※日経トレンディ 2019年4月号の記事を再構成

デジタル全盛時代のなか、あえてアナログに書くことでアイデアを生むアウトプットの手法に注目が集まっている。それを体現するのが、誰でも簡単に生配信できる仮想ライブ空間サービス「SHOWROOM」を生み出した、前田裕二氏だ。

 自らを“メモ魔”と称し、著書の『メモの魔力』(幻冬舎)は発売1カ月強で22万部を超える大ヒットを記録している。前田氏は、会議や打ち合わせ、映画などを見た際だけでなく、「このミネラルウォーターはなぜパッケージが簡素なのか」など、日常で目に付いたものを何でも記録。多くの人は立ち止まりもしないようなことを、メモ帳やスマートフォンなどに日々、膨大に書き連ねている。

SHOWROOM社長 前田裕二氏
SHOWROOM社長 前田裕二氏
DeNAにて「SHOWROOM」を立ち上げ、15年にスピンオフしてSHOWROOM株式会社を設立。昨年12月に『メモの魔力』(幻冬舎)を刊行

 一般的に「メモを取る」というと、備忘録としての役割を思い浮かべがちだが、前田流は根本的に異なる。「記録すればいいだけなら、機械やアプリで済ませればいい。人間はクリエーティブな作業に集中するべき」(前田氏)。単なる記録ではなく、イノベーションを生み出すためにメモをフル活用しているのだ。

 当然、目の前の出来事や見聞きしたことをただ書くだけではない。メモを取った客観的な「ファクト」を「抽象化」することが、前田流メモ術の最大のポイントだ。

 紙に残す場合、メモ帳は見開きで使うのが基本。その左ページに「ファクト」、つまり客観的な事実を書く。会議やミーティングであれば会話の内容をかいつまんで書く。映画などのコンテンツであれば、面白い場面や琴線に触れた内容がそれだ。次に右ページの左側半分には、前述のファクトを「抽象化」したもの、つまりそこから連想される気づきや法則、背景を書き込む。

 例えば、東京と大阪でチラシを配布したという宣伝施策について、「チラシと一緒にアメを配ったら、東京よりも大阪のほうがものすごい勢いではけた」と担当者が報告した。前田流ではこれが、「ファクト」に当たる。それを、「他に応用可能な法則がないか」という視線で深掘り。その結果、「大阪人は、直接的かつ目に見えるメリットの訴求に反応するのでは」という気づきを得たという。これがまさに、「抽象化」の作業。「アメ→目に見えるメリット」など、より広い概念になり、他への横展開が圧倒的にしやすくなる。

 実は、SHOWROOMもこのメモ術から生まれた。前田氏は幼い頃に両親を亡くし、小学生時代から駅前でギターの弾き語りをしてお金を稼いでいた。そんななか、経験上あることに気づいた。それは、「オリジナル曲よりもカバー曲を歌うと人が立ち止まりやすい」「立ち止まった人のリクエストに応えると仲良くなる」ということだ。これが、メモ術でいうところの「ファクト」に当たる。

 さらにこのファクトから気づいたこと(抽象化したもの)が、「双方向性があると仲良くなる」「歌のうまさではなく、『絆』にお金を払う」ということ。そこから、「双方向性を重視した、絆が生まれる仕組みをネット上につくる」というサービスの原型が生まれた。

抽象化でメモ同士がつながる

 もう一つのメモの効果。それは、一見すると無関係なことがつながり、強固なアイデアが生まれることだ。

 先ほどのSHOWROOM誕生の背景には、実は別のメモの存在も影響している。サービス開発の前に、すでに中国ではライブ配信サービスが大流行しており、莫大な時価総額のベンチャー企業が誕生しているといった「ファクト」から、その理由を抽象化した結果、前田氏は「衣食住がある程度満たされた際には、交流や体験、さらには一体感が重要になる」ということを導き出した。これはまさに、自身の路上ライブで得た気づきと合致していたわけだ。「個別のファクトでは共通点を見つけることは難しいが、抽象化すると浮かび上がりやすい」(前田氏)。この2つのメモから生まれたSHOWROOMは、今や多くの人が熱狂する人気サービスになっている。

 肝となる「抽象化」の作業は、「慣れるまでは難しい」(前田氏)という。だが、実はトレーニング方法もある。それが、前田氏が「抽象化ゲーム」と呼ぶワークだ。

 たまたま気になったもの(A)と、それとは関係なさそうな別のもの(B)をくっつけて、「AはBである」という文章を作る。その後、それらの共通点を探し出し、説明をするというものだ。例えば、「人生(A)は鉛筆(B)である」と一見ハチャメチャな文章だが、「どちらも“芯”が必要だ」「硬(堅)過ぎると折れやすいから」といったように共通点を探るうちに、抽象的な要素を導く訓練が自然とできる。

 前田流メモ術には、「抽象化」の先のステップもある。右ページの残った右側半分では、抽象化したものからさらに発展させ、自分が行動できるような具体的なアクションにまで落とし込むのが特徴だ。これを転用と呼ぶ。さらに前田氏は、主観・客観、重要度によって使うペンの色を変えるなど、思考を鍛えるための工夫を随所に盛り込んでいる。

 メモを見返すことも肝要だ。前田氏は過去のノートを何度も見返し、気づいたことを日々、書き足す。さらに、「抽象化」した内容が実際に「転用」に移り、さらにそれを実行したかどうかをチェック。未着手のものがあれば、「なぜやっていないのか」を分析することで、過去の気づきを無駄にしないように心がけている。「メモは比類なき資産。まずは始めてほしい」(前田氏)。

スマホの他、モレスキンのノートやロルバーンのメモ帳、フランクリン・プランナーの手帳など、シーンごとに使い分ける
スマホの他、モレスキンのノートやロルバーンのメモ帳、フランクリン・プランナーの手帳など、シーンごとに使い分ける