家電に搭載されるなど、どんどん身近になってきたAI(人工知能)。でも実際のところよく分からないという方も多いはずだ。日経クロストレンドからAIと、AIをつくるのに必要なディープラーニング(深層学習)と呼ぶ手法に関する記事をピックアップ。基礎とトレンドを簡単にまとめた。
AIを身近なものにしたディープラーニング
近年、AI(Artificial Intelligence:人工知能)の進化が著しいが、その背景には「ディープラーニング(Deep Learning:深層学習)」と呼ぶ手法の登場がある。これは人間の脳のような学習機能をコンピューターに持たせる技術である「機械学習」の手法の1つで、人間がデータの特徴を定義するのではなく、大量のデータを基に推論を繰り返し、そこから規則性やパターンといった特徴をAI自身が見つけ出すものだ。特徴の抽出には、人間の神経細胞の仕組みを模したニューラルネットワークを活用することで、以前のAIと比べて結果を導き出すまでの計算の階層が深くなっている。
ディープラーニングが一般的になった理由は2つある。1つはインターネットの普及や各種センサーの小型化などによって、AIの学習に活用できる大量のデータが得られるようになってきたこと。もう1つは、CPU(中央演算処理装置)よりもはるかに並列演算の能力が高いGPU(Graphics Processing Unit、画像処理向け半導体)が登場したことである。ディープラーニングの基本となるニューラルネットワークはすでに考案されていたが、処理性能の不足という壁にぶつかっていた。「大量のデータ」と「高い並列演算能力」という、ディープラーニングの実現に欠けていたピースがそろったことで実用化が一気に進んだ。
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ディープラーニングが得意とする分野
ディープラーニングによって大きく進歩したのが、画像データと時系列データを分析するAIである。
画像データのAIでは、画像認識と画像生成の2つの分野がある。このうちディープラーニングと相性がいいのが画像認識だ。ネット上には無数の写真などの画像データが充実しているため、ディープラーニングを活用する際の最初の一歩としても適切な分野だと言える。たくさんの猫の画像を学習させて、猫を認識するAIなどが典型例として挙げられる。
一方、現在活発な研究が行われているのが、画像生成の分野だ。画像生成は、画像以外にもその考え方が適用可能で、いわゆる「生成モデル」として応用範囲が広い。データを学習することで、もともとあるデータに非常に近いデータがつくり出せるのがポイント。簡単な例で言えば、写真から似顔絵を作るといったことができる。
時系列データのAIとしては、自然言語処理と音声処理の2つが挙げられる。自然言語処理は、Google翻訳のような機械翻訳でおなじみだろう。Google翻訳はAIを利用することで精度が年々向上している。また、自然言語処理と画像とを組み合わせた研究も進められており、画像に自動でキャプションを挿入したりもできるという。音声分野では、話した内容を文字に起こす「Speech to Text」と文章を書いて機械に読み上げさせる「Text to Speech」の2つがある。Text to Speechのほうが難易度は高いが、最近ではより自然なSpeechになっている。
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強化学習がAIを飛躍的に進化させた
ディープラーニングは「強化学習」(Reinforcement Learning)と呼ぶ機械学習の領域にも大きな発展をもたらした。強化学習を簡単に説明すると、AI自らが最適な動きを獲得していく技術。AIに対して「正しい行動を取ると報酬が与えられる」と教え込む、するとAIはより高く報酬を得ようと行動し続ける。この強化学習にディープラーニングを応用したものが「深層強化学習」(Deep Reinforcement Learning)で、英DeepMind社が深層強化学習で開発した囲碁AI「AlphaGo」は、名人に次々に勝利する成績を残した。
深層強化学習でマーケターが注目しておきたい事例を紹介する。若者に人気の動画投稿サービス「TikTok」で、「ウォンツ(商品)に対するレコメンド(お薦め)」から、「ニーズ(状態)に対するサジェスチョン(提案)」を実現したという。
TikTokでは、アプリを開くと投稿された動画がいきなり再生され始める。動画はランダムに流れ、ユーザーは次から次へと動画を見ていくことになり、気になった動画に「いいね」をしたり、保存したりする。この行動はAIによって分析され、ユーザーの好みを学習し続ける。TikTokは、動画に対してユーザーが取った行動(「動画を見たか」「何秒見たか」「あるいは見なかったか」「いいねしたか」「保存したか」など)を深層強化学習の報酬として設定し、ユーザーが無意識に取った行動から適したコンテンツを提案できるようにシステムを構築しているのではないかと推測される。
このAIのすごいところは、ユーザーが無意識に取った行動から適したコンテンツをサジェスチョンしている点だ。これは実店舗における接客を想定すると分かりやすい。実店舗では、販売員が客の表情や何気ない会話の内容、一挙手一投足を観察し、言葉に表れない感情を読み取って接客をする。そして、ユーザーのニーズを満たす、それでいてユーザーの頭の中にはなかった商品をサジェスチョンする。
このサジェスチョンがECサイトに実装されれば、ユーザーの履歴などから欲しい商品を提案できる。ユーザーは、検索などしなくても目的の商品に出合えることになり、ECサイトの利便性は大幅に向上するはずだ。
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データがなくてもAIはつくれる
ここまで繰り返した通り、AIを生かすも殺すもデータ次第である。ところが、「メタ学習」という、直接データを必要としないAIを使った予測モデルの研究も進んでいる。
現実のタスク(業務・職務)を見ていただければ、AIで効率化したくてもデータが十分でないことのほうが多いはずだ。それでも、手がかりとなるデータであれば入手可能なケースはあるだろう。メタ学習を簡単に説明すると、データの共通点や相違点を知識として事前に学習・習得することだ。「Learning to Learn(学習の仕方を学習する)」手法とも言える。
メタ学習により従来のディープラーニングではうまく扱えなかった「未知の環境下でのタスク」について現実的なソリューションが見えてきた。人間がAIやロボットに期待するタスクは「未知の台所」「未知の食器」「未知の服」「未知の家具」など未知の環境下にある場合がほとんどだからだ。
メタ学習などの発達によって、必ずしも直接的なデータを用意する必要はなくなりつつある。むしろ、どんな問題を解決したいのかを先にはっきりさせ、比較的似た問題のデータを集めることで、対応するシステムが開発できるようになった。つまり、メタ学習はAI活用をデータドリブンの時代からタスクドリブンな時代へと進化させるものだ。そしてタスクドリブンなAIでは、解決すべき問題を見いだすために、人間の創造力が求められる点も重要だ。
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スポーツの世界でもAIの活躍に期待
カメラやセンサーの映像を分析するAIが進歩し、人間を超える精度であらゆる現象を捉える「機械の目」が広がっている。こうしたAIはスポーツ、特に採点競技への導入が急ピッチで進んでいる。例えば、国際体操連盟(FIG)はAIを使った富士通の採点支援システムを2028年には全146カ国で利用するという方針を打ち出している。
採点支援システムが求められる背景には、演技の高度化によって人間の審判の目では正確に判断しづらくなっていることがある。体操の技を細分化すると技の種類は男子で約800、女子は約500にも達する。
それぞれの技について、大会の採点規則で「関節の角度が30度か31度であるかで0.2点の差が生じる」「手がバーを握るときに体が回りきっていると0.5点の減点」といった細かなルールを定めている。「審判は採点規則を頭にたたき込んでいるが(審判が変わっても判断の基準が変わらないという)公平性の担保が難しくなっている」という背景がある。もちろん現状でも、公平性を十分に保つルールは整えているが、審判への負担は大きいのが実情だ。
そうした審判の負担を減らし、よりスムーズに判定ができるようになれば、競技が円滑に進行する。待ち時間が発生して選手の負担が増えることも抑止できる。「単純な技の種類などはAIが判別し、演技全体の美しさを人間の審判が見るといった役割分担をする」ことが理想として掲げられている。
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プライバシー保護とデータ分析の両立へ
AIの課題として指摘されるのは、学習に使うデータの扱いだ。他社に重要なデータが渡ってしまったり、個人情報などのプライバシーが漏洩したりするのは防ぎたい。これまでは、こうしたリスクを懸念してデータの提供を受けにくいというケースが少なくなかった。
そんな中、NTTセキュアプラットフォーム研究所は、データを暗号化したままディープラーニングの標準的な学習を実行できる秘密計算技術を世界で初めて実現した。データを暗号化したまま一度も元データに戻さずに分析できるため、第三者である企業や個人も、従来よりも安心してデータを提供する可能性が高まる。この結果、ディープラーニングに利用できるデータの量や種類が増え、AIの精度向上が期待できるというわけだ。
今後、実証実験で有効性を確認し、「分析の“場”は提供するが、データの中身は見ない」という方針を掲げ、この技術をNTTグループ各社が提供するクラウドサービスに順次、実装していく考えだ。
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AI時代のマーケターの仕事とは
ディープラーニングの登場でAIは飛躍的に進化し、最近では家電などにも実装されるようになった。日経クロストレンドの読者の方の多くは、自分の実務(主にマーケティングや新規事業開発と思われる)に役立つのかどうかが気になるところだろう。
この点については、現状のAIはあくまで大量のデータを掛け合わせてその特徴を抽出しているだけで、「ゼロからイチ」を生み出しているわけではない。つまり、最初は何かしらのデータを入れて学習させる必要がある。競合他社や関連製品の情報など、どのようなデータを取り入れてAIに生かすのかは、マーケターのひらめきやセンスが必要になってくる。また、実際に顧客の声を聞くなど、面倒なデータの収集も避けては通れないが、これも人間の仕事である。
AIのほうが得意だったり、人間と協業したりする領域はあるが、最初のデータの用意と、AIの出した結果を採用するかどうかのジャッジは人間のマーケターにしかできない仕事なのだ。
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