客が喜ぶところに注力すればいいはずなのに、いつの間にか客には分からないところに注力するようになる。ふと気がつけばKPI(重要業績評価指標)に振り回されている会社は実は多い。そうしたKPIを再定義することで事業拡大に成功した老舗セメント会社の例を見てみよう。

 ある企業における太古の成功体験と、それを根拠とした長年の慣習が、企業に呪いをかけてしまうことはよくある。客が喜ぶところに注力すればいいはずなのに、いつの間にか客には分からないところに注力するようになる、という呪いだ。それを本連載第84回では「昆布の呪い」として紹介した。

 どうしたら、この呪いを解くことができるのだろうか。

 「昆布の呪い」に関する研究がある。コロンビア大学ビジネススクールのリタ・ギュンター・マグレイス准教授による「成熟しきった産業において、急成長を遂げた企業は何をやっているのか?」という研究だ(i)。准教授は「低成長産業の高成長企業に共通することはKPIの変更」と結論づける。

 成功例として挙げられているのがメキシコのセメント企業、セメックスだ。セメントは建設資材の一種であり、コンクリートの原料。セメントに砂や水を加えると泥状の生コンクリート(生コン)になる。生コンは100年の歴史があるコモディティー製品だ。

 1906年創業のセメックスは長らくその経営指標として「生コンの販売量」を重視してきた。セメント製造が祖業なのでそれはよく分かる。ところが1985年にCEO(最高経営責任者)に就任したロレンソ・サンブラーノは、そのKPIを再定義した。

 生コンを購入する顧客にとって重要な点は販売量でも価格でもなく、「必要な量が必要なときに届くこと」なのだから社内でもそれを重視した施策を講ずるべきだ、と考えたのだ。具体的には、注文からのリードタイムの短縮および納入時間帯の厳守といった配送関連の数値をKPIとした。