19世紀半ばに進んだ工業化で、穀類を製粉する場所は家庭から工場に移った。それまでは金持ちしか得られなかった小麦からつくられた白い粉が安い値段で手に入るようになったが、家庭にいる主婦の負担は実は増加したという。「受益者」と「負担者」のバランスがいかに重要かということは、任天堂「Wii」の開発エピソードからも見えてくる。

(写真/Shutterstock)
家庭にあるゲーム機の“恩恵”を受ける人と対価を払う人は誰か(写真/Shutterstock)

 アニメ「アルプスの少女ハイジ」には、白いパンと黒いパンが出てくる。田舎の主食は硬い黒パン。ハイジは都会にあるクララの家で初めて白パンを食べて、そのふわふわの食感にびっくりする。

 この白パンを端緒に、家事とテクノロジーの変遷を描いた名著がルース・シュウォーツ・コーワンの『お母さんは忙しくなるばかり』だ(i)。こんな面白い本があるなんて知らなかった。パンのくだりは次のような話だ。

 そもそも家庭においては穀類の製粉からパンづくりまで、生活者自身が生産をしていた。ライ麦やトウモロコシを人力でついたりひいたりして粉にする製粉は重労働。しかし、工業化が進み、大規模で自動化された製粉工場が19世紀半ばに現れた。すると力仕事であった「製粉」という労働は家からなくなった。それだけでなく、手に入る粉の質も上がった。それまでは金持ちしか得られなかった小麦からつくられた白い粉が、安い値段で手に入るようになったのである。白い小麦粉でつくられる白いパンはおいしい。しかも、消化にも良い。

 ところが、黒いパンと比べて白いパンは難点がある。加工に手がかかるのだ。つまり家庭は、製粉の労働からは解放されたが、製パンの工程にはより負荷がかかることになった。結果、白パンにより生活水準は上がり、力仕事を担う男の労働は削減されたが、複雑な家事の責任者であった主婦は「忙しくなるばかり」だったという。

 本書では、このような事例が数多く紹介されている。他にも見どころ満載だが、ひとまずこの世帯としての生活レベルは上がるが、その恩恵を受けるために「得られる益は大きいが、負担も増えている」という点に注目したい。

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