主要ゲーム会社のキーパーソンに、最新動向と今後の展開をインタビューするこの連載。3回目はスクウェア・エニックスの松田洋祐社長。デジタル販売の強化や、ライブ事業などを担当する部署の設立といった社内改革で、新しいゲームビジネスの構築を目指す。

スクウェア・エニックスの松田洋祐社長
スクウェア・エニックスの松田洋祐社長
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 2018年は増収減益だったスクウェア・エニックス。年初はスロースタートだったものの、終盤にリリースした『KINGDUM HEARTS III』や、スマホタイトルのヒットなどで息を吹き返しつつある。コンテンツを長期に届けられるデジタル販売の確立で売り上げを底上げすると同時に、映像や音楽、舞台などを横断的に展開する専門部署も新設する。18年から19年にかけての取り組みを聞いた。

2018年の不調を脱し、コンテンツを継続的に楽しめるビジネスへ

『ロマンシング サガ リ・ユニバース』(C)2018, 2019 SQUARE ENIX CO., LTD. All Rights Reserved. Powered by Akatsuki Inc. ILLUSTRATION: TOMOMI KOBAYASHI
『ロマンシング サガ リ・ユニバース』(C)2018, 2019 SQUARE ENIX CO., LTD. All Rights Reserved. Powered by Akatsuki Inc. ILLUSTRATION: TOMOMI KOBAYASHI
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18年を振り返って、いかがでしたか。

2018年は苦戦の年でした。スマホ向け新作ゲームの不調に加え、主に海外市場向けにリリースした家庭用ゲームタイトルもスロースタートでした。

 しかし、状況は良くなってきています。18年末に配信したスマホゲーム『ロマンシング サガ リ・ユニバース』は好評で、19年2月時点でも好調を維持しています。また、19年1月にリリースした『KINGDOM HEARTS III』は、ワールドワイドのパッケージ出荷とダウンロード販売本数の合計がシリーズ最速で500万本を超え、売り上げ面でも好調でした。

 18年9月にリリースした『Shadow of the Tomb Raider』も、時間を追って売り上げを伸ばしています。18年は苦戦した1年でしたが、年末から19年の年明けにかけてようやくペースが戻ってきたと感じています。

『KINGDOM HEARTS III』 (C)Disney. (C)Disney/Pixar. Developed by SQUARE ENIX
『KINGDOM HEARTS III』 (C)Disney. (C)Disney/Pixar. Developed by SQUARE ENIX
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18年のインタビューでは、ネット販売を含めたデジタル流通を見直す年だとおっしゃっていました。

デジタル販売改革は常に続けています。18年も、デジタル販売のおかげで売り上げの底上げができたと考えています。ゲームをリリースして終わり、というビジネスではなく、長期にわたってお客様との接点をつないでいく必要があります。新作をローンチした後も、デジタル販売経路でダウンロードコンテンツを追加して楽しんでいただけたり、過去作品なども購入いただけたりと、お客様にタイトルを楽しんでいただける期間が継続します。

 発売してから数カ月でタイトルの売り上げがほぼ確定する旧来のビジネスとはサイクルが明らかに違います。タイトルに関連したグッズやイベントなど、ゲーム以外にもお客様に喜んでもらえる体験を提供することで、そのタイトルのライフサイクルが長くなるとも考えています。

成功した例はありますか。

17年に発売した『NieR : Automata』はダウンロードコンテンツ、イベントなど複合的な施策を実施した好例です。18年の新作RPG『OCTOPATH TRAVELER』も同じような展開を計画しています。先ほどお話しした『ロマンシング サガ リ・ユニバース』も、リリース前からコツコツと細かいイベントを開催してきました。スクウェア・エニックス カフェ(東京・大阪・上海)などリアルの場を活用して、ゲームの世界観を楽しんでもらえる施策も、タイトルの活力になると考えています。

 このようにゲームを中心にさまざまなコンテンツを展開する専門部署として、19年4月からはメディア・アーツ事業部という部署を設けることにしました。

『NieR: Automata』(PS4版)(C) 2017 SQUARE ENIX CO., LTD. All Rights Reserved.
『NieR: Automata』(PS4版)(C) 2017 SQUARE ENIX CO., LTD. All Rights Reserved.
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『OCTOPATH TRAVELER』(C)2018 SQUARE ENIX CO., LTD. All Rights Reserved.
『OCTOPATH TRAVELER』(C)2018 SQUARE ENIX CO., LTD. All Rights Reserved.
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コンテンツを楽しめる幅を増やす事業に投資

メディア・アーツ事業部では具体的にどんなことをするのでしょう?

ここはアニメへの展開やネット動画、2.5次元舞台化、音楽コンサートといった事業全体を扱う専門部署です。これまでも当社は多くのライブやコンサートを開催してきましたが、お客様の需要は拡大しています。メディア・アーツ事業部が横断的な部署として、ゲームの原作だけではなく、出版事業の漫画作品なども含めて、映像や音楽、舞台などに展開する役割を担います。

 デジタル販売でゲーム事業の収益基盤を作り、その上で、コンテンツを総合的、継続的に楽しんでもらえる仕組みを作る。収益基盤のことを「リカーリングインカム」(継続収益)と社内では説明していますが、これが厚くなることで新しい投資ができるようになるのです。

その「新しい投資」にはアトラクション施設などもあり得ますか。

いいえ、大規模なアトラクション施設は現段階では予定にありません。ですが、例えば舞台なら、単にお芝居を上演するだけではなく、当社らしく、プロジェクションマッピングを発展させたような映像技術などを絡めた方法を考えています。

技術面での投資も考えていますか?

この先どうなるか分かりませんが、ブロックチェーンを活用した技術には非常に興味がありますね。特にUGC(User Generated Contents)として、ブロックチェーンがどのようにゲームの作り方に影響を与えるのか、ブロックチェーン技術を使ったゲーム、コンテンツサービスはどのようなものなのか、研究しているところです。

 研究はまだ始めたばかりですが、例えば、ユーザーが作ったコンテンツ(アイテムやキャラクターなど)が、オープンなマーケットを通じて流通し、履歴を含めて個別に識別され、我々のゲームの中に登場できるようになる。そうして個々に識別されたデジタルアイテムが流通し始めるといった未来があるかもしれません。

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ゲームストリーミング配信への対応を視野に

スマホゲーム事業の状況はいかがですか?

18年について言えば、お客様に今までのゲームとは「何か違う」体験を提供できなかったことが問題でした。他の作品とは違う“Something Else”がないと、手に取ってもらえない。それは、スマホだけでなく、家庭用ゲームでも同じことです。

 お客様にはたくさんの選択肢があり、その中から選んでもらわなければなりません。最初に手に取ってもらえる魅力を備え、その後も継続的に遊んでもらえるような準備を整えておかないといけない。18年にリリースしたスマホタイトルは、それが十分に準備できていなかったのではないかと考えています。

 ゲーム作りでは“Something Else”を突き詰めることにこだわり、二番煎じ(フォロワー)であってはいけないと考えています。また、スマホタイトルは日本国内だけで採算が成立すればいいという発想ではもうダメですね。グローバル市場を対象にしたタイトルに開発リソースを投入して、圧倒的な内容で勝負しなければ、スマホ事業は厳しいと思います。

コンソールタイトルについて、19年はどのようなことにトライしますか。

計画している大型タイトルを計画通りにリリースすることも大事ですが、新しいプラットフォームへの対応も必要になるのではないでしょうか。

 PC向けのゲーム配信プラットフォームとしては「Steam」のほかに、「Epic Games Store」が登場しています。加えて、ゲームストリーミングサービスとして、米グーグルが「Project Stream」(現地時間19年3月19日に、Game Developers Conference 2019で「Stadia」として正式発表)を、米マイクロソフトが「Project xCloud」を発表しました。このように米国の大手IT企業が立て続けにゲームストリーミングサービスに参入するのですから、これらへの対応は今後重要になってくるでしょう。我々としては、ゲームを提供する経路が増えることは歓迎です。

現状でも家庭用ゲーム機やPC、モバイルなど複数のゲームプラットフォームがありますが、ストリーミングサービスにまで対応するとなるとゲームの開発や運営など自社の体制を大きく変化させなければなりませんね。

すぐに劇的に変わるという話ではないでしょう。ストリーミングサービスといっても、クラウドネーティブのゲームを提供するサービスはまだ存在していません。この先まだまだ変化すると思います。

 一方で、ゲームのようなインタラクティブなコンテンツでは、演算処理はクライアント側ですべきだという考え方もあります。ただ、クラウドかクライアントかの二者択一ではないでしょうね。どのサービスをどのように使うのかを見極めないといけません。

顧客にストレスを感じさせないサービスを考える時代

サブスクリプションやキャッシュレスなどにも関心があるそうですね。

サブスクリプションといっても、動画見放題や音楽聞き放題のようなモデルを導入すべきということではありません。ゲームタイトルを発売した後もずっと継続的にお客様に関わっていくと言う意味で考えています。

 ゲームもテレビもその他のコンテンツも、お客様の可処分時間の奪い合いになっています。大事なのは、1つのゲームを1日中ずっとプレーしてもらうことではなく、ゲームをプレーしている以外の時間でもゲームコンテンツとの触れ合いを維持してもらえるかどうかです。そういう意味で、新設するメディア・アーツ事業部などのサービスが鍵になると思います。

 デジタルコンテンツがあふれているこの時代、我々が提供するサービスでお客様にストレスを感じさせてはいけません。時間が掛かるとか待たされるとか、そのようなストレスを感じた途端に、他のコンテンツに移ってしまいますから。

 例えばタイトーが展開しているアーケード事業なら、オンラインでクレーンゲームを楽しみたいというお客様にストレスを感じさせずに遊んでいただき、店舗ではキャッシュレスでスムーズにお支払いいただく。そういう考え方で、新しいサービスを開発していかなければならない時代になったということです。

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インドのゲーム市場へ再挑戦はスマホベース

18年は、中国市場で新規タイトルのリリースが停止になるなど、ゲームビジネスに対する中国政府の規制もありました。

まだ先行き不透明ですが、中国国内の動きは少し落ち着いてきているようです。中国市場の可能性は十分に認識していますが、そこに固執するよりも、パートナー企業である中国テンセント(騰訊控股)のネットワークを通じて、中国以外の国々への販売などを検討したいと考えています。まださまざまな可能性を模索中ですが、テンセントとの取り組みはこれからも継続していきたいですね。

インドマーケットに再度取り組むというお話もあります。

今年は休眠していたインドの子会社を再始動させました。インド国内では、通信環境や決済の仕組みなどビジネス環境が整ってきましたし、キャッシュレス決済なども中国と同様、非常に進んでいます。激変するインド市場で、スモールスタートではありますが、我々のコンテンツを根付かせる活動をしたいと思っています。

 展開するコンテンツとしては、スマホタイトルを検討しています。現在、インドのスマホゲームの市場規模はまだ小さいのですが、これから急拡大する可能性がありますから、足場は作っておかないといけない。まず、向こう5年くらいをかけて、インド市場を開拓します。

今後注目のタイトルを教えてください。

発表しているタイトルでは、日本のスタジオで制作している『FINAL FANTASY VII REMAKE』、米サンフランシスコのCrystal DynamicsとカナダのEidos Montrealが制作している『The Avengers Project』などでしょうか。しっかりとしたタイトルに仕上がりそうですので、期待していただければと思います。

『FINAL FANTASY VII REMAKE』(C) SQUARE ENIX CO., LTD. All Rights Reserved. CHARACTER DESIGN:TETSUYA NOMURA/ROBERTO FERRARI
『FINAL FANTASY VII REMAKE』(C) SQUARE ENIX CO., LTD. All Rights Reserved. CHARACTER DESIGN:TETSUYA NOMURA/ROBERTO FERRARI
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『The Avengers Project』
『The Avengers Project』
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松田洋祐(まつだ・ようすけ)氏
スクウェア・エニックス・ホールディングス/スクウェア・エニックス 代表取締役社長。1963年生まれ。2001年にスクウェア・エニックス(旧スクウェア)に入社後、同社執行役員・取締役、タイトー取締役、スクウェア・エニックス・ホールディングス取締役などを経て、2013年から現職

(写真/稲垣純也)