ソニーが、社内外のクリエイターとの連携を重視したユニークな「オープンイノベーション」を推進している。ユーザーを「感動させる体験」の提供を謳い、新たな発想の商品・サービスづくりを進める。その取り組みを参考に、イノベーション実現のヒントを探る。

CES2019に出展したソニーのブース。大きなブランドロゴのオブジェがエントランスで来場者を迎える
CES2019に出展したソニーのブース。大きなブランドロゴのオブジェがエントランスで来場者を迎える

 ここに1冊の小冊子がある。2018年7月にソニーが全社員に向けて発行したもので、表紙を飾るのはラフなジャケットに身を包んだ吉田憲一郎社長兼CEOだ。タイトルは「経営方針BOOK――人に近づく――」。その存在自体は公表しているが、表紙や中身を撮影して外部に見せることはNGというものだ。このような小冊子を作ること自体、ソニーでは初の試みだという。18年4月に発足した吉田体制が今後、どこに向かうのか。新しいソニーの目標はどこかを、社員に示している。

ソニーの社長兼CEOとして初めてCESのカンファレンスの舞台に立った吉田憲一郎氏が、クリエイターとユーザーを、エレクトロニクスの最先端テクノロジーでつないでいくと宣言
ソニーの社長兼CEOとして初めてCESのカンファレンスの舞台に立った吉田憲一郎氏が、クリエイターとユーザーを、エレクトロニクスの最先端テクノロジーでつないでいくと宣言

 冒頭のページを見ると「新しいマネジメント体制での経営が始まりました。ソニーのミッションは“感動”です。(中略)これからも、より“人に近づく”ことで感動を生み出し、すべての人の心を豊かにしていきます」という吉田氏からのメッセージがある。多くの感動を生み出すことをソニーの成長戦略として明確に打ち出している。これはエレクトロニクス事業だけにとどまらない。ソニーの三本柱の残り2つである、エンターテインメント事業や金融事業も同じ方針だ。では、どうすれば“感動”が生まれるのか。その手段の1つとして吉田氏が重視するのが、ソニーらしさが詰まった独自のオープンイノベーションである。

「感動させる体験」を生み出すクリエイターを支援

 小冊子のインタビューで吉田氏は、クリエイターやユーザーなどが集うコミュニティーをつくる重要性を指摘しつつ、「そのためには、社内の技術もあれば社外の技術もあるという、オープンイノベーションをもっと強化していく」と語っている。

 ただしこれは自社で開発できない、もしくは投資や時間がかかるような新しい技術を外部の企業から導入することで、今までにないモノを生み出そうとするものではない。これでは技術の視点、企業の視点からの発想につながりやすく、ユーザーの視点を失いかねないからだ。ソニーも従来は、優れたエンジニアが最先端技術を活用してものづくりを推進してきたが、「感動させる体験」をつくるとなると、それでは不十分と判断。ソニー流のオープンイノベーションにおいては、「クリエイター」の存在をより重視する方向にかじを切った。そしてクリエイターは、ソニーのデザイン部門であるクリエイティブセンターの人材だけにとどまらない。顧客企業など外部クリエイターとも交流を図り、ユーザーを「感動させる体験」の実現に欠かせない存在として重要視しているのだ。これがソニー流オープンイノベーションの大きな特徴といえる。

 その具体例の1つが、ソニーのテレビ「ブラビア MASTERシリーズ」に搭載された「Netflix画質モード」という新しい機能である。ネット配信サービスNetflix向けに画質を調整したモードだ。従来、テレビの画質はソニーのエンジニアが中心になって開発してきたが、これはNetflix側のクリエイターと一緒になって開発した。映像制作の現場で画質の基準となるマスターモニターに近い性能を発揮するという。スクリーンのクオリティーのような高画質映像を家庭のテレビで味わうことができる。ソニーのエンジニアだけではできないことを、Netflixという外部のクリエイターと協力することで実現。これにより、今までのテレビにはない、大きな感動を利用者に届けるイノベーションを実現することができた。

 ソニーがいうクリエイターは、デザイナーや映像、音楽の制作者などにとどまる概念ではない。新規事業を創造しようとするビジネスパーソンなどもクリエイターと位置付け、そのクリエイターを支援する仕組みづくりも進めている。それがスタートアップの創出と事業運営を支援する「Seed Acceleration Program(シード・アクセラレーション・プログラム、SAP)」だ。14年に立ち上がった同プログラムで培ったプロジェクトのノウハウを社外提供するサービスも手掛けており、18年12月には京セラの新規事業プロジェクトをSAPによって支援すると発表。既にプロジェクトが動き始めている。

テクノロジーやデザインによってクリエイティブなモノづくりを推進してきたソニーは、独自のオープンイノベーションを推進
テクノロジーやデザインによってクリエイティブなモノづくりを推進してきたソニーは、独自のオープンイノベーションを推進

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