのときの試合の体験や過去の経験に基づくその時点の感情にすぎない。先々はどうなるのか、未来に向かって我々と付き合っていきたいと思ってもらえるのか、もう少し深掘りしたいという思いがあった」
そこで原田氏は、ファンミーティングを行うことを選択した。ファンミーティング自体は、読売巨人軍がすでに所持しているアセットを活用。イベントの参加状況やアンケートのコメントを参考に、コアなファンを選定して実施した。当日は集合時間よりも早く到着したファンに対し、一般販売していない特別シートに座って選手の練習する姿を見てもらったり、通常は入れない部屋に入って、選手のウオーミングアップ風景を楽しんでもらったりしたという。
「グラウンドに下りたり、ベンチに入ってもらったりした他、思いがけず選手から手を振ってコミュニケーションを取ってもらったことでファンが盛り上がった。自分たちにとって『当たり前にあるもの』でも、それを組み合わせてファンに提供することで、特別な体験になることに気づかされた」(原田氏)
ファンミーティングでは、「巨人の好きなところ」をテーマに、「昔から好き」「ここ2、3年で好きになったファン」など、熱量が近い人同士をグルーピングして語り合ってもらった。「全体を通して、ファンの人たちは巨人を体現してくださっていると感じた。集合時間より前に来ることもそうだが、優しく礼儀正しくて真面目な人が多い。また、ファンと直接触れ合うことで『好き』という気持ちや『ありがとう』という言葉をド直球に投げてもらえて、我々も心が温かくなり、背筋が伸びただけでなく、『ファンは味方なんだ』ということに改めて気づけた」と原田氏は語る。
お客様との接点を大事にしたい
オーガニック素材にこだわった極上タオルで知られるイケウチオーガニックも、ファンベースを実践している企業の1つだ。イケウチオーガニックは、ファンや顧客を大事にする社風がある。と言うのも、18年前、取引先の倒産のあおりを受けて会社が倒産しかけた際に、顧客から「あと何枚タオルを買ったら会社が存続しますか?」という問い合わせが殺到。ファンを大事にしながら再起を果たしてきた経験があるためだ。
イケウチオーガニック営業部部長の牟田口武志氏は、「コアなお客様に喜んでいただくためには、何ができるかを最初に考えた」と言う。「タオル職人や社員のインタビューをしてサイトに掲載したとき、コアなお客が非常に喜んでくれた。タオルを作っている職人に会いたいという声がコアなファンからたくさん届き、『今治オープンハウス』というファンイベントを17年から開始している。参加費は8000円で、今治までの交通・宿泊費も自腹にもかかわらず、日本全国から毎回40人程度が参加してくれる」(牟田口氏)。
このイベントでは、普段は見せることがない工場の中を見学したり、皆で織ったタオルをサプライズでプレゼントしたりした。「ファンが喜んでくれ、TwitterやFacebookなどで熱量のある言葉で発信していただけた」(牟田口氏)。
その後、このファンイベントをもっと広げるために、情報発信を強化するべくnoteを活用してモノづくりのこだわりや、タオルの洗濯の仕方などを発信。また、取引先企業でイケウチオーガニックの熱烈なファンがいることに気づき、19年2月に立ち上げたオウンドメディア「イケウチなひとたち」で、その愛を語ってもらったところ、徐々に口コミが広がっていったという。
「メディアを通して商品自体や人材採用の問い合わせが増えた。お客様から質問が来てコミュニケーションが生まれただけではなく、記事が拡散されたりもした。ファンベースの取り組みは、直接的に売り上げがアップする以外でも様々な観点から好影響がある」(牟田口氏)
口コミというと、狭いコミュニティーの中で盛り上がることと思いがちだが、そうではない。佐藤尚之氏は、「このご時世に用語としては刺激が強いが……」と前置きした上で、イケウチオーガニックのような現象を「感染」と解説する。「熱量の濃い感染者(コアファン)が、小さいクラスターを発生させていく。その中でまた感染して、その人がまた違う場所でクラスターを作るといった現象が最近起こっている。これからの時代、ファンの熱量は非常に大事になる」。
ファンベースを成功させるには何が必要か
では、ファンベースを成功させるためには何が必要なのだろうか。牟田口氏は「担当者だけがファンベースを取り入れようと考えるのではなく、会社全体で『お客に喜んでいただくために何ができるか』を考えることが一番大事」だと説く。
「当社の場合は、社長も会長もファンを大事にする姿勢があったため、説得に苦労することはなかった。それは当社のトップがお客様と触れ合う機会が多く、接客やイベントなどで直接話すことでどのようなニーズがあるのか、ファンの熱量を実感できる経験があったから」(牟田口氏)
原田氏も、「個人個人をしっかり見つめるという実体験をすることが大事」だと話す。「今までは、球場に数万人規模のお客様がいらっしゃる環境が当たり前だった。しかし、それを数ではなく、目の前にいる個人として意識し、その人が仲間だと実体験できる場をつくることが非常に大切。実際にファンが求めていることを施策に落とし込み、良い反応を得るという小さな成功体験の積み重ねも必要」(原田氏)。
とはいえ、闇雲にファンベースを取り入れるのは危険だ。ネスレ日本でコーヒーのオフィス向け定期宅配サービス「ネスカフェ アンバサダー」を成功に導いた経験を持つ、ファンベースカンパニー社長の津田匡保氏は、「ファンベースはあくまでも1つの考え方。ファンベースを『目的』としてはいけない」と警鐘を鳴らす。
「イケウチオーガニックさんのように、ファンベースを目的とするのではなく、最初にお客様とどんな関係性をつくりたいのかというビジョンが必要。コロナの影響で多くの企業が様々な見直しを図っていると思うが、今こそ5年後、10年後にどうなっていたいかを考えるといい」(津田氏)
佐藤氏も、「ファンの感情を扱うのがファンベースだから、とにかくファンを見続けること。ファンは時代や環境によって少しずつ変わってくるので、ファンを見続けるしかない。ファン全員に会う必要はなく、『濃いファン』の気持ちを深く理解して、感情をつかむことがポイント」と結んだ。
ファンと共に歩んだ企業10の成功ストーリー』

本書では、さとなお氏による漫画版ファンベース最新解説に加えて、ファンベースに試行錯誤しながら取り組んでいる 「ファンベースなひとたち」の実践例を漫画と対談形式で紹介していきます。「中の人」はどんな思いで、どんな苦労を積み重ねながらファンと共に成長の道を歩んでいるのか――。漫画と対談で分かりやすくひもとき、最新の「実践ファンベース」をこの1冊で学べます。
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