価値の流通を促す基盤であるブロックチェーン。ブロックチェーンコミュニティーで近年議論が盛り上がっているのが、「SBT(ソウル・バウンド・トークン)」という新概念だ。例えば「信頼関係」や「栄誉」など、譲渡できない価値を取り扱うこの仕組み。概要と、SBTの流通によって想定される未来を聞いた。
オリンピックの金メダルや、アカデミー賞のオスカー像が、オークションにかけられたという話はときどき耳にする。一方で、それを落札した人が称賛されたり、尊敬されたりした、という話は聞いたことがない。賞の栄誉は対象者のみに与えられるものなので、当たり前だ。象徴としてのメダルは譲渡できても、栄誉の実体を他人に譲渡することはできない。
栄誉も財産も勝手に複製されたり、いつの間にか消滅されたりしては困る。その点は似ている。しかし、財産は譲渡を想定しているが、栄誉は譲渡を想定していない。もう少し身近なところで言えば、学位や資格なども譲渡を想定していない価値だ。世の中には、このような「譲渡すべきではない価値」がある。
ブロックチェーンは価値の流通を促す基盤として注目されてきた。通貨を模すことに始まり、NFT(非代替性トークン)は一品物を模している。いずれもむやみに複製されては困る価値である。近年、ブロックチェーンコミュニティーでの議論が高まっているのが、「譲渡すべきではない価値」を取り扱うしくみだ。これがSBTである。ちょっと気になる概念だ。
邦訳するならば「魂と結ばれしトークン」とでも言うべきだろうか。発行者から受取人にただ1回だけ付与される。魂と結びつくものであるため、それを誰かに譲渡、すなわち2次流通はできない。イーサリアム財団を主導するヴィタリック・ブテリンが2022年に提唱した(i)概念で、同年9月には、最初の規格がイーサリアムの標準規格(EIP)として承認されている(ii)。
「2次流通ができないトークン」という位置付けは分かるが、どういう問題意識のもと提唱されたのか。またどのように実現し、活用することが想定されているのか。ブロックチェーン関連の開発を多く手掛けるTECHFUND(テックファンド、東京・渋谷)の松山雄太CEO(最高経営責任者)に話を聞いた。
SBTとは
まず気になるのは「魂(ソウル)」の取り扱いだ。私の魂、つまり私自身は物理空間にある。電子空間上に「私自身」を形成するためには、所定の本人確認手続きを経て、物理空間の私と電子空間の私を関連付けるのが一般的だ。SBTにおいても、そのような手続きを取るのだろうか。松山氏は次のように解説する。
「SBTでは、物理空間に存在する“私”との関連付けは必須ではありません。SBTにおける魂は、トークンを納めるウォレットです。重要な点はトークンの性質が変われば、それを納めるウォレットの性質も変わることです。
ビットコインやNFTなど、譲渡可能なものを扱うためのウォレットは、一時的な入れ物、つまり財の通過点に過ぎませんでした。そうすると、新しいウォレットをつくり、そちらに財を移してしまえば、これまで用いてきたウォレットを捨てることには何のためらいもありません。
ですが、ウォレットが譲渡不能なSBTを納めるものとなれば話は変わります。SBTが付与されると、そのウォレットは簡単には破棄できないものとなるのです。ビットコインやNFTなどを扱う、財の一時的な通過点としてのウォレットとはまったく異なるものです。
厳密な本人確認を通して、物理空間の私と電子空間の私を関連付けるプロセスは、いわば物理空間の魂を電子空間に持ち込む考え方、とも言えます。物理空間の魂をよりどころにする、と言ってもよい。一方で、SBTは電子空間で魂(=ウォレット)を育てようとする考え方とも言えるかもしれません」
筆者の理解は次のようになる。SBTはその名こそトークンではあるものの、「社会関係」と捉えたほうがよい。SBTの付与は財の移転ではなく、付与する人とされる人のあいだに関係が発生することを意味する。私の魂は何かと言われれば、過去に構築された社会関係の束だ。その束を管理しているウォレットは「魂」と呼ぶべきものだ、という論は腑(ふ)に落ちる。
また、そのように考えれば、多数のSBTが付与されたウォレットは捨てがたいこともよく分かる。これまでに築いた社会関係を根こそぎ捨てることになるからだ。SBTのつまったウォレットを捨てることを、物理空間で例えれば、生まれ育った都市の家族や友人、仕事などすべてに別れを告げて1人深夜バスに乗り、雪深き温泉宿で住み込みの仕事を始めるようなものだ。
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