平成という時代が幕を閉じる。プロダクト、グラフィック、デジタルなどさまざまな分野のデザイナー10人の目を通し、この30年間をデザインの視点で振り返る特集。第9回は良品計画の矢野直子氏。AI(人工知能)の進化で不安や喪失感が募ると予想される今後、人間らしい暮らしが再認識されると言う。
良品計画 生活雑貨部 企画デザイン室長
──平成の30年間に、どんな変化がありましたか?
矢野直子氏(以下、矢野) 私は、平成元年に大学に入学してプロダクトの勉強をした後、1993年に良品計画に入社しました。平成の初期、つまり90年代は、無印良品の「素材の選択」「工程の見直し」「包装の簡略化」といった価値観が、世間から認められた時代でもあったと思います。社内のものづくりも加速し、プロダクトの種類もどんどん増えていきました。
そんな無印良品の90年代を象徴するものの一つが、「モジュール化(基準寸法)」です。無印良品では、日本の家屋のサイズに合わせたものづくりをするために、ふすまの幅を参考にして、基本モジュールを決めています。そうすることで、複数の収納用品を棚の内寸にちょうどよく収められるようにしたのです。97年に活動をスタートし、モジュールのサイズが定まったのが90年代の終わりでした。そして、今もなお模索を続けています。「すべてがそこに収まるサイズ」を決めるためには相当な時間がかかりましたが、それが私たちの財産になりました。
無印良品の考え方や、モジュール化などの取り組みを後押ししてくれたのが、当時の人々が目覚め始めた「新合理性」的な思考だったように思います。90年代はバブルが崩壊し、自分たちの将来に不安を覚える人が増えた時代でした。人々の考え方も「いかに賢く買い物をするか」という方向性にシフトし、私たちの考え方と合致したのだと思います。
──2000年代を象徴すると思われるプロダクトなどはありますか?
矢野 00年に発売した「壁掛式CDプレーヤー」です。プロダクトデザイナーの深澤直人さんが「without thought」で考えたものを、無印良品で商品化しました。換気扇のような形で、ひもを引っ張ると、風ではなく音楽が流れてくる。これは、「目の前にひもがあると、思わず引っ張りたくなる」という人間の心理を利用したものです。
深澤さんは、「人々の日々の行動やしぐさをつぶさに観察し、必要とされているものを探る」という、観察(オブザベーション)を私たちに教えてくれました。そこから、無印良品のものづくりも大きく変わりました。人々が無意識にやってしまう行為や行動が、デザインの新しいニーズや問題解決になると学んだのです。