2019年6月期通期では、グリーは前年比で減収減益の見込み。だが、海外市場への展開は好調だ。17年から、既存のタイトル群を世界各地域に順次配信し、収益に貢献している。20年以降は、新タイトルも投下する見込みだ。世界市場戦略を束ねる前田悠太取締役 上級執行役員に見通しを聞いた。

グリーの前田悠太取締役 上級執行役員
グリーの前田悠太取締役 上級執行役員
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今年は世界市場に向けて磨きあげた既存タイトルを配信

18年を振り返っていかがでしたか。

グリーは16年以降、「IP」「エンジン」「グローバル」という3つの戦略スローガンを掲げて、ゲーム事業の再構築を目指してきました。17年は新しいゲームエンジンと新しいIPの開発に集中。18年はそれらを育てつつ、グローバルマーケットへ展開する仕込みの時期だったと考えています。そして、19年は世界市場に順次リリースしているところです。

 19年の後半までは、新規タイトルのリリースペースを抑え、既存タイトルを丁寧に育てて、海外に展開していくフェーズです。実際、17年にリリースした既存タイトルは順調に伸びていますし、ゲーム運営能力をブラッシュアップできている実感があります。

海外展開をあらかじめ想定しているなら、国内も海外も同時リリース、という段取りにはしないのですか?

世界同時リリースが効果的な場合も確かにあります。しかし、現時点のグリーは、自分たちで海外配信し、運営するノウハウを蓄積している段階です。開発した新タイトルをきちんと育てられるか、お客様に喜んでもらえているか――確かな手応えをまずは積み上げる必要があると思っていました。

 そうしたステップを1つずつ確実に踏み、自分たちの得意なことを積み上げて、できることを進化させるという道を歩んでいる最中ですから、海外展開は慌てず、順々にリリースしています。

目の肥えたファンに寄り添う姿勢が運営には必要

運営ノウハウをブラッシュアップした結果、得られたものは?

そうですね。運営面で成功した作品でいうと、『戦姫絶唱シンフォギアXD UNLIMITED』(以下、シンフォギア)はファンにすごく支えられている成功例です。ファンの顔が見えるから、開発や運用の方向性をブレずに進めることができています。そういう意味では、誰に、何を、どうやって届ければ喜んでいただけるか、イメージできているゲームタイトルほど調子が良いですね。

 これまで以上に運営面のノウハウが重要視される傾向があるのは、スマートフォンのゲームが成熟期に入ってきたからではないかと思っています。ゲームを遊ぶ人たちの目も肥えてきて、どのゲームを遊び続けるべきか、新しいゲームを試すべきか、といった選別が高度に進んでいます。遊んでくださる人の中にある「これが好き」といった強い動機に働きかけられないと、そもそも選んでもらえない時代だと認識しています。

 『シンフォギア』は、同タイトルが本当に好きな社員を開発スタッフとしてアサインしていることで、グリー側でファン心理を理解できる態勢になっているのではと感じています。だからこそ、ファンの方々の評価は大きな自信です。作っている側もファンだからこそ、期待を超えられたかもと感じられたときの喜びは筆舌しがたいものがあります。

良かれと思ってやったことが炎上する例もあります。コアなファンとの向き合い方は難しくないですか?

もちろん難しいです。どれだけファンに寄り添えるかが大切だと思っています。自分たちもファンであり、ファンと一緒に作品を作っていくという感性ですね。SNSをチェックする、カスタマーサポートの結果などをプロジェクトメンバー全員で毎日のチェックするといったことを基本にしています。

 その反応を見て、開発のPDCAを回すことも多いです。また、ゲーム中で、あるページになると離脱する人が多いといった定量的な数字も細かく見ています。それによって、このストーリーの流れは良くなかったんだと修正できます。

 自分たちの(ゲームの)運営能力を正しく把握して、手触り感のある運営を実施できるような体制になるまでには、それ相応の時間がかかります。それに加えて、お客様のニーズに合わせた運営に変化させる工程も必要です。そういった工程を経ると、事業的にも目標とのズレが少なくなってきます。

 そのノウハウは新しくローンチするタイトルに注ぎ込まれています。リリース時の運用コンテンツの充実具合や運用サイクルの設計など、開発フェーズから着実に運用できる計画レベルにすることで、成功の精度は高まってきます。最近は、その手ごたえを強く感じています。

『戦姫絶唱シンフォギアXD UNLIMITED』 (C)Project シンフォギア  (C)Project シンフォギアG (C)Project シンフォギアGX  (C)Project シンフォギアAXZ  (C)bushiroad All Rights Reserved.  (C)Pokelabo,Inc.
『戦姫絶唱シンフォギアXD UNLIMITED』 (C)Project シンフォギア  (C)Project シンフォギアG (C)Project シンフォギアGX  (C)Project シンフォギアAXZ  (C)bushiroad All Rights Reserved.  (C)Pokelabo,Inc.
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全世界向け配信の運営を日本チームが担当する理由

タイトルごとに海外への進出タイミング、協業相手などがまちまちですが、その理由はなんでしょう。

ゲームの特性、社内の状況や協業先の優位性などを考えて、その時にベストと考えられる方法を選択しているからです。

 例えば、『ダンまち~メモリア・フレーゼ~』(以下、ダンメモ)は北米市場でパートナー企業が配信しましたが、その後にリリースした『ダンメモ』のアジア地域と『アナザーエデン時空を超える猫』の北米、アジア地域は自社配信で展開しました。一方で、RPG『SINoALCE(シノアリス)』は、日本以外の地域において、すべてパートナー企業が配信・運営する……というように、タイトルによってアプローチを変えています。

 『ダンメモ』のファンが求めるモノは明確なので、『ダンメモ』のファン心理をより理解している日本チーム(グリー)の運営力が重要でした。なので、『ダンメモ』では時差のハンディはありますが、世界各地の運営業務を日本のチームが集中コントロールしてみました。チャレンジではありましたが、日本チームでも世界のお客様に対応できるという自信につながりました。

 そこで得たノウハウを活用して、『アナザーエデン』でも同様に海外市場向けに自社配信・自社運営を展開しました。実際、『アナザーエデン』の運営を開始すると『ダンメモ』で得られたノウハウに再現性があり、同様の手ごたえを感じています。

 一方の他社配信をしているタイトルというのは、自社よりもプロモーションや運営能力のノウハウを有しているパートナー企業に担当していただいています。自分たちですべてをやりきれないことは分かっていたので、より重視したい事業に社内リソースを投入し、力を分散させないという方針です。こうした形で段階的に、自社配信と他社配信とを使い分けたハイブリッド型で、現在は海外進出しています。

『ダンまち~メモリア・フレーゼ~』 (C)大森藤ノ・SBクリエイティブ/ダンまち2製作委員会
『ダンまち~メモリア・フレーゼ~』 (C)大森藤ノ・SBクリエイティブ/ダンまち2製作委員会
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『アナザーエデン時空を超える猫』 (C)WFS
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『SINoALCE(シノアリス)』 (C)2017-2019 Pokelabo Inc./SQUARE ENIX CO.,LTD.All Rights Reserved.
『SINoALCE(シノアリス)』 (C)2017-2019 Pokelabo Inc./SQUARE ENIX CO.,LTD.All Rights Reserved.
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現地の都合に合わせず、オリジナルのままで勝負

自社配信と他社配信に切り分けているポイントは?

タイトルの特性によっても、切り分けています。例えば、15人対15人のリアルタイム対戦のように、同期通信が非常に多く発生するゲームシステムの場合、インフラの構築はとても困難です。海外で多地域展開する際には、インフラ設計や負荷分散など、難易度が格段に上がります。

 そうしたタイトルは、MMORPG(大規模多人数同時参加型オンラインRPG)を世界展開している企業と組んで、世界配信したほうがいいと判断しています。このように、パートナーシップを経て、世界配信・運営について一つひとつ学んでいます。

自社配信はすべて東京からコントロールしているのですか?

そこが戦略の肝でもあります。これまで我々は、原則的には地産地消的な考え方をしていました。各国・地域に合わせたものづくりをしなければ、ローカライズをしなければ――と考えて、現地法人を作り、地域ごとに個別にゲーム開発などをしてきたのです。正直、そのやり方はうまくいかなかったと振り返っています。

 翻って、現在は主に日本で、主に日本人が日本風のゲームを作っています。日本固有のカルチャーに起源のある作風のゲームを作って、それで海外展開しようという開発戦略にしたのです。つまり、「日本版オリジナルのまま」であることに価値がある作品づくりを軸にしようと。このSNS時代、“類は友を呼ぶ”というマーケティング手法は万国共通です。日本でしっかり作って、それをダイレクトに「好きな人」へ届けることを基本戦略にしています。

日本市場では許容されているゲームの表現でも、ほかの地域ではNGになってしまうことはないですか?

法的な部分は規約に載せていますが、基本的に日本ゲームをそのまま配信しています。絶対ダメという表現なら、その地域だけそのキャラクターを出さないという対応をしますが、無理やりデザインを変えるような変更は原則していません。

日本では当たり前の文化的なもの――例えば、ひな祭りに関連したイベントを、ゲームの中でそのまま再現しても、海外では通用しないことがあるのでは?

それでも原則はそのままやります。ファンの方々は、日本版と違うこと自体を嫌う傾向にあります。その上で、マーケティング戦略も、ほぼ日本からオンラインで完結させます。今はさまざまな広告ネットワークも充実しています。

 グリーではグループ内にそうした専門子会社(GREE Advertising,Inc.)がありますから、ノウハウを共有しながら、広告クリエイティブなども日本で作って、それを北米・欧州、中国以外のアジア各地域で展開しています。

グリーの前田悠太取締役 上級執行役員
グリーの前田悠太取締役 上級執行役員
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5G時代はグリーにとって追い風に

中国市場に対してはのスタンスは?

18年10月に中国bilibili(ビリビリ)と業務提携し、合弁会社bG gamesを設立しました。中国市場はもはや日本の2倍以上の市場規模ですが、プラットフォームが乱立しており、外資は参入規制もあるため、自分たちの戦略にあったパートナー企業と深くお付き合いすることが大切だと思っています。

 ゲーム以外の事業領域、例えばVTuberのような事業も、中国ですごく人気が出ているので展開を準備中です。

 逆に、中国のゲーム会社が日本市場に進出する際に必要になる開発以外の領域──ゲームの運用に関する事業やカスタマーサポート事業、マーケティング事業などを支援する子会社がグリーグループにはありますから、それらの領域での中国企業との提携も増えています。

今後5Gや複数のゲームプラッフォームが立ち上がっていく状況についてはどう捉えてますか?

多人数が同時接続で遊べるリアルタイム同期対戦のようなゲームシステムを得意とする我々にとって、5Gは追い風だと思っています。加えてGoogleの「Stadia」、マイクロソフトの「Project xCloud」などのクラウドゲーミングプラットフォームにも当然興味があります。

 我々はもともとブラウザゲーム出身なので、サーバーエンジニアが比較的多い会社です。広義のオンラインゲームプラットフォームが増えることは、自分たちの得意な土壌が広がっていると思っています。

 それに、ゲームの歴史が物語っている通り、複数プラットフォームが立ち上がるときは、強力なコンテンツを持っている会社、作れる会社側が強い。だからこそ、自分たちの得意な作品やゲームシステム、その作り方や運営を確立させること、「グリーといえば」という開発力を持つことは、これからの時代を意識して重要視しています。

前田 悠太(まえだ・ゆうた)氏
グリー 取締役上級執行役員 Pokelabo・Asia事業統括
2006年、武蔵工業大学大学院工学研究科(現:東京都市大学大学院工学研究科)を卒業後、ジャフコにて主にIT・モバイルセクターのベンチャー投資・育成に従事。09年7月、ポケラボに入社、取締役CFOとして経営管理部門を担当し、組織づくりからアライアンス、事業推進まで幅広く従事。11年12月、ポケラボ代表取締役社長に就任。2013年9月より、グリー取締役を兼務。弁理士。

(写真/稲垣純也、写真提供/グリー)