本来は顧客が満足してくれていることを測るための指標だった「KPI」。しかしそれを満たすことが目的化し、振り回されることも多い。長期的成功のためには、惰性で使われているKPIや目先の利益だけにこだわるのではなく「ノミナ」を忘れてみることも必要ではないだろうか。

 世界一キリンを解剖している解剖学者、郡司芽久さんによる『キリン解剖記』(ナツメ社)は、著者のキリン愛が吹き出しているエッセーであり、とてもおもしろい(i)。このなかに印象的な言葉が出てくる。それは「ノミナを忘れよ」という言葉。これは筆者が解剖に臨む際に、先輩から何度も念を押された言葉だという。

 どういうことか。ノミナとは「名前」を意味するラテン語だ。よって、先輩解剖学者の「ノミナを忘れよ」とは、「筋肉や神経の名前を忘れ、目の前にあるものを純粋な気持ちで観察しなさい」という教えを意味する。筆者による解釈を引用しよう。

 筋肉や骨の名前は、理解するためにあるのではない。目の前にあるものを理解した後、誰かに説明する際に使う「道具」である。そして解剖の目的は、名前を特定することではない。生き物の体の構造を理解することにある。ノミナを忘れ、まずは純粋な目で観察することこそが、体の構造を理解する上で何より大事なことである。

 この後に、著者は「当時はこのことに気がついておらず、名前を特定することが目的化し、まさに名前に振り回されていた」と続ける。名前の特定にこだわらずに純粋な目で観察する、それこそが「ノミナを忘れよ」なのだろう。

 転じて、商売の世界について考えたとき、「ノミナ」に近いものは何だろうか。人に説明するための道具として使われ始めたもののはずなのに、いつの間にかそれ自体が神聖化されてしまい、場合によっては目の前で起きていることの理解を阻んでしまうものだ。