日経クロストレンドが開催する有料会員限定のセミナー「日経クロストレンド・ミートアップ」。14回目となる2020年6月24日は、「コロナ禍で激変 『事業創造型マーケター』の時代がやって来る」をテーマに、ウォンツアンドバリュー代表の永井孝尚氏が新型コロナの影響を力に変えられる強いマーケターについて語った。
今、イノベーションの芽が出始めている
新型コロナウイルス感染症拡大を受け、世界中が危機にひんしている。外出自粛によってリモートワークが推奨されるなど、働き方を含め生活が様変わりしたという人も多いだろう。そして今、私たちの生活だけでなく、ビジネスにも変化が生まれている。
新型コロナの流行で目まぐるしく状況が変わった20年3~4月には、コロナ禍で新しく生まれた需要に対応するサービスや既存のデジタルを活用したものなど、さまざまなビジネスに変化が生じた。これを永井氏は「イノベーションの種」だと主張する。
そもそも「イノベーション(革新、新機軸)」とは、異質なもの同士の新結合のこと。混同されがちなのが「インベンション(発明)」だが、両者は似ているようで違う。例えば、ジェームズ・ワットは蒸気機関を発明した。それまでの時代にはない画期的な技術だが、これだけで世の中は変わらない。この蒸気機関と鉄の車輪、鉄のレールを組み合わせて生まれた「蒸気機関車」こそがイノベーションで、蒸気機関車が生まれたことで輸送力が向上し、人々は活発に行動するようになって社会を豊かにした。
このように、既存知と既存知を組み合わせて新しいものを生み出すことがイノベーションだ。ただ、イノベーションは創造的破壊をもたらすという。蒸気機関車の場合、それまで主な移動手段だった駅馬車が淘汰された。そして新しいものが生まれて世の中はより便利になる、この繰り返しで人類や技術は進化している。イノベーションの核となり、価値を創造する人物を「アントレプレナー(起業家)」と呼ぶ。彼らが経済構造を革命して世の中は進化している。
とはいえ日本では、1990年代初頭以降、経済成長が伸び悩んでいる。それはイノベーションの不発が原因だと、永井氏は分析する。
「1990年まではソニーやホンダ、キヤノンのレーザープリントなどをはじめ、世界の経営の教科書に載るようなさまざまなイノベーションが起きていた。日本は世界のGDPの約17%を占めていたが、19年は世界全体で5.9%とバブル期の3分の1しかない。世界的なイノベーションも90年代以降は、なかなか生まれなくなってしまった。日本はイノベーションが起きなかったために、経済成長ができなかったのではないかと考えている」(永井氏)。
これまでの日本はさまざまな“しがらみ”があり、イノベーションが起こせなかった。しかしコロナ禍によって生活様式が変わり、満員電車や対面での会議、はんこや稟議(りんぎ)などのしがらみも取り払われてイノベーションを起こしやすくなっていると永井氏は続ける。「何よりも重要なのは、会社を存続させようにもお金が入ってこないことだ。今こそ企業は見方を変えてイノベーションに取り組むべきだ。起業家マインドとマーケティングマインドをあわせ持つアントレプレナーマーケターが活躍する時代になった」と永井氏は強く主張する。
まずは「やってみる」のがイノベーションの第一歩
では、アントレプレナーマーケターになるためには何をすべきなのか。「現場にいるビジネスパーソンなら、現場でビジネスの種を見つけることが大切。顧客の困りごとを見つけて具体的な解決策を考え育てる。それを現場で実践し、顧客が喜んでいることをエビデンスとして上司に伝えれば新しい事業の説得ができる」(永井氏)
では、管理職のマネジャーは何をすべきか。従来のマネジャーは「何かよいアイデアはないか考えて」と部下に指示を出しがちだが、これでは今の時代は何も起こらない。「『私が責任取るから何かやってみて』と言うべきで、部下を信じて仕事をすべて任せるのが大切だ」と永井氏は主張する。というのも一昔前なら1~2カ月で変わっていた状況が、コロナ禍では1~2週間で大きく変わっている。今や現場こそイノベーションの宝庫だ。現場を一番分かっている担当者がリアルタイムに動かないと、イノベーションを生み出すことはできないのだ。
経営者の多くは、コロナ禍に限らず日ごろから「社内に起業家を育てたい」「個人が成長することで会社の成長につなげて、新しい事業をつくりたい」と考えているはず。「全社一丸で」「仕様を標準化してイノベーション起こす仕組みをつくって管理しよう」と考えがちだが、これは間違いと永井氏。
「イノベーションは異質なものの組み合わせであり、まったく違うものを組み合わせるわけだから多様性が必要。また、打ち合わせでお互い事前に考えていたことを話しているときに考えもしなかったことが結論として導き出される『創発』が起きることがあるが、イノベーションにはこの創発が必要不可欠。イノベーションは管理不能なので、マネジメントすることはできない」(永井氏)
そこで大切なのが、イノベーションを生む環境を整えることだと永井氏は提言する。
「さまざまな業界・企業でワークショップや研修を行うが、どの企業内にもイノベーションのもととなり得る隠れた宝の山がある。ワークショップ後のアンケートでは『他の事業部がこんなことしていると知らなかった』という声が多く、大企業ほど他の事業部の取り組みを理解していない傾向がある。サイロ型組織で社内横断型の研修を実施すると横のつながりができて、社内で新たなイノベーションの種を見つけやすい」(永井氏)
こういったことをきっかけに有志メンバーを集めて、組織横断型のイノベーションチームをつくるとうまくいく。組織のサイロを崩せるのは経営者しかいないので、社内の多様性を生かしてイノベーションを起こしやすい環境を整えるべきなのだ。ただし、イノベーションの成功確率は低い。だからといって失われた30年のようにイノベーションへの挑戦を断念するのではなく、成功確率が低くても続けていかないと企業は存続できないのだ。
若者、女性、外国人がキーパーソン
イノベーションを生み出しやすい人物は、「異質な考え方や視点を持っている人」だ。慶応義塾大学の井関利明名誉教授は、新しい時代を担うのは若者や女性、外国人だと話している。若者はデジタルネーティブであり、インターネットに強い人が多い。女性はマネジメント能力が高く、考え方も右脳思考している人が多い傾向がある。外国人は、日本人にとって当たり前の空気が異質に見えるため、日本の特殊性が見える。「この3つはあくまでもタイプなので、私のような“日本人のおじさん”であってもこの3タイプの要素があればよい」と永井氏は言う。
経営にもポイントがある。それがスタンフォード大学経営大学院のチャールズ・A・オライリー教授が提唱する「両利きの経営」だ。「イノベーションを起こすための『知の探索』と既存事業を成長させる『知の深化』が重要。イノベーションは成功すれば会社の力になるが、芽を見つけるのは効率が悪く成功確率が低い。だからこそ試行錯誤して失敗から学ばなければならない(知の探索)。だが、ある程度イノベーションが起こったらそれを成長させていくために今の資産を利用し、組織能力を活用して仕組み化を図り、効率を徹底追求していく(知の深化)。しかし両者は正反対の考え方なので、両立は難しいのが現実だ」(永井氏)
両立させるには組織のビジョンを全員が共有して、それに沿って進んでいくことが重要だ。必要なことはイノベーションの種を見つけ育て、事業化して成長させるプロセスを理解することだという。
永井氏は、「アフターコロナの今こそ知の探索のチャンス。今は既存事業を伸ばすのが厳しい企業が多い。売り上げが上がらないのであれば『知の探索』にフォーカスしてイノベーションの芽を探せば、ビジネスのチャンスが見つかるかもしれない」との企業の背中を押した。また、現場活躍するマーケターには「できない理由を探すのではなく、やる方法を探すことが大事。まず自分自身が動くべきだ」(永井氏)とエールを投げかけセミナーを締めくくった。