セオドア・レビットが「ドリルと穴」について説いたのは半世紀以上前の1968年。現在では大量のデータにより「穴」そのものに深く関係する情報を収集できるような時代になったが、それが意思決定のプロセスに生かされているだろうか。「プレイステーション5」のスペックを決定した理由をひもとくと、さまざまなものが見えてくる。

ドリルよりも「穴」が重要なことは分かるが……(写真/Shutterstock)
ドリルよりも「穴」が重要なことは分かるが……(写真/Shutterstock)
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 「顧客が欲しいのはドリルではなくて穴」

 マーケティング担当でなくとも、この格言を耳にしたことがあるのではないだろうか。この言葉を紹介したのはマーケティング研究の大家セオドア・レビット。発表されたのは1968年と、半世紀以上も前のことだ。

 半世紀を経た今も「ドリルと穴」の例えはよく使われる。“as a Service”型のサービスにおいては「ドリルではなく穴そのものを提供し、穴に対して従量課金する」といった説明も見られる。また、自社の製品がネットワークに接続されたら何ができるかという議論の中で、引き合いに出されることも多い。

 しかし、これを半世紀前に紹介したレビットの先見は罪深くもあったのではないか。レビットの話を聞くと「穴」の重要性は理解できる。しかし、自社として直接関与できるのは目の前のドリルだけであるし、測ることができるのもドリルの出荷台数だけだ。目の前にあるスペック改善の余地がある自社商品と、誰もが分かる売り上げ・利益といった数字的なプレッシャーというのはとても強い。結果、企画段階に語られる理念と、通常の業務管理・意思決定の乖離(かいり)が常態化してしまった企業も多いのではないか。

 米ハーバード・ビジネス・スクールの教授だったクレイトン・クリステンセンも「レビットのドリル」について、理念と実態の乖離を次のように嘆く。「我々が知っているマーケターたちは、だれもがこのレビットの知見に賛同する。しかし彼らはうなずくそばから、ドリルの種類と価格で市場をセグメントしているのだ。(中略)肝心の穴ではなく、自社のドリルの特徴や性能をライバルのものと比較評価する」(i)

 結果、「『ドリルではなく穴』は分かるが、必要とした穴を提供できているかどうかは、売れているかどうかで判断するしかないのでは?」という前提のもとに、組織と意思決定の風土がつくられてきた。それがこの数十年間にわたる多くの企業の実情だったのではないだろうか。そうすると、「穴」そのものに深く関係するデータが収集できるようになったとしても、なかなか意思決定のプロセスを変えられない。

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