日経クロストレンドは2019年10月30日、会員向け無料トークイベント「日経クロストレンド・ミートアップ」の第7回を開催した。テーマは「『ファンベース』とは何か? ~顧客に長く愛される、たった1つの方法~」。当日は「さとなお」の愛称で知られる佐藤尚之氏と、「ネスカフェ アンバサダー」を大成功に導いた津田匡保氏が登壇した。

 「ファンベース」とは、佐藤尚之氏が提唱する考え方で、企業やブランドが大切にしている価値を支持する生活者を「ファン」と位置付け、そのファンをベース(土台、支持母体)に中長期的な売り上げや企業価値の向上につなげていくというもの。本イベントでは、佐藤氏と津田氏がファンベースの重要性や実践する上でのポイントを語った。

ファンベースカンパニー チーフファンベースディレクター 佐藤尚之氏
ファンベースカンパニー チーフファンベースディレクター 佐藤尚之氏

ソニーも「ファンベース」にかじを切った

 最初に佐藤氏が語ったのは、今の時代にファンベースが必要な理由について。「売り上げ」「時代」「類友」という3つの柱で解説した。

 佐藤氏が提示したのは、 上位20%の顧客が売り上げの80%を占めるという「パレートの法則」。新規顧客を獲得することも大切だが、実際にはコアなファンが何度も製品を購入することが企業の売り上げを支えてくれる。さまざまな業界を観察する中で、この法則はほとんどの企業に当てはまることが見えてきたという。

 「売り上げが縮小している状況においては、まず上位20%のコアなお客様をしっかり固めた上で、新規のお客様にアプローチをすることが大切」(佐藤氏)。既存の顧客をキープするコストは、新規顧客を獲得するコストに比べて1/5程度で済むと言われている。

上位20%の顧客が売り上げの80%を占めるパレートの法則は多くの業界に当てはまる
上位20%の顧客が売り上げの80%を占めるパレートの法則は多くの業界に当てはまる

 さらに、コアなファンのLTV(ライフタイムバリュー)を向上させれば、そのまま売り上げのアップにつながると佐藤氏。「すでにファンになってくれているお客様との絆を強くすることで、1つ買ってくれていた人が2つ、3つと購入量を増やしてくれて、全体的な売り上げのアップにつながる」と話す。

 このファンベースにかじを切っているのがソニー。ソニーは、デジタル一眼レフの購入直後からメールなどでコミュニケーションをスタートし、「αcafe」や体験会など、ユーザー限定のコミュニティを活用してファンを形成しているという。例えば、ある顧客の売り上げをデジタル一眼レフの購入時点で1とした場合、体験会などに招待して絆を深めていくと、売り上げは実に5.34倍に達するという。さらにファンになった顧客は、ソニー製品の宣伝マンになってくれるわけだ。

「類友」から情報を得るように

 広告業界に長年携わってきた佐藤氏だが、近年は新規顧客を獲得するための広告が本当に効かなくなったと話す。現代の人々はSNS等の台頭で、かつてない量の情報に囲まれているからだ。佐藤氏は、現代の広告を「砂の一粒」と表現する。

「これだけ情報量が多いと、広告の露出を増やしても砂の一粒になるだけで、基本的に届かないし見てくれない。たまたま見てくれたとしても覚えてもらえず流れてしまう。広告に効果が無いわけではないが、昔と比べて打率は非常に低くなった」(佐藤氏)。

 では、人々はどんな情報なら信頼するのか。佐藤氏は「価値観の近い人の選択に頼る」と分析する。海外のPR会社が日本で調査した結果によると、人々が情報源として最も信頼するのは「家族や友人」だという。つまり生活レベルや趣味が近い「価値観が近い人」が愛用する製品やサービスに人々は影響を受けやすいと佐藤氏は述べる。

人々が最も信頼するのは、インフルエンサーなどの影響力がある人ではなく家族や友人など自分と価値観が近い人だという
人々が最も信頼するのは、インフルエンサーなどの影響力がある人ではなく家族や友人など自分と価値観が近い人だという

 このように人々が同じ属性や価値観を持つ人とつながろうとする傾向を「ホモフィリー」と呼び、「類は友を呼ぶ」「似た者同士」ともいわれる。ファンを獲得できていれば、その人たちが自分に近い家族や友人に熱意を持って広めてくれるというわけだ。「ファンこそが新規顧客を増やしてくれる」(佐藤氏)。

悪い部分を直すより、良い部分を伸ばす

 続いて、ファンベースを進める上でのポイントについて佐藤氏が紹介した。重要なのは、悪いところを直すのではなく、良いところを伸ばすこと。「従来のマーケティングは、悪いところを直していかに新規の顧客にアプローチするかがポイントだった。ファンベースでは、今の製品を良いと思って買ってくれている人に、より好きになってもらうための施策を打っていく」(佐藤氏)。買っていない人にフォーカスするのではなく、「今大好きだ」と言ってくれる人が好きな部分を分析して、その部分を伸ばすことが大切だと話す。

 ファンベースを進める上では、商品の機能価値を伸ばすのではなく「情緒価値を伸ばすことが大切」と佐藤氏は語る。佐藤氏が例にあげたのがドミノピザだ。当時「30分で届くピザ」という触れ込みは圧倒的なUSP(Unique Selling Proposition、独自の売り)だったが、すぐに他社が追随して当たり前のものになった。新規顧客が増えるときに情緒面でもファンにしておかないと、先行商品を研究して付加価値をつけた後発商品に顧客を取られてしまうと佐藤氏。「機能価値はコピーできるけど、情緒価値はコピーできない。ファンになってもらうためには、共感や愛着、信頼を得られるようにアプローチする必要がある」(佐藤氏)。

機能価値を伸ばすよりも「共感」や「愛着」「信頼」をテーマにアプローチすることで、顧客がファンになってくれる
機能価値を伸ばすよりも「共感」や「愛着」「信頼」をテーマにアプローチすることで、顧客がファンになってくれる

最も効果的な施策は「ファンミーティング」

 そして、ファンにアプローチするためには、まずファンが自社の製品を好きなポイント「ファンのツボ」を知る必要があると佐藤氏は話す。そのために最も効果的な施策が「ファンミーティング」だ。ファンに聞くならアンケートやグループインタビューでもいい、と思うかもしれないが「アンケートやインタビューだと意外と薄い言葉しか出てこず、ファンが本当に好きなポイントをミスリードしてしまいがち」(佐藤氏)だという。

 ファンミーティングの狙いは、ファン同士を合わせて盛り上がらせることにある。ファン同士で話すことにより、ファン自身が「自分がこの商品のどこが好きなのか」がクリアになっていく。企業側はそのやりとりをひたすら傾聴していけばいい、と佐藤氏は話す。多くの人を集める必要はなく、3~4人のグループをいくつか作るだけでも十分だという。そのなかで意見を誘導せず、ファン同士が自由に話す様子に張り付いて追いかければいいそうだ。

 続いて登壇した津田氏も、ファンミーティングの重要性を語った。津田氏は、ネスレ日本で2012年にネスカフェアンバサダーを立ち上げた人物だ。当時は1人で活動しており、広告を出す予算もなかったという。そんな中で、津田氏が取り組んだのがファンミーティングを中心としたファンとのサービスの共創だったという。当初サービスを展開していた北海道に足を運びファンミーティングを繰り返して、ファンの意見を基にサービス開発を行うことで、ファンを増やしていったそうだ。

ファンベースカンパニー COO/ファンベースディレクター 津田匡保氏
ファンベースカンパニー COO/ファンベースディレクター 津田匡保氏

 津田氏は、ネスカフェアンバサダーでファンに向き合う仕事の楽しさを実感し、他の企業にもやりがいを共有したいと考え、2019年2月にネスレ日本を退職。同年5月に佐藤氏とともに、ファンベースカンパニーを立ち上げた。ファンベースカンパニーが目指しているのは、企業がこれまで話してきたファンベースを実践するための支援だ。BtoCに限らずBtoBを含め多種多様な企業にサービスを提供している。

津田氏はネスカフェアンバサダーでも、ファンミーティングを繰り返して、ファンの意見を基にサービスを改善していった
津田氏はネスカフェアンバサダーでも、ファンミーティングを繰り返して、ファンの意見を基にサービスを改善していった

 ファンベースに興味がある企業からは「自社のコアなファンがどんな人か知りたい」「ファンと新規事業を立ち上げたい」といった課題が寄せられるという。その中で、ファンベースカンパニーはクライアントが主催するファンミーティングに入り、ファンの発言を記録してファンのツボを分析したり、ファン向けの施策を検討したりするという。津田氏によると、ファンミーティングを開催しただけで、やりっぱなしになっている企業も多いそうだが、非常にもったいないので、ぜひ記録を取って分析してほしいと話す。

 最後に津田氏は、ファンベースは短期的に結果が出るものではなく、未来に向けて腰を据えてやっていくものだと語った。今開発している製品が多くの人に愛され生き残していくためには欠かせない。ファンベースの考え方を少しでも理解して実践してみてほしいと話して締めくくった。

ファンミーティングはやりっぱなしにせず、記録を取って「ファンのツボ」を分析するための材料にしてほしいと津田氏
ファンミーティングはやりっぱなしにせず、記録を取って「ファンのツボ」を分析するための材料にしてほしいと津田氏

(写真/花井智子)