ソニーは外部との連携で継続的な革新を生み出す取り組みを加速している。AI分野も例外ではない。ソニーコンピュータサイエンス研究所(東京・品川)は、天才プログラマーと呼ばれた起業家の清水亮氏らと2017年に新会社を設立。ソニー流と清水氏のビジョンとの融合で、世界を変えるAIの創出を目指す。

モバイルやゲームの分野で活躍してきたギリア社長の清水亮氏(右)とソニー出身の副社長HE事業部事業部長の齋藤真氏(左)
モバイルやゲームの分野で活躍してきたギリア社長の清水亮氏(右)とソニー出身の副社長HE事業部事業部長の齋藤真氏(左)

 17年11月、報道陣の前に立った清水氏は宣言した。「みんなのAIを作るプロジェクトをスタートします」。清水氏は、ソフト開発のスタートアップ、UEI(東京・台東)の社長として知られていたが、この日の肩書はそうではない。ソニーコンピュータサイエンス研究所(以下、ソニーCSL)、投資会社の米WiL(カリフォルニア州)と3社で設立したジョイントベンチャー、ギリア(東京・台東)の社長としての発言だった。AI時代に向け、世界中の誰もが恩恵を受けられる新しいAIの開発を目指すと話した。

手書き端末にソニーが注目

 清水氏はモバイルゲームなどの分野で活躍をしてきた開発者であり経営者。大学在学中に米マイクロソフトのゲーム機向けOSの開発に関わり、98年にドワンゴに入社して携帯電話事業を立ち上げると、iモード向けゲームでヒットを飛ばす。その後、2003年にUEIを立ち上げ、05年には情報処理推進機構より、天才プログラマー/スーパークリエイターとして認定を受ける。

 UEIは、13年に手書き入力の使い勝手を追求したタブレット「enchantMoon(エンチャントムーン)」を発売する。パーソナルコンピューターの父と呼ばれる計算機科学者のアラン・ケイが掲げたコンピューターの理想から着想を受け、清水氏が形にした製品だ。ソフトウエアのスタートアップが、ハードウエア事業に果敢に挑戦して生み出した製品だったが、「その当時、大半の人は『何をしているんだ』という反応だった」(清水氏)と振り返る。

 それでも一部の専門家はエンチャントムーンに可能性を感じていた。ソニーCSLの北野宏明社長がその1人。エンチャントムーンのコンセプトビデオを公開してまもなく、清水氏のフェイスブックのアカウントに「どこかで会いましょう」とメッセージが届いた。北野氏とは、それまで面識はなかった。清水氏が学生のころ、北野氏が提唱したロボット大会「ロボカップ」のビジョンに強く共感していたが、参加はできなかった。そんな憧れの人物からの突然の連絡に、「北野さんが僕に何の用事が」と信用できない気持ちもあったという。

 13年春、東京・代官山の蔦屋書店で開いたエンチャントムーンのお披露目会で北野氏との面会は実現する。緊張する清水氏に、北野氏は「腰を据えてコンピューターサイエンスがやりたいんだ」と語り、ソニーCSL内のインキュベーションプログラムに招き入れたという。ソニーは12年から、製品開発の技術者の一部をソニーCSLに送ることで、新たな発想の技術や製品を生み出そうとする取り組みを開始していた。そのプログラムに、外部の清水氏も参加してみないか、という誘いだった。

 当時のソニー本体には、どうしても既存の事業で成功した製品を踏襲しようとする発想にとらわれてしまうという課題があった。かつてソニー内では「新規事業で1000億円の絵が描けないのならやめておけ」という暗黙の了解もあった。インキュベーションプログラムは、そんな大企業が陥りがちな閉塞感を打開するためにソニー本体とソニーCSLが共同で始めたものだった。

「エンチャントムーンの存在があったからこそ、ソニーと連携できた」と話す清水氏
「エンチャントムーンの存在があったからこそ、ソニーと連携できた」と話す清水氏

北野氏、AI時代の到来を予見

 ソニーCSL内でインキュベーションプログラムが始まり、技術者が議論を重ねても、当初は足踏みが続いた。「いっそのこと外部に目を向けてはどうか」。そんな話が持ち上がった時に、発表となったのが清水氏のエンチャントムーンだった。「良い意味で、こんなクレイジーなことをやる人がいるんだ。ぜひ話を聞いてみるべきだとなった」(ソニー出身で現在はギリア副社長の齋藤真氏)ため、北野氏が清水氏に声をかけたという。

 13年も暮れるころ、清水氏を迎え入れたソニーCSLでは、手書きの技術をどう発展させるかについての議論をしていた。何度か会議を重ねても、結論はなかなか見えない。会議が終わり、参加者が席を立った、そのときだ。「絶対手書きが来る。なぜならディープラーニングがあるからだ」。北野氏が静かに口を開いた。

 当時は昨今のAIブームが到来する前。ディープラーニングという言葉も一般に広がっていなかった。「ディープラーニングってそもそも何よ、という時代。全員が?マークだった」(清水氏)。画像解析を得意とするディープラーニングの特性を見極め、手書きの機能と組み合わせて新しい製品や技術を生み出す。そんなビジョンを北野氏は描いていたというわけだ。

 ディープラーニングがどれだけの可能性を持つのかは分からない。それでも「面白そうだし、やってみるか」と清水氏は秋葉原でAI向けに高度な処理をするためのパソコン用パーツを調達する。ソニーCSLに配属となった新人と、ディープラーニングの研究を始めた。ソニーの新人が、外部の清水氏の部下として配属になるということも前代未聞。「史上初でしょう。聞いたこともない」と清水氏は、貪欲に変革を求めるソニーの変化を身をもって感じていた。

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