マーケターのみならず、あらゆるビジネスパーソンにとってプレゼンテーションのスキルは不可欠。業務の生産性向上が叫ばれる昨今、ゆったりと資料作成に割ける時間は減り続けている。いかに効率的に「刺さる」資料を作るか。プレゼンの書籍を多数執筆してきた戸田覚氏がレクチャーする。
僕は、20年近く前からプレゼンの本を多数執筆させていただいてきた。本を執筆するうえで心がけてきた最大のポリシーは、その道のプロから“盗み取る”ことだ。成功したプレゼン、ヒットした商品のプレゼンを徹底的に取材して、優れた部分を吸収して読者貴兄にお伝えすることに腐心してきた。
これまでに見たスライドやプレゼンの数は、数千件に達するだろう。そこでたどり着いたのは、「プレゼンに正解はない」ということだ。業種や職種、伝えたい内容、伝える人、説明時間などで正しいプレゼンのやり方が変わってくる。だから、一概にこれが正解というルールを決めるのは難しい。
その一方で、これは絶対ダメ――という不正解のポイントは数多くある。よくある間違いは、見た目や細部にこだわるあまり、時間をかけすぎてしまうことだ。素晴らしいデザインのスライドは高く評価されるケースが多い。だが、働き方改革によって時短が叫ばれる中、日々の商談のスライド作りにどれだけ時間をかけられるのだろう。
平均して日に2件の商談や会議があったとしよう。そのためのスライド作成にそれぞれ3時間かけていたら、それだけで毎日終わってしまう。日々の商談が2時間で、スライド作成が6時間となれば、合計8時間だ。必要以上にクオリティーの高いスライドを作ろうと、延々と残業をするのは、もはや時代に見合っていない。
まずはスライド作成にかけられる時間を正しく見極めることが大切だ。それが分かれば「デザインにこだわってもいられない」というケースも少なくない。まずは正しく現実を見据えなければならないのだ。だから、本連載では、デザイナーが作ったような素晴らしい見栄えのスライドばかりが正解と言うつもりはない。日々の商談や会議に役立つ、地に足が着いたポイントを少しずつ紹介していけたら幸いだ。
第一歩は自分の強みを見極める
自分の強みを知ることも大切だ。次のチェック項目の中から、自分の強みがどれかを確認してみてほしい。どれも「ちょっと得意」程度でかまわない。「うまいとは思えないけど好きだ」でもOK。要するに、自分が得意とする傾向を再認識してみてほしい。これが、短い時間で少しでも良いスライドを作るために、とても重要な要素となるのだ。
例えば、展示会などイベントの講演でプレゼンを見て、「分かりやすい!」と感心し、それを参考に次のスライドを作るとしよう。そのスライドにイラストがたくさん入っていたなら、同じことをしたくなる。ところが、自分は全く絵心がなく、苦手だったとなれば、ひたすらウェブを検索してイラストを探して、流用し始める。
これがダメプレゼンの典型例だ。長い時間をかけたのに各ページにイメージがバラバラなイラストが入り、統一感のないひどいスライドが出来上がる。プロのイラストレーターに外注したスライドは素晴らしいが、そんな予算をかけられるケースは、まれなのだ。
自分の強みが写真撮影なら、普段からスライドに使えそうな写真を撮りためておくことで、いざというときに素材が一気にそろう。話すのが好きなら、スライドの要素を徹底的に省略して、話術で勝負する――このように、あなたの特性を生かしたプレゼンをするのが、実は最も近道で、成果につながりやすいのだ。
上のチェック項目にないものでもかまわない。「自社製品に精通している」「トレンドを追いかけている」「技術に詳しい」など、自分の強みをまず把握して、それを軸にスライドを作ることを心がけていこう。
何を伝えるか明確になっているか?
プレゼンの本に必ず書いているのが、「キラーインフォメーション」というキーワードだ。これは僕が作った造語だが、簡単に言ってしまうと相手に刺さる情報ということだ。
「今回のプレゼンで最も重要な内容はなんでしょう?」
プレゼンのコンサルタントをさせていただく機会も多い。そのときには、最初に必ずこんな質問をする。すると、ほとんどの方が、商品やサービスの特性を答える。「旧モデルより優れた点です」「他社にはない機能です」といった具合だ。だがこれは、「自分や自社が言いたいこと」でしかない。
確かにビジネス上で、製品やサービスの差異化は重要なことだ。しかし、あなたが伝えたいことが、相手が聞きたいこととマッチしているとは限らない。プレゼンの最初の目的は関心を持って聞いてもらうことであり、伝わらなければどれだけ時間をかけても全く無意味なのだ。
伝えるという意味で最も重要なのは「あなたが言いたいこと」ではなく、「相手が聞きたいこと」なのだ。これをキラーインフォメーションと呼ぶ。
いくら機能や性能を伝えたところで、相手が知りたいのが価格だったなら、キラーインフォメーションは価格であり、最も重要な内容なのだ。そのうえで、全体の構成を考えていく必要がある。価格を最初に言うか、最後に言うべきか……といったことを考える。さらに、価格に絡めて自分が言いたいことを伝えれば、相手の記憶に残してもらえる。
例えば、スライド冒頭のタイトルを作る際、以下の2つではどちらの内容を聞きたくなるだろうか?
機能や性能より、価格を知りたいという聞き手であれば、刺さるのは下のタイトルだろう。少なくとも「で、いくらなの?」と関心を持って聞いてもらえるはずだ。つまり、相手が聞きたいことをキラーインフォメーションにし、そこに自分が伝えたいことを絡めていくわけだ。この手法は今後、さらに詳しく解説していく予定だ。
「取りあえずテンプレ」は卒業しよう
スライドを作る際に、取りあえず社内で過去に作ったファイルを探している方は、そろそろそんなやり方を卒業すべきだ。過去のスライドがどんなコンセプトで作成され、何がキラーインフォメーションだったのかも分からずに流用し、何となくお茶を濁したものを作ったところで、成果はたかが知れている。デザインを流用するのは構わない。だが、話し手である自分の強みや、聞き手のことを考慮せず、構成や内容まで流用していては、ちゃんと伝わらないのだ。
先ほどのチェックシートの中で「文章が上手に書ける」をチェックした人は、気を付けたいことがある。成功できないプレゼンで、特に目立つのが、やたらに内容を書き込んでいるスライドだ。プレゼンは紙芝居だ。説明は口頭でするものであって、読ませるのではない。文字で読ませるなら話す必要はなく、それはプレゼンではなく企画書になってしまう。
コミュニケーション力に自信がない人ほど、話すべきことを書こうとする。心配で書きたいなら、PowerPointのノートエリアに書いておき、それを読むだけでも全然違う。あなたが話す内容を書きすぎてしまうと、聞き手は先に読んでしまい、勝手にその内容を判断してもう関心を持たなくなる。
会社で広く使われているテンプレが文字ばかりなので、多くの社員がそれに倣い、社を挙げてダメスライドを作りまくっている。そんな失敗例もよく見かける。「うまい」と言われるプレゼンのスライドの多くは、話を聞くまでは、その内容が見えてこないものだ。これは故スティーブ・ジョブズ氏を含め、レベルの高いプレゼンをすることで定評がある米アップルなどの例を見ていてもよく分かる。そうした企業のスライドは、キーワードしか書いていないのだ。
この連載では、シナリオの立て方から資料の作り方、実際の相手を前にした話し方まで、プレゼンのノウハウを全網羅して解説していく。次回から、より具体的にさまざまなプレゼンのノウハウを紹介していく。皆さんのスキルアップにつながれば幸いだ。
(次回テーマは「構成の練り方」。2月20日の掲載予定です)