マーケターとAIは一緒に仕事ができるのか

 これらの事例を見ると「AIに仕事が奪われる」という課題はマーケターも例外ではないように思うが、石角氏は「あくまでAIは人間を強化するツール」だと話す。「人間と対立して仕事を奪うわけではなく、人間のタスクが効率的になったり、人間がより人間らしく過ごせるようになる存在」だという。

 人間にしかない強みもある。現状のAIはあくまでデータを掛け合わせて結果を抽出しているだけで、ゼロからイチを生み出しているわけではない。最初は何かしらのデータを入れて学習をさせる必要がある。「競合他社や関連製品の情報など、どのようなデータを取り入れて次に生かすのかが、マーケターのひらめきやセンスの部分」と石角氏は話す。

 商品の売り方や意味付けをするポジショニングも人間のほうが得意だという。例に挙げたのがファブリーズの売り方だ。当初は、「ペットを飼っている家の臭い消し」というポジショニングで送り出したが、まったく売れなかったため「掃除が終わった後の自分へのご褒美」に切り替えたところ大ヒットしたという。「意味付けをする上では、フィールドに出て実際に顧客の声を聞くなど、AIには難しい人海戦術的なデータ収集も避けては通れない」と石角氏は話す。

 データやAIに依存し過ぎるのは危険だ、と話すのは富永氏だ。「以前勤めていたドミノ・ピザで、マーケティングミックスモデリングの会社に分析を依頼した際には、それらしいマーケティングレポートが返ってきたが、その通りに実行したところ売り上げがガツンと落ちた」という。「当時は競合相手のデータや、宅配ピザに欠かせない天気のデータも分析には入っていなかったので当然の結果だったが、無条件に信じるのは危険。あくまでツールなので『データに出ているから』とうのみにするのではなく、人間がクリティカルな目で判断してトライアンドエラーで活用し続けることが重要」と富永氏は話す。

 最後に石角氏は、先ほど挙げたネットフリックスの非AI的なマーケティング事例を紹介した。ネットフリックスでは、ABテストや準実験などを基に専用ツールを作ってさまざまな分析を行っているが、「集めた結果を基にデータ・ドリブンな意思決定をするのは人間の役割」という思想でマーケティング活動をしている。AIのほうが得意だったり、人間と協業する領域はあるが、最後のジャッジは人間のマーケターにしかできない仕事なのだ。

ピラミッド型のダイアグラムは、ネットフリックスがまとめた検証過程や意思決定における考え方(上半分の図)を石角氏が再構成した図だ。データ収集作業は自動化をしても、最終的にデータ・ドリブンの判断を下すのは人間であるという思想を表している
ピラミッド型のダイアグラムは、ネットフリックスがまとめた検証過程や意思決定における考え方(上半分の図)を石角氏が再構成した図だ。データ収集作業は自動化をしても、最終的にデータ・ドリブンの判断を下すのは人間であるという思想を表している

 AIを導入する企業は増えていても、インプットや最後の意思決定は人間によるところが大きいというのが、富永氏と石角氏の見解だ。また、テクニカルな部分が分からなくても、今の事業にどう生かせるのか好奇心を持って向き合うことが大切だとも話す。AIの活用は企業にとって欠かせないテーマで、マーケターの仕事は今後も変わっていくかもしれないが、人間が担う役割と強みを意識して業務に取り組めば、今回のテーマでもある「AIに仕事が奪われる」という不安も杞憂に終わるだろう。

(写真/花井智子)