2000年代後半頃から米シリコンバレーを中心に、教育をテクノロジーで支援するEdTech(Education Technology)が急速に発達した。前編では米国ではEdTechの活用が一巡し、新たなステージへと入り始めていることを示した。後編では、先行事例に見るパーソナライズドラーニングのワナからの脱出を見ていく。フェイスブックのマーク・ザッカバーグCEO夫妻も本格的な支援を始めている。

SXSW EDU 2019でのPaul Emerich France氏の講演(撮影/筆者)
SXSW EDU 2019でのPaul Emerich France氏の講演(撮影/筆者)

 EdTechの導入によるパーソナライズドラーニングで、個々の生徒に最適なカリキュラムを提供すれば容易に学力は向上する。こうした期待に反して、現実には成果が出ていない。この疑問に的確に答える解が、2019年3月にテキサス州オースティンで開催されたカンファレス「SXSW EDU 2019」にあった。

 シカゴ市在住の教育コンサルタントPaul Emerich France氏による「The Paradox of Personalized Learning」と題した講演である。France氏はシカゴ市の教員だったが、最先端のパーソナライズドラーニングを学ぶため、5年前にシリコンバレーに飛び込んだ。France氏はこのときの経験を基に、テクノロジー中心のパーソナライズドラーニングのアプローチが陥りがちな課題を的確に指摘した。

個別化と個々への最適化の混同

 France氏の指摘のうち最も重要なポイントは、パーソナライゼーションとインディビデュアライゼーション(個別化)の混同である。テクノロジー中心のアプローチのほとんどは、「徹底した個別化を行うことが、個々の生徒に最適の学びを与える」という暗黙の仮定に基づいている。

 シリコンバレーでの経験に基づいて、その仮定が誤っていることを指摘したのだ。同氏は最先端のパーソナライズドラーニングプラットフォームを用いた、新設校の立ち上げに奔走していた。その中で、プラットフォームを用いた教育を行うと、個々の生徒が全く違う内容に取り組むことになる。生徒同士が引き離されていくこと、そして生徒の社会的孤立を招いてしまうという弊害に気づいたのだ。

パーソナライゼーションとインディビデュアライゼーションの混同を指摘するFrance氏のスライド(撮影/筆者)
パーソナライゼーションとインディビデュアライゼーションの混同を指摘するFrance氏のスライド(撮影/筆者)

 France氏は、理想的なパーソナライゼーションはインディビデュアライゼーション(個別化)とコレクティビズム(集団主義)の間にあると主張する。

 「生徒に最も強力なモチベーションをもたらすのは、“ヒューマンコネクション”(=人とのつながり)であり、我々は他者とのつながりを感じるからこそ、コンフォートゾーンの外に出て、失敗を恐れずに新しいことにチャレンジするモチベーションを得ることができる。教師の役割は生徒同士が人間関係を構築し、コミュニティーの一員であると実感できるように助けることだ」

 誤解を招かないよう補足すると、France氏はテクノロジーに否定的な立場を取っているわけではない。

パーソナライズドラーニングにまつわる誤解を分かりやすく指摘するFrance氏のスライド(撮影/筆者)
パーソナライズドラーニングにまつわる誤解を分かりやすく指摘するFrance氏のスライド(撮影/筆者)

 France氏は、パーソナライズドラーニングを巡る誤解を5つ挙げた。その1つとして「テクノロジーはパーソナライズドラーニングにおいて不可欠であるという認識は誤りであり、テクノロジーは、それがヒューマナイズクラスルーム(=教室に人間性らしさをもたらし)、かつプリザーブ・ヒューマン・コネクション(=生徒同士のつながりを保つ)場合に限り、パーソナライズドラーニングの実現に役立ち得る」と指摘した。

生徒のアイデンティティーを重視する

 同氏は印象深いエピソードで講演を締めくくった。シリコンバレーを去り、シカゴ市で再び教員となって受け持ったある生徒とのストーリーである。その生徒は黒人の少女で、数学の問題を解こうとすると体がこわばってしまうほど苦手意識を持っていた。

 そこで生徒のアイデンティーを意識することの重要性を指摘する。数学は白人もしくはアジア人が秀でた科目であるとされ、歴史的に黒人は数学から遠ざけられてきたからだ。まず母親と話し合いを行い、成長したときに数学に自信を持てるようになってほしいという共通認識を持つに至った。

 そして、教室では、生徒それぞれの解答を授業中にシェアするようにすることでコミュニティーの一員であることを実感できるようにした。すると掛け算を学んでいるときに大きな変化が訪れた。少女は2個ずつ数えることが得意で、それを利用した解き方をクラスメートにシェアしたところ、他の生徒たちが少女の方法をまねし始めた。この出来事は少女に多大な好影響をもたらし、後に少女は数学が大好きだと言うまでに至ったのだ。