顧客にメリットをもたらす「サブスクリプション」が急速に広がっている。その一方で、「それってサブスク?」と疑いたくなるサービスも。本物はどう見分ければいいのか。どんな企業が導入すべきか。サブスクリプションに詳しい兵庫県立大学の川上昌直教授が解説する。
サブスクリプション(subscription)とは、「申し込む」「購読する」という意味の“subscribe”の名詞で、もともとは雑誌の定期購読を指す言葉だった。
近年、動画配信サービスの「Netflix(ネットフリックス)」や音楽ストリーミング配信サービスの「Spotify(スポティファイ)」など、デジタルコンテンツを定額課金で利用し放題のサービスが人気となり、サブスクリプションの認知度も一気に高まった。さらに、ライドシェアの「Uber(ウーバー)」や民泊の「Airbnb(エアビーアンドビー)」など、非デジタル分野でも広がりをみせている。
しかしブームの過熱から、現在は本来の「ユーザー(顧客)有利」から逸脱したサービスまで“サブスクリプション”を名乗る玉石混交の状況に陥っている。本物とは何か。どのようなサービスがユーザーと企業の双方に利益をもたらすのか、改めて整理してみる。
- サブスクリプションとは何か
- リカーリングとサブスクリプションの関係
- サブスクリプションのメリットとデメリット
- サブスクリプションの歴史
- サブスクリプションの実例
- サブスクリプションを導入するには
- サブスクリプションで自社を診断
- サブスクリプションがもたらす未来
サブスクリプションとは何か
サブスクリプションとは、企業(事業者)とユーザーが一定期間において契約関係にあり、その間に利用に対する料金の支払いがある状態を指す。
●サブスクリプションの特徴
サブスクリプションは「所有から利用へ」の価値観に合ったサービスだ。頻繁に利用したいユーザーにとっては、安く何度でも利用できる。ロイヤルティーを高めて継続的に利用してもらいたい企業にとっても望ましいサービスで、ユーザーと企業との間にWIN-WINの関係を構築できる点が、最大の特徴といえる。
●サブスクリプションであるための条件
サブスクリプションは「ユーザーに有利な条件」を複数持ち合わせている。
言葉の由来となった「雑誌の定期購読」は別として、今の「サブスクリプション」の特徴の1つは、商品やサービスを一括購入で所有するのではなく、一定期間利用できる権利だけを安価に得られるサービスであること。現在のサブスクリプションに“所有”はないので、車や住宅などのローンは該当しない。
2つ目は簡単にやめられること。例えば1カ月単位で権利を得て、使った月数分だけ料金を支払う契約であれば、いつサービスを気に入らなくなっても、それほど大きな損害なくやめられる。従って、「最低限何カ月以上の使用が条件で、それ以前にやめる場合は多額の違約金が派生する」などの制限や制約がかかるサービスは、厳密にはサブスクリプションに該当しない。
たとえ定額制課金であっても、上の2つの条件を満たしていなければサブクスクリプションとは認め難い。また「従量制」も存在するため、必ずしも「定額課金サービス=サブスクリプション」というわけでもない。
●サブスクリプションが流行する背景
サブスクリプション人気が高まっている理由に、近年の「所有から利用」への流れがある。その主な要因として、3つの背景が考えられる。
第1はスマートフォンの普及で、いつでもどこでもインターネットを利用できるようになったこと。第2は08年のリーマン・ショックを契機とする世界経済危機以降、多くの人々が消費を控え、無駄をなくしたこと。第3は2000年以降に成人となったミレニアル世代が消費の中心になり、デジタルネイディブの彼らが多くのことをネット上で済ませる傾向にあること。
ネット経由でクラウド上のソフトウエアを提供する「SaaS(Software as a Service)」に対する認識も浸透し、そこで一般的となったのがサブスクリプション方式による収益化(マネタイズ)モデルだ。冒頭でも述べたように、音楽や動画配信のサービスがユーザーに受け入れられ、次いでこの収益化モデルが注目されるようになった。そして現在、その収益化モデルがクローズアップされ、モノにまで波及するようになった。
リカーリングとサブスクリプションの関係
「リカーリング(Recurring)」とは「くり返し」「循環」を表す言葉で、ビジネスカテゴリーでは「継続収益」の意味で使われる。具体的には販売後に顧客から継続的に収益を上げる収益化モデルのことだ。
代表例は「レーザーブレイド(カミソリの刃)モデル」。替え刃式のカミソリの場合、本体は安く販売して、替え刃を購買し続けてもらうことで継続的な利益を上げる。プリンターの場合は本体価格を安く(利益率を低く)設定し、消耗品であるインクの価格(利益率)を高めに設定して、適宜購入してもらうことで継続的に収入を得ている。
サブスクリプションも「継続利益」という点ではリカーリングモデルに含まれる。サブスクリプションは継続利用を前提とし、ユーザーにあまり負担をかけない程度の価格に抑えているのが特徴だ。
サブスクリプションのメリットとデメリット
●ユーザーにとってのメリット・デメリット
ユーザーにとってのメリットは主に4つある。1つは販売価格が高い商品やサービスを、手ごろな料金で利用できること。2つ目は分割払いとは異なり、飽きたり必要がなくなったりすれば、好きなタイミングで利用(支払い)をやめられること。
3つ目は一定の品質を保証しているため、不具合があれば対応してもらえ、バージョンアップも無償で受けられること。4つ目は使いすぎる可能性もあるサービスの場合でも、支払金額が青天井になるリスクを避けられること。
デメリットはユーザーが加入していることを忘れて、余計な支払いをしてしまう可能性があること。あるいは注意点として、現在のような玉石混交時代では「一定期間やめられない制限がかけられている」「平均使用回数でかかる金額より、利用料金が高く設定されている」など、ユーザーが本来のサブスクリプションにはない不利な条件を負わされるリスクも増えていること。
●企業にとってのメリット・デメリット
サブスクリプションを提供する企業のメリットは3つある。第1は売り上げが平準化できること。たとえばソフトウエアを売り切りで販売する場合、次のバージョンアップまで購入は期待できない。しかし定額制のサブスクリプションであれば、契約が続く限り収入を得られる。
第2は安定した収入で事業リスクを低減できること。たとえば月額定額制の場合、現時点のユーザー数から翌月の収益(会員数×月額料金)が予測できる。チャーンレート(解約率)を織り込めば、保守的な見積もりにもなる。月次の継続収入であるMRR(Monthly Recurring Revenue)は、定額制ビジネスの重要な経営指標となる。ユーザーを引き付けられている間は、将来の収入も予測でき、固定費を合わせることで採算ラインを読むことが容易になり、物販モデルよりも高い精度で将来のキャッシュフローを予測できる。結果、事業価値を評価しやすくなり、資本市場とのコミュニケーションも取りやすくなる。
第3は新しいユーザーにアプローチしやすくなること。高額なサービスや商品などでも、毎回の利用料金は少額になるため、購入をためらっていた潜在層にもアプローチしやすくなり、ユーザー数の拡大が期待できる。
企業のデメリットは主に2つ挙げられる。第1は利益の回収が長期にわたること。売り切りの物販モデルでは一度で回収できた利益が、定額制では薄く長く回収することになり、利益確定まで時間がかかるため、事業を継続できるだけのキャッシュが必要となる。既存企業であれば留保利益を運転資金として準備する必要があり、新規事業であれば資本提供者から調達するなどのファイナンスが不可欠となる。
第2は単に課金形態を定額にするだけでは、潜在ユーザーの興味を引くのに十分ではないこと。サブスプリクションでは販売後にユーザーに寄り添う姿勢が何より重要となる。そのためサブスクリプションのユーザーに何かしらの特別感や優越感を与えるなど、明確な価値を感じてもらう必要がある。
サブスクリプションの歴史
17世紀のドイツで出版社が事前に集金し、分冊タイプの百科事典を製作・発行したのがサブスクリプションの発祥といわれている。日本では古くからある新聞や牛乳の配達サービスが、この一種といえる。
現在流行している形のサブスクリプションサービスで最初に大成功を収めたのは、米国カリフォルニア州に本社を置く顧客関係管理(CRM)ソリューションのクラウド・コンピューティング・サービス提供企業「セールスフォースドットコム(salesforce.com)」である。1999年3月、マーク・ベニオフによって設立され、翌年4月、日本法人を設立。顧客関係管理ソフトのビジネスアプリケーションおよびクラウドプラットフォームをインターネット経由で提供する、月額定額制を始めた。
また2011年、デザイン・DTPの業務ソフトウエア「Adobe(アドビ)」が、「Creative Cloud」と呼ぶ年間契約のライセンス形態に移行した際、日本でもカタカナの「サブスクリプション」の認知度が高まった。さらに2015年、ネットフリックス、翌2016年にスポティファイが日本でサービスを開始するに至り、一般にも広く知られるようになった。
2018年に入るとデジタル系だけでなく、物販や外食のいわゆるモノ系サブスクリプションを提供する企業も現れた。しかし中には「ユーザーに有利なサービス」という特徴を持たず、ただ「定額制課金」による継続収益を求めただけのものも多く、今後、淘汰が起こると予想される。
サブスクリプションの実例
●定額制のサブスクリプション
定額制(定量制)課金の例としては、先に紹介した「セールスフォースドットコム」「アドビ」「ネットフリックス」「スポティファイ」、あるいは「Amazonプライム」などデジタル系にサブスクリプションの成功事例が多い。今後、注目したいのは使った分だけ料金を支払う「従量制課金」である。
●従量制のサブスクリプション
従量制課金のサブスクリプションの成功例の1つは、2008年にダイムラーが発表したカーシェアリングシステム「car2go(カーツーゴー)」。1度登録すれば、携帯電話やパソコンから予約して、専用駐車場のメルセデスベンツを利用できる。料金は走行距離に関係なく、1分ごとに課金される。2019年、ダイムラーの「car2go」とBMWのカーシェアリングサービス「DriveNow」は、「SHARE NOW」に統合された。
ミシュランの「マイレージ・チャージプログラム」もサブスクリプションの好例だ。これは自動車の走行距離に応じてタイヤ使用料を支払うサービス。他にもロールス・ロイスが製造する飛行機のエンジンは、飛んだ距離に応じて課金する従量制のサブスクリプションである。
また、スペインのコメディー劇場で、顔認証の技術を活用して、「口角が上がる」などのパラメーターから笑った回数をカウントして、それに応じて課金しているのも、一種の従量制課金のサブスクリプションと言える。これらのように、サブスクリプションは、定額制、従量制、ともにさまざまな分野で実績を上げている。
サブスクリプションを導入するには
●サブスクリプションを導入しやすい企業とは
サブスクリプションでは継続収益の観点から「課金システム」ばかり注目されがちである。しかし本質を定義するなら、「ユーザーと企業の相思相愛関係を契約書で表す」となる。つまりサブスクリプションが成功するか否かは、企業がユーザーと「つながり」を維持できるかどうかにかかっている。
よって現時点でユーザーとのつながりを維持できているか、少なくとも維持する努力を続けている企業は、サブスクリプションへの移行が比較的容易と考えられる。
たとえば百貨店の外商のように、顧客に対して手厚いサービスを行い信頼関係が結べているビジネスに関しては、すぐにサブスクリプションに移行できる。ただし、そのような企業が移行するメリットがあるかどうかは、別の話となる。
●サブスクリプションに向いていない企業とは
ユーザーと「一期一会の関係をよし」とする店舗や企業がサブスクリプションへ移行しても、決してうまくいかない。ユーザーとのつながりにコストをかけようとしない企業、商品やサービスを売った後の要望やクレームへの対応をコストだと考える企業の場合、成功は全く見込めない。
逆にヘビーユーザー(常連顧客)が多い企業の場合、現状のままでも十分な利益があり、継続性も高いため、サブスクリプションに移行してもあまりメリットはない。むしろ利益回収の期間が長期化するデメリットのみになるため、導入しないほうが賢明と言える。
サブスクリプションで自社を診断
サブスクリプションが浸透した現代では、ユーザーが一方的にエンゲージメントを持つのではなく、企業の側からも寄り添う「相思相愛」のビジネスを目指さなければならない。サブスクリプションを導入した結果、ビジネスが成功するかどうかは、その企業が販売後も続くユーザーとの「つながり」を大切にしているかどうかにかかっている。
裏を返せば、企業がサブスクリプションの導入を具体的かつ緻密にシミュレーションして、その成否を検証することは、現在、自社がユーザーとどれくらいつながりを持てているか、どれほど寄り添えているかについて、確かめる機会にもなる。
ユーザーの意識が新しいステージへと移行しつつある現在、サブスクリプションの導入により「ユーザー有利のビジネス」の仮想トレーニングを積むことは、どのような企業にとっても、決して無駄ではないだろう。
サブスクリプションがもたらす未来
サブスクリプションのサービスが広がれば広がるほど、企業にとってユーザーとの関係を長期的に維持することが非常に重要になる。サブスクリプションでは契約した瞬間から、ユーザーとの関係が始まる。ユーザーは契約を続けたくなければいつでもやめられる。そうなれば企業は収益を失ってしまうため、継続して利用してもらえるよう、ユーザーにしっかり寄り添う努力が不可欠となる。
たとえば、ネットフリックスが会員に寄り添う努力の1つとして「リコメンド機能への注力」が挙げられる。同社は会員の毎回の視聴履歴をデータとして蓄積し、ビッグデータとAI(人工知能)を活用することで、世界中の会員の視聴傾向と照合。その結果を基に、会員が興味を持ちそうな作品をピンポイントで推奨する。視聴回数が増えれば増えるほど推奨精度は上がるため、会員の満足度は向上し、契約継続につながる。
ユーザーと長期的な関係を築くには、そのサービスを利用したことでユーザーの利便性が高まるだけにとどまらず、その結果によって良い変化がもたらされる必要がある。そのためにもこれからのサブスクリプションでは、本当に求められているものを、継続的に蓄積した情報の中から見出し、常にサービスを修正し、半歩先んじてユーザーの望みの実現方法を提案し続けなければならないだろう。
解説・監修
(写真/酒井 康治)