売り上げ低下に悩まされた2000年代、どう克服したか

──00年代は、現在の無印良品らしいデザインが確立した時期だったと思います。

矢野 同時に、無印良品の00年代は、売り上げの低下に悩まされた時期でもありました。必要な商品が出そろい、飽和状態になってしまったことで、自分たちの原点を見失いかけていたのです。そんな中「原点に戻ろう」という思いでスタートしたのが、「Found MUJI」という活動でした。無印良品はもともと「探す、見つけ出す」という姿勢で生活を見つめてきました。この活動を「Found MUJI」と名付け、その土地の文化や気候、暮らしに寄り添った道具を世界中から探し出し、ものづくりに活用したり、リプロダクションして販売したりしています。03年から不定期に続けていましたが、定期的な活動として確立したのが11年。この年、1号店「無印良品 青山」を「Found MUJI 青山」にリニューアルしました。

 90年代後半から合理的なものづくりを続けてきましたが、生活があまりにも合理的になり過ぎると、「人間性が失われつつある」と感じる人も出てきます。そこを埋めてくれたのがFound MUJIでした。「人間性を回復したい」と思う人々が、先人の知恵に価値を見いだしてくれたのです。

──その後、さらに変わってきたことはありますか?

矢野 14年に成田国際空港第3旅客ターミナル内のインテリアデザインを手掛けて以来、公共デザインの仕事が多くなりました。同時に、日本以外のさまざまな国・地域でオブザベーションをするようになって、新しい学びを得る機会も増えました。私たちの考え方にも、「日々の感じ良いくらし」だけでなく「地域の中でどう役に立つか」という視点が加わってきたように思います。

 最近では、自動運転技術を研究開発するフィンランドの企業Sensible 4に、自動運転バスのデザインを提供。3月中にはプロトタイプのテストランを開始します。フィンランドのみならず各国では地方の過疎化や高齢化が進んでいますが、この自動運転バスが彼らの生活の助けになるはずです。

 テクノロジーの進化に伴い、素材も進化するはずです。新技術や素材が、問題解決の糸口になることもあるでしょう。そういった時代に呼応したチャレンジをする一方で、私たちは「人間らしい生活」について考え続けていきたい。例えば、今後、AI(人工知能)が人間の仕事の一部を担う一方で、不安や喪失感を覚える人も出てくると思います。私たちはこれからも、人々が地域に根差し、人間らしい暮らしを続けるために考え続ける集合体でありたいと考えています。




平成のデザイン

【平成元年頃~(1990年代~)】
モジュール化
バブル崩壊で「合理的な買い物」を志向する人が増加。無印良品のモジュール化や汎用性が、社会のニーズと一致した。

【平成12年(2000年)】
壁掛式CDプレーヤー
深澤直人氏のアイデアを無印良品で商品化。深澤氏に「オブザベーション」を学び、無印良品のものづくりが進化した。

【平成15年~(2003年~)】
Found MUJI
世界中から「探す、見つけ出す」という活動を通して原点回帰。写真は2011年にオープンした「Found MUJI 青山」。

【平成26年~(2014年~)】
公共のデザイン
「日々の感じ良いくらし」に「地域の中でどう役に立つか」という視点が加わった。技術革新に対応しつつ人間らしさを重視。