主要ゲーム会社のキーパーソンに最新動向と今後の展開をインタビューするこの連載。トップバッターはカプコンの辻本春弘社長。自社初の1000万本超えタイトルとなった『モンスターハンター:ワールド』の大ヒットで勢いは最高潮。その成功は、同社が推進するデジタル戦略にも好影響をもたらした。
1000万本超え『モンスターハンター:ワールド』の衝撃
早速ですが、カプコンにとって2018年はどのような1年でしたか?
まず、『モンスターハンター:ワールド』が期待以上の成功を収めました。累計の出荷本数は18年末に1100万本を突破し、かつてない数字を達成しています。「1000万本超え」は大きなトピックですが、本質は数字の部分だけではありません。カプコンとしては、17年1月に発売した『バイオハザード7 レジデント イービル』(以下『バイオハザード7』)に端を発するデジタル戦略が、うまく機能し始めたところに意味があるのです。
カプコンはこの『バイオハザード7』から、意識的にさまざまなデータの収集に努めました。どの国で売れているのか、文字だけでなく音声も含め、どの言語が使われ、どのような人たちが遊んでくれているのか……など多くのデータを蓄積し始めたのです。この経験を生かし、『モンスターハンター:ワールド』では予約の段階から『バイオハザード7』と比較しながら、今後の戦略について検討を重ねました。
特に目立ったのは、予約段階から『モンスターハンター:ワールド』のほうがデジタル販売の売上構成比率が非常に高かったことです。過去に経験したことのないほどの比率の高さでした。こうした状況を見て、今後『モンスターハンター:ワールド』から得られるデータは非常に有益なものになるだろうと思いましたね。
『モンスターハンター:ワールド』はPC版も好調と聞いています。
18年8月10日からPC向けの配信を始めたところ、こちらも当社が想像した以上に売れました。これまでカプコンはゲーム専用機向けのメーカーとしてビジネスを展開してきて、PC版はあくまで副次的なものという位置づけでした。しかし今回の売れ行きを見て、PCというプラットホームに対する認識を改めなくてはならないと思いました。
『モンスターハンター:ワールド』のPC版が売れている地域は、アジアを中心とするゲーム新興国です。各国の売上高を見ても、ゲーム専用機版と比べて明らかに高い。彼らの大半は既にスマートフォンを持っていて、次にゲームを楽しむデバイスは何かと考えたら、それはPCだろうと。PCは仕事にも勉強にも使えるし、端末としての汎用性が高い。eスポーツ人気の高まりもあって、ゲーミングPCの市場が活性化しているというのも、そうした背景があるのかもしれません。ですから、最近は香港など海外に出かけた際は、ゲーム売り場だけでなくPCの売り場ものぞくようにしています。
東京ゲームショウ(TGS)でもアジアからの来場者へのアプローチに力を入れてきましたが、そうした国々で『モンスターハンター:ワールド』が受け入れられていることからも、非常に大きなマーケットに育っていることがうかがえます。ユーザーがゲームを楽しむ環境の変化を実感できましたし、データも得られた。これからの施策において、『モンスターハンター:ワールド』の成功体験は効果的に働くと思います。
『モンスターハンター:ワールド』は1000万本という数字に目を奪われがちですが、カプコンとしてはデジタル戦略に弾みを付けるという点でも、かなり大きなインパクトがあったということですね。
18年はこれまで推進してきたデジタル戦略の正当性が確信に変わり、その確証を得た、そんな1年といえるでしょう。わずか2年ですが、『バイオハザード7』のころと比べて、自分で考えていたよりも驚くほどの変化でしたね。とはいえ、予約などで得られたデータを基に正確な実売数を算出したり、効率的なマーケティングプロモーションをどう展開するかなど、経営の先行指標として活用したりするためには、検証を続けて、もっと精度を上げていかなくてはなりません。
例えば、デジタル配信だと国ごとの売れ行き状況が分かり、それぞれの価格感応度の違いなどもつかめます。所得が異なるのですから当然ですよね。安ければ売れますが、それでは不必要に利益を失うことになりかねない。大切なのは“適正価格”を見つけることです。そうなると、価格設定やセールの時期などを柔軟に変えていくことも考えなくてはなりません。データをしっかり収集しておけば、初動から積極的にプロモーションをかけたほうがいい所や、価格が落ちてから対策を打つべき国や地域、店舗などが分かるので、マーケティング展開を効率化できるでしょう。
従来のパッケージ販売では、在庫が残れば値引きして売らざるを得ないといった“後ろ向き”の価格施策になりがちでした。しかしデジタル時代は違います。データを基にした施策が打てるので、発想の転換が求められます。
「さらに上を目指せるのではないか?」
デジタル配信が加速することによって、ユーザーの属性を詳しく把握することは可能なのでしょうか。
一部は可能ですが、まだまだですね。ただユーザー属性の把握は必要なので、今、それを収集しようとしています。『モンスターハンター:ワールド』ではユーザーの年齢層、購入した国名といったデータを幅広く収集しました。母数が数万本と少ない国であっても、全部収集するようにしました。こうして得た属性データから、新たに若いユーザーが「モンスターハンター」に入ってきたことが分かりました。これが『モンスターハンター:ワールド』の大きな成功要因だと思います。
「モンスターハンター」シリーズは誕生してから今年で15年になります。当時15歳だった人が30歳、20歳だった人が35歳になっているわけです。当初からのユーザーはもちろん大切にしていかなくてはなりませんが、私は若いエントリーユーザーをどう取り込むかが「モンスターハンター」のブランディングにとって重要だと言い続けてきました。その際、日本では義務教育が終わってアルバイトができるようになったり、親もある程度お金や裁量を与えたりする子供たちをエントリーユーザーとして捉えるべきで、それが15歳くらいだと考えています。『モンスターハンター:ワールド』では、そうした年齢層のユーザーを世界レベルで獲得できました。
販売本数ですが、初めて「1000万本」という数字を超えて何か変化したことはありましたか。今までとは違った“風景”が見えてきたとか……。
出荷本数と販売本数に大きな乖離(かいり)はありませんので、「1000万人」のユーザーが購入してくれたということになります。これは会社全体としては“勇気”になります。しかし、甘えていてはいけません。2000万本以上売れているタイトルも世界には存在していますから、「我々もさらに上を目指せるのではないか?」と社内を鼓舞しています。
世界人口が約76億人で、40億人がネットに接続されています。そのうち20億人が何らかの形でゲームで遊んでいる。そう考えると、全世界で見たとき今回の1000万本という数字がいかに少ないか。さらに先を見据えれば、移動通信システムが5Gになればゲームの配信環境はより改善されます。インフラがリッチになり、ゲームのストリーミング配信も普及すれば、いろいろなデバイスを経由しても同じセーブデータのゲームを楽しめるようになります。しかもどこでも遊べるのですから、ゲーム人口はもっと増えるでしょう。
カプコンが進めてきたデジタル戦略の正しさが確信に変わったので、これからは概念を大きく変えていこうと言っています。「今までこうだった……」のように、過去の経験に依存するのではなく、新しい仕組みのゲームビジネスにチャレンジしていきたいですね。
(次回、カプコンの「eスポーツ展開」に続く)
(写真/稲垣純也、写真提供/カプコン)