日経クロストレンドが開催している有料会員限定のセミナー「日経クロストレンド・ミートアップ」。第10回となる2020年1月27日は「広報&PRが明かすメディア・SNSとの付き合い方」をテーマに、企業の広報を担当してきた識者を招いて対談を行った。
近年、TwitterやInstagramなどのSNSやYouTube、Web媒体などさまざまな手段で誰もが情報を発信できるようになった。企業はイメージアップやブランド力の強化を目的に、情報発信をすることを重要視している。一方で、それらを担当する企業の広報部の中には不安や悩みを抱えている人も少なくない。
NECパーソナルコンピュータ広報部長の鈴木正義氏とDoen代表取締役の遠藤眞代氏が登壇し、両氏が執筆する連載「風雲!広報の日常と非日常」の記事を中心に、メディア・SNSとの付き合い方を語った。
広報は編集部に「原稿を確認させてください」と言うが、実際は?
この連載で特に人気だった記事が、「『原稿確認させてください』と編集部に言うと何が起きるのか」だ。
取材記事ができるまでの流れが下図だ。企業にマスコミが取材に来ると、広報部が窓口となり、情報のやり取りが生じる。基本的に広報がコントロールできるのは、下図の黄色の矢印部分である企業内のみ。つまり、赤い矢印部分で扱う情報はすでに企業広報の手を離れており、コントロールできない情報なのだ。だからこそ広報は、取材対応前にできるだけ情報を準備・整理し、社外に出すように努めている。
広報部は“会社の宣伝部”のような立ち位置でもあるため、自社のイメージダウンになるような記事は避けたいとこだろう。上層部などから「なぜこんな記事が出たのか」「マスコミをコントロールできていないのではないか」と言われたくないし、マスコミには「悪く書かないでほしい」というのが本音だ。そのため、取材を受けた後に「原稿を確認させてください」と言う広報もいるようだ。
基本的にメディアは原稿のチェックを受け付けない
しかし、事前の原稿チェックをさせてもらえないのが現状だろう。というのも、報道機関には何を書くかについての方針を独自に決定できる「編集権」があるためだ。 憲法で保障されている表現の自由があり、広報が事前に記事を確認できないのが基本なのだ。
メディア側の代表として登壇した、日経クロストレンド編集長の吾妻拓も「原稿の確認は原則できない。結果として、(「記事を確認させてください」と言われても)日経クロストレンドでは何も起こらない、見せられないのが実情だ」と話す。
原則確認は不可といっても、「数字などの事実関係はもちろん確認する」と吾妻。例えば、取材から1カ月後など日にちが空いて記事を公開する場合などは、数字が変わっている場合があるので、編集部から先方に確認することもある。
つまり、基本的に企業側が確認できるのは事実関係のみで、原稿全体をチェックして「こう書き直してほしい」と広報が編集部にお願いしても効果は期待できないのだ。この確認できないかとの問い合わせについて、吾妻は「紙媒体よりもWeb媒体のほうが(原稿チェックや修正依頼が)多いのではないかと感じている」と言う。
例えば新聞は毎日発行されており、翌日には売り場からなくなるため、影響力はその日のうちというケースが少なくない。しかし、Webの場合は長い期間掲載されていたり、検索したりもできる。だからこそ、企業側が意図しないことが書かれてしまうと大変だと懸念する広報が多いのだろう。
成功した記事とは何か?
しかし、「アクセスを伸ばしたりバズらせたりするためにも、広報は報道機関の編集権を尊重すべきだ」と鈴木氏は主張する。報道機関の記事は、同じアクセス数だとしても、その公平性から広告より価値がある場合もある。一昔前は、発行部数の多い媒体に掲載されることや掲載された媒体数で、広報活動が成功したかどうかを判断していた。しかし最近は、SNSの登場によって1本の記事がどれだけ拡散されるかも重要視されるようになっている。
「10本の平凡な記事がニュースに出るよりも、1本の跳ねた記事が出たほうが成功したといわれている」(鈴木氏)。では、拡散される記事とはどのようなものか。読者の関心を引く驚くべき内容が書かれていることはもちろんだが、「記事化が信用できるメディアに掲載されることが重要。『あそこが書いているなら信用できるよね』というメディアの信頼性が、拡散のエネルギー源になっているのではないか」(鈴木氏)。
そのためには、やはり報道に独立性がなければならないというのが鈴木氏の意見だ。「チェックをさせてくださいと言っても、聞いてもらえないことにむしろ価値がある。商品宣伝などをゴリ押しするのが広報の仕事ではなくて、価値のある編集記事を作ってもらうためのお付き合いの仕方を考えるべきだ」と鈴木氏は強調する。
外資系ならではのKPI
次いで人気となった記事が、「外資系ならではの悲哀 『KPI未達』の引き金となる日本の記事」だ。鈴木氏によると、外資系企業はたとえ日本法人であっても海外本社のルールが適用されるケースが多く、文化の違いで生じる日本と外国の記事のテイストの差異によって低く評価されることがあるのだという。
KPI(重要業績評価指標)として設定されるものの1つに、カバレッジリポートがある。つまり記事のクリッピング数だ。先に述べたように、紙媒体の場合はその媒体の発行部数や掲載数で広報業務の成果を割り出していたが、「今は1本のWebの記事の拡散力が重視されるので、(このKPIは)あまり意味がなくなってきている」(鈴木氏)と言う。
気を付けたいのが、記事のトーンだ。外資系企業の広報は掲載された記事を「ポジティブ、ニュートラル、ネガティブ」に分けてセンチメント(感情)評価を行い、ポジティブな記事にこだわりがちだ。しかし、日本の記事は淡々としており、ニュートラルに書かれていることが大半。そのため、鈴木氏は「私が見ている限りネガポジ分析はそこまで気にしなくてもいいのでは」と見解を述べる。
日本の記事は、海外のように必要以上に褒めることはあまりしない。ネガティブ、ポジティブな内容に関係なく、「なるべく客観的な視点に立って良しあしを判断できる形に持っていくように心がけている。そのため、さまざまな角度から見て、ビジネス上の課題なども書くことでより客観性を持たせ、読み手に多様な視点を提供することを大事にしている」(吾妻)。
ただし公平中立とはいえ、最近はニュートラルな記事ばかりで、商品の良しあしの判断がつきにくくなっているケースも多い。そのため日経クロストレンド副編集長の酒井康治は「編集者の力量にもよるが、意図的に熱を込めているように書いたり、特定の話題に絞って書くなどして仕掛けるときもある。ただ、それはファクトが前提になるので、事実の中でどれを重視して書くかが腕の見せどころだ」と語る。
また遠藤氏は、広報に課されるKPIによっては、広報活動が怖くなってしまうのが課題だと主張する。広報担当者が一生懸命動いても記事にならなかったり、頑張ってもネガティブな記事が出てしまったりして、そのような経験が積み重なると広報活動が怖くなる人が多いためだ。
「下手に動くと評価が下がるかもしれないから、とりあえず部署が用意したプレスリリースだけメディアに出す。怖くてトライ&エラーができないという人が多い」と遠藤氏は感じていると言う。カバレッジリポートやネガポジ分析ばかり気にすると、結果主義になってしまう。広報の仕事は、結果が出ないことが非常に多いため、「地道な広報活動自体を企業のトップが行ったり、広報部門のトップがその性質を理解して担当者を評価したりすることが重要だ」(遠藤氏)と語った。
では、どの状態になれば広報活動が成功したと判断できるのだろうか。鈴木氏は、“うまくいったと実感すること”だと話す。「これだけ(商品などが)テレビに露出したし、道行く人もみんなサービスを知っているなど、広報担当者自身が実感していれば成功しているということ。その状態になればこれ以上その案件に時間をかける必要はないし、次の(商品やサービスの)広報をすればよい」(鈴木氏)とアドバイスした。
(写真/花井智子)